アイシャドウの捨て時

浅上秀

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社会人編

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数回のコール後、すぐに浩太は電話に出た。

「よ、よかった、ようやく連絡くれた!大丈夫?事故とかに巻き込まれてない?」

浩太は心配そうな声をしている。

「大丈夫です。ご心配おかけしました」

思ったよりもルリ子は冷静な声が出た。

「すみません。ちょっと私の中で色々あって勝手に連絡を絶ってしまいました。それで、その、会ってお話ししたいのですが」

「うん、もちろんだよ。今からでも家に来る?それとも僕がルリ子ちゃんの家に行こうか?」

外はもう真っ暗だ。

「い、いいえ、今日はもう遅いですし明日も仕事があるので」

「あ、そうだよね、ごめん、ルリ子ちゃんに早く会いたくて急いじゃった」

「とりあえず明日の仕事終わりとかにでも会えないかな?」

「は、はい」

「それじゃあ、名残惜しいけどまた明日」

浩太との電話を切るとサキがにやにやとルリ子を見ていた。

「な、なによ」

「いいえ、ただ浮気しているとは思えない声色だったなぁと思って」

「わからないわよ、そんなこと」

ルリ子は空になったサキのマグカップにお茶を注いだ。



終電もないためその日、サキはルリ子の家に泊まっていった。
二人で少しだけ夜更かしをして色々な話をした。

「眠たいわ…」

ルリ子は目をこすりながら会社に行く用意をする。

「髪の毛、やってあげるからアイロン貸して」

サキがドレッサーの前に腰かけたルリ子の後ろに立った。

「あら、懐かしいわね」

「文化祭の時とかよくやったよね」

サキは慣れた手つきでルリ子の髪にカールをつけていく。

「あの頃よりもキレイに巻けるようになったわね」

「まぁね。でもルリ子は変わらないね」

鏡越しに見えるサキは目を細めている。

「変わらないかしら…そうかもしれないわね」

「未だに婚前交渉反対派?」

「やだ、朝から何言ってるのよ」

ルリ子はペシンとサキの腕を叩く。

「寺嶋さんとはヤってんでしょ?なら反対でもないのか」

「だからこの話は辞めてって」

ルリ子はさっさと化粧を仕上げて着替える。

「ルリ子がさ、身体の関係を嫌がるの、たぶんご両親のせいじゃないかな?」

「え」

サキの真面目な口調にルリ子は準備をする手を止めた。

「昔からルリ子のことちょっと洗脳してるっぽいっていうか。言い方悪くてごめんね。なんていうか、こう、健全なお付き合いをって押し付けてる感じ?」

言われてみればルリ子の恋愛観というかそういった考えは両親に刷り込まれたもののような気もする。
結婚する前にだなんて汚らわしいだとかなんとか。

「言われてみればそんなような気も…」

「噂程度だからあれなんだけど、ルリ子のお父さん、元々結婚する予定だった女性が実は別の男の子供を妊娠してたって知って結婚直前に別れたんだって。だからといって娘にまで結婚するまで処女性求めるとか時代錯誤にもほどがあるけどね」

「なんでうちの父親の話をサキが知ってるのよ…」

ルリ子は白目をむきそうになった。

「ははは、いやぁ色々やんちゃしてたときにたまたまルリ子のお父さんの上司的な人と知り合っちゃってさ」

テヘとでも言いたげな顔をしているサキにあきれながらもルリ子は準備を終えた。

「ま、つまり私が言いたいのはもういい年した大人なんだから、親の呪縛から解放されてもいいんじゃないの?ってこと」

「考えてみるわ」

二人はそんな会話をしながら駅に向かう。
改札を入ってから乗る路線が違うので別れる。

「またね」

「うん、次はルリ子の結婚式の準備とかにでも」

サキはルリ子を茶化しながら帰っていった。
ルリ子は短い時間だったがサキと過ごせた時間がありがたかった。
ほくほくした気持ちのまま職場に向かう。

「あれ、小宮さん、仕事落ち着いた?」

久しぶりに食堂でゆっくりとコーヒーを飲んでいたら佐々木と井上が来た。

「あ、先日はすみませんでした」

ルリ子は心配して声をかけてくれた佐々木をあしらってしまったことがあったのだ。

「いいのいいの、気にしないで」

佐々木はケロっとしている。

「ルリ子ちゃん、あのね、もしかして浮気されてた?」

百戦錬磨の井上がルリ子に尋ねる。

「うっ、井上さんさすがですね…」

落ち込むルリ子に二人はやっぱりという表情を見せた。

「井上と同じ顔してたからそうかなって思ってた」

「え、私いっつもあんな感じなの?」

「うん」

相変わらずのやり取りにルリ子の心が和む。

「今日、決着をつけにいくんです」

ルリ子の強い意志の籠った視線をみて佐々木と井上は頷く。

「ついていかなくて大丈夫?」

佐々木がルリ子に尋ねる。

「いやいやついてったら修羅場加速しちゃうから」

井上がちょっと慌てた。

「そうなの?経験者は語る?」

「そうなの!第三者いたらロクなことにならないんだから」

「ふふふ、とりあえず頑張ってきます」

「うん、応援してる」

「何かあったら連絡してね」

「はい!」



その日は終業までルリ子にとっては秒だった。
浩太に指定された待ち合わせ場所のファミリーレストランに行くと先にもう彼が座っていた。
そして彼の向かい側には二人の男女が座っている。

「お待たせいしました。私、お邪魔かしら」

浩太の顔をみてルリ子は尋ねる。

「ううん、この二人も関係者だから」

ルリ子は促されて浩太の隣に腰かけた。
そして向かいの席に座る男女をみてとても驚いた。

それは榊と工藤だったからだ。




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