アイシャドウの捨て時

浅上秀

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社会人編

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「全部違うよ、ルリ子、話を聞いてくれ」

慌ててルリ子を止める三人。

「バカになんてしていないわ。私は大学生になって小宮さんとずっとずっと仲良くなりたかった。従兄の亮が私よりも先に仲良くなってるのが羨ましくて。あの日もようやく私の就活が落ち着いて時間ができたから小宮さんに私と亮が従兄だって伝えて、これから三人で仲よくしようって話そうと思ってた。亮と結婚したら小宮さんも義理だけど私と親戚になるでしょ?私嬉しかったんだから」

涙ながらに榊がルリ子に縋りつく。

「そん、な、そんな話後からいくらでも作れるわ!」

榊の手を振りほどく。

「…一度、店を出よう。ここで話を続けたら迷惑だ」

そこでルリ子は店内の全ての視線が自分に集まっていることに気付いた。
恥ずかしさもあり急ぎ足でレジに向かう。
あとから三人も追いかけてくる。
店を出てから無言で歩いた。
歩いて浩太の家に辿り着く。
慣れた手つきで四人はエントランスをくぐってエレベーターに乗る。
沈黙の密室を出て浩太の部屋に入る。

「ルリ子ちゃん、ソファに座ってて」

ルリ子はこくりと頷いてソファに身体を下ろす。
榊と工藤は床に腰かけた。
浩太は荷物を置くとリビングにやってきた。

「亮も思ってたこと全部言え」

浩太が工藤の肩を小突く。

「俺は大学時代、浮気はしてない。夏美とのことは本当に誤解なんだ。それは一瞬、ルリ子が嫉妬してくれるかなとは思った。夏美といるのとを見て。でも後から気付いたんだ。ルリ子はもしそんな場面を見ても嫉妬して怒ったりしないではっきりと俺に別れろって言ってくるって。バカだよなぁ、俺…四年も一緒にいてルリ子のことちゃんと考えてなかったんだよ」

工藤の目からも涙が流れている。
ルリ子は慣れた手つきで無意識にリビングにあった箱ティッシュを工藤に差し出す。

「そうね、工藤くんの言ったとおりだわ。人を試さないでちょうだい。確かにあの時、嫉妬はしたけど私はそんなこと…言葉にできるガラじゃないの。工藤くんわかってたはずよね」

涙を拭った工藤はルリ子を見て頷く。

「だよな。俺が悪かったよ、ほんとうにごめん。でも浮気はしてない。夏美とはそういう関係じゃない」

「ええ、一応、信じてはあげるけど許しはしないわ」

ルリ子は工藤から視線をそらす。
次はどうやら浩太の番のようだ。

「僕がルリ子ちゃんのことを知ったのは亮が見せてくれた写真なんだ」

「写真?」

「正確には僕と夏美に、初めて二人でツーリングに行ったときの写真とか嬉しそうに見せてくれたんだよ」

「おい、バラすなよ!」

工藤が慌てる。
浩太は落ち着いたまま話を続ける。

「亮から見せてもらう写真を見てこの子かわいいな、って勝手に一目ぼれみたいな気になって。それでクリスマスの時、亮から連絡が来てルリ子ちゃんが座ってるのを見てこれは神様がくれたチャンスだって思った。僕、女の子の喜ぶデートスポットとか喜んでくれるものとかわからないから夏美に相談乗ってもらった。ルリ子ちゃんが出て行った日、本当なら夏美を紹介しようと思ってたんだ。だって結婚までこぎつけてようやくルリ子を僕のものにできたんだから、本当に大切な家族に紹介しようと…」

顔合わせで会った浩太の家族はどうやらお母さんとその再婚したお相手だったようだ。
浩太の言う大切な家族とは妹さんのことのようだ。

「もしルリ子ちゃんが亮と親せきになるのが嫌なら縁を切る。夏美と会っているのが嫌なら二度と会わないよ」

「え、私、そこまでしてほしいなんて」

ルリ子は頼んでいないといおうとしたが、浩太が手で制してルリ子の言葉を止める。

「最後まで聞いて。僕にはもうルリ子ちゃんしかいないんだ。だから頼むから、どんなことでもするから、僕と結婚してくれ」

浩太はそういうとルリ子の足元で土下座をした。
部屋の中心で愛を叫ばれたルリ子は浩太のつむじを見下ろす。

「はぁ」

ルリ子はため息で自分の身体から無駄な力が抜けていく気がした。

「…いいですよ、別に縁切ったりしなくて。しょうがないから浩太さんと結婚してあげます。でも浮気したら絶対、二度と許さないですからね」

ルリ子がそういうと浩太が顔をあげた。
うるんだ瞳と目が合った瞬間に浩太がルリ子を抱きしめる。
背中に手を回して涙を流して縋りつく浩太の背中をさする。

「おめでとう、ルリ子」

「ありがとう」

工藤がポソリと祝ってくれる。

「小宮さん、ごめんなさい、私今度からお兄ちゃんとは…」

「気にしてないわ、榊さん、これからは義理の姉妹としてよろしくね」

「ありがとう…あの、ずっと言いたかったんだけどルリ子ちゃんって下の名前で呼んでも良い?」

「もちろん」

ルリ子の笑顔に榊は安心したように微笑む。

「ありがとう、ルリ子、本当にありがとう」

縋りつく浩太を宥めながらルリ子はこれからの自分の人生、何があるかわからないけれど浩太と一緒に歩んでいく決心を固めたのだった。
これがきっとルリ子の幸せにつながると信じて。

こうしてルリ子の一世一代の恋愛は結婚という次のステップに繋がったのだった。



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