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第二章
13:領主様はいい人だよ。
しおりを挟む「みんな、踊り見てくれてありがとう。楽しんでくれたんだったら、それでいいよ」
「いや、でもそんなわけには」
「言っちゃ悪いけど、暮らしてくのに精一杯なんでしょ? もらえない」
「まあ、そうだなぁ……けど、あんな綺麗なもん見せてもらって」
口々に、綺麗だったと、かっこよかったと言ってくれる。それでよかった。
ここで彼らからお金をもらってアレクに返したとしても、ずっと嫌な気持ちがついて回ることになる。そんな気持ちを押し込めたまま踊ったって、気持ちいいはずがないのだから。
それでも彼らは、納得していないようだった。わざわざお金を取りに家に戻ってくれた人たちもいたが、マリィシャは頑なに受け取ろうとはしなかった。
「そうだ。じゃあさフレッドさん、リンゴが欲しい。あれすごく美味しかった!」
どちらもが納得できる道はないものかと思った時、フレッドの困ったような顔が目に入った。思いつきではあるが、彼にもらったリンゴが美味しかったのは本当だ。
「ええ? そりゃあいいが……」
「これから売りに行くとこ? 今日もたくさんなんだろ、手伝うよ」
言ってからハッとする。領をまたぐのなら、通行料を支払わないといけない。だがマリィシャのなけなしのお金は先日払ってしまっている。彼らを手伝いたいが、自分だけ関所を通れないのでは意味がない。
「どこかで踊りさえ見てもらえれば俺絶対に稼げるんだけど……あの関所の人……通してくれないよなぁ……」
うーんと腕を組んで考え込む。レインコートを貸してくれたところを見るに、根は悪い男ではないはずだ。
「キースのことか? うーん、ちょっと相談してみようか。ダメ元だけどな」
「ダメだったら、関所で待っててもいい? 行き帰りだけでも手伝う」
「もちろんだ、ありがたいよ」
ただの旅芸人一人だった先日と、顔見知りの領民と一緒に行くのとでは、態度も違うかもしれない。それでもなんの保証もないマリィシャ相手に、すんなり通してくれるとは思えない。行き帰りに手伝ってくれるだけでも助かると言ってくれたフレッドにホッとした。
この場を切り抜ける手段でもあったけれど、手伝えることがあるなら手を貸したい。優しくしてもらった分くらいは。
「いいなあ、僕も行きたい! フレッドおじさん、僕も行く! 向こうの領まで歩けるもん!」
そんなやり取りを聞いていた男の子が、勇ましく身を乗り出してくる。
「ルイが行くならエマも! 重いのだって平気よ!」
「おお、じゃあみんなで行こうか。おーいメリンダ、ローザ、この子たち預かってくからな~」
小さな子たちにせがまれ、やれやれと肩を竦めるフレッドに、マリィシャは笑った。
「お金じゃなくてもいいなら、服でも大丈夫かねえ。あたしには小さくてさあ」
「あんた太ったもんねえ。じゃあ私はオレンジかしら」
「うちは卵でもいいじゃろか……産み立てのあるし」
「領主様んとこに世話になってるんだって? 後で持っていくよ」
そうして次々と提示される代価に、マリィシャは「生活が苦しくない程度で」と念を押した。
「こりゃまた、楽しい道行きになりそうだな」
荷車を準備しながら、いきさつを聞いたヘンリーが笑う。
子どもたちにも布で包んだ小さな荷物を持たせ、「落とさずに持っていくのが仕事だぞ」と頭を撫でた。任された子どもたちは、嬉しそうに飛び跳ねて、元気いっぱいに駆けていった。
「……ねえ。余計なことかもしれないけどさ」
それを見計らって、マリィシャは口を開いた。
「俺がアレクに言ってやろうか? あんたたちの暮らしがキツいのって、あいつに税金搾り取られてるからなんだろ?」
フレッドもヘンリーも、ぱちぱちと瞬いてきょとんとした顔をする。余計な世話というか、旅の踊り子風情が何を言い出すのやらと、あっけにとられた様子だ。
実際、マリィシャだって具体的に何をどうすればいいのかは分からない。アレクに言ったところで、馬鹿馬鹿しいとはねつけられるのがせいぜいだろう。
だけど、言わなければずっとこのままだ。きつい課税を強いられて、払うために昼夜を問わず働き、体を壊してしまっては元も子もない。税金を払う人間が減ってしまうのは、アレクにとっても好ましくはないはずだ。
だけど、二人は大きな口を開けて笑った。そうして首を振る。
「いやいや、違うよ。確かにみんな金なんかねえけどな。別にアレク坊ちゃ……いや、領主様がひでぇってことはない」
「え?」
「他んとこはどうだか知らねえけど、うちの領主様はいい人だよ」
「ええ?」
フレッドに続いてヘンリーまでもがそんなことを言う。
マリィシャは素直に信じることができなかった。貴族はそういうものなのだという先入観も手伝って、頭の中のアレクと結びついてくれない。
「待って。だってあいつ、俺には金のことしか言わないんだぜ? タダ飯食らいとか、稼げるんなら稼いでこいとか」
挙げ句の果てには金になるなら愛してやるなんて。
さすがにこれは口にできなかったけれど、そんなアレクが民たちから金をむしり取っていないなんてこと、信じられない。
「騙されてるんじゃないの? この間だって、売った物の報告に行ってたじゃん。巻き上げられたりとか」
「そんなことしねえさ。そこから俺たちが払える金額を考えてくれてるだけだ。それだって国の方に払ったら、どれだけも残らねえんじゃねえかな」
返す言葉を失った。
領民は領主へ、領主は国へお金を払っているというのは知っていたが、領主は損をせず、かつ自分が贅沢をするために領民にきつい課税を強いるものではないのか? 彼らの言うことが本当ならば、なぜアレクはマリィシャに金の亡者だと思わせるようなことをしたのだろうか。
ふと、思い出す。
ヒビの入った窓ガラス。最低限の使用人。質素な食事。
あれは金を惜しんでいたのではなく、使える資金がないということなのか。
マリィシャは口許に手を当て、思わず「嘘だろ」と呟いた。
「この領、周りが山ばっかりだろ。特産品らしいものもないし、隣の領との行き来も難しくてな」
ヘンリーの言葉に、マリィシャは気がついた。今まで渡り歩いてきた領は、物がたくさんあった。自領の物だったり、他領からの輸入品だったり、交易で物や通貨が上手く巡っていたのだ。それが、この領では難しいらしい。
辺りを見渡せば、確かに山に囲まれている。荷車を押して歩くこの道も、決していい道路とは言えない。海でもあれば違っただろうが、交通の不便さはそのまま巡りの悪さに直結していた。
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