君に残してあげられるもの

浅上秀

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前編

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出会いは本当に平凡だった。
ただ大学の授業のグループワークで一緒。

この人ちょっとかっこいいなって横顔を見て何気なく思った。

それだけ。

そこそこ顔が整っていて私にだけ優しい彼。
ずるいなぁと思っていたらそれが好きという感情に成長していた。
勇気を振り絞って告白してみたらなんと答えはいいよ、って。
あの時の私はとにかく一人で浮かれていた。

「ねぇねぇ、明日この映画見に行こうよ」

携帯の画面を見せながら大好きな健くんの隣に座る。

「あ、それ俺気になったやつだ。いいよ」

あの日、私の告白を肯定してくれた時と同じトーンでいいよが返ってきた。
健くんはいつも言葉のトーンが大体同じで、感情の強弱が表れにくい。

「やった!」

半年お付き合いしていてデートをしたのは実はこの一回だけ。
あとは誘ってみてもバイトだとか友達と遊ぶとかで基本的にはお断りされた。

「ねぇ、健くんのお家に行ってみたいなぁ」

ちょっとだけおねだりしてみる。

「え、実家だから無理」

がーん。
だから私から誘ってみる。

「じゃ、じゃあ、私の家来てよ!一人暮らしだからさ!」

「時間があったらね」

そんなこんなで関係は全く進展していない。
手を繋ぐくらいでキスもしていない。
今どきの大学生が半年も付き合っていてこんなことある?
少しずつ不満と不安が折り重なっていく。
ねぇ、健くん、私って本当にあなたの彼女なのかな。

「ねぇ、健くん、私のこと好き?」

なーんてたまに聞いてみるけど、彼はずるかった。

「急になんだよ」

健くんはちゃんと答えてくれない。
たまに連絡取れない時間がある。
どこに行っていたのか教えてくれない時もある。
まさか浮気でもしているのだろうか。

「いやそれあんたが浮気相手なんじゃない?」

周りの友達に相談してもそう返されて別れるように促される。
だけど私は健くんのことが大好きだ。
別れたくもない。
どうしたらいいんだろう。

「はぁ」

ため息をつきながら二人で撮った数少ない写真を眺める。
健くんは顔もかっこいいし、優しい。
けどそれだけじゃない。
みんなには秘密だけど私しか知らない健くんのいいところは他にもたくさんある。

「依存しすぎないようにね」

友達が親切心から忠告してくれる。
私は聞いているものの、右から左へ流してしまっている。
けれどそれでいいのだ。
私は幸せだから。
今の不十分な関係で十分幸せだから。

だから、その幸せが覆られそうな時、私自身が信じられないことをしてしまうのだ。
恋とは本当に恐ろしいものだ。



常時健くんのこと大好きで信じている私だって、どうしても不安になる時だってある。
今日は友達とカラオケに行くから会えないと言われた。
私は一人で新作のコスメを探しに駅前のデパートに向かっていた。

「あれ?」

後ろ姿だから確信は持てないが健くんに見える。
けどあのジャンパーの背中に書かれた大きなアルファベットの並びはそうじゃないだろうか。
顔を確認するため、と自分に言い聞かせながらその人の後ろを追いかけてみた。
エスカレーターに乗り込むと横の壁のようなものが鏡になっていて顔が映りこんだ。

「やっぱり」

そこには私の大好きな顔が映っていた。
健くんの後ろを興味本位でさらに追いかけてみる。
すると彼は私の目的地であるデパートとは反対の出口に向かっていった。

「こっちってカラオケあったっけ?」

彼は迷う様子もなく歩き続けた。
そして総合病院の前まで来るとエントランスに入っていった。

「病院?お見舞いかな」

バレないように自動ドアをくぐる。



健くんは慣れた様子で受付を済ませるとスタスタと廊下を歩いていく。
その後ろを追いかけると待合室に辿り着いた。
いくつも並んでいる椅子の一つに深く腰かけた健くんはぼーっと窓の外を眺めている。
その姿を少し遠くから見つめる。
アンニュイな健くんもかっこいい。

「大野さーん、大野健さん、10番へお入りください」

健くんの名前が呼ばれた。
患者さんなんだ。

なぜ病院に来たのか気になるけど彼に聞くのはさすがにデリカシーがないだろう。
もやもやと悩んでいるうちに健くんが診察室から出てきた。
そして迷うことなくトイレに入っていた。
トイレは追いかけていけないのでバレないうちにすごすごと病院を出ようと歩き出した時だった。

「かわいそうですよね、今のかた。まだ若いのに」

「しょうがないよ。余命一年だけど入院せずに普通に生活したいって言うんだから」

思わず思考が凍り付いた。
誰の余命が一年なの?
健くんが、私の、私の大好きな健くんが?

「そんなの嘘だ」

健くんの余命が一年なんて。
看護師さんははっきりそういったわけではない。
でも私は病院の出口に向かって走り出していた。
今すぐ、外に出て誰もいないところで叫びたかった。
私がどうにかできることじゃないのはわかっている。
色々な思いが私の中でひしめき合っていたのだった。




「ここは…」

真っ暗い空間。
何も見えない。
たしか病院を出て人気のないところを探して歩いて家の近くの公園の前まで来たことは覚えていた。

「目覚めたか」

「だ、だれ?」

声が聞こえた。

「我は人の寿命を司るもの、人は我を死神と呼ぶ」

「し、死神?」

急に死神と名乗られても困る。
新手の詐欺か誘拐だろうか。

「信じられないのも無理はない。我は我なのだから」

哲学的なことを言われてもなおさら困る。

「ねぇ健くんの余命、本当にあと一年なの?」

「なんだ唐突に。まずは自分の寿命を知りたいと思わないのか」

「私のことなんてどうでもいいから答えて!」

「…正確にはあと11か月といったところだ」

「どうにかならないの?」

「定められたものはどうにもならん」

冷たく断られた。

「じゃあなんで!なんで私のところに来たのよ」

「そなたの強い気持ちに引き付けられた。どうにもならんがどうにかする方法はある」

「どういうこと」

半信半疑だった。

「…どうにかはできるが代償を伴うということだ」

「いいよ、健くんが助かるなら私はどんな代償も払う」

「よいのか、本当に。一時しか愛していない相手に」

「一時でも愛したからこそだよ。健くんには助けてもらったの。恩を返したくてそれに…」

死神は彼女のの言葉を聞き届けた。
私は笑顔で消えることができるみたいだ。
よかった。

「人間とは本当に不思議な存在だ」




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