アイシャドウの捨て時

浅上秀

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社会人編

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「ずみまぜん、お騒がせしました」

ルリ子の涙がようやく落ち着くと先輩たちは安堵の表情を浮かべた。

「地雷でも踏んだかと思ったわ」

「たまにそういうデリカシーないところ気を付けなよ」

「はーい」

先輩たちのやりとりにルリ子が思わずクスリと笑うと、先輩たちも笑顔を見せてくれる。

「詳しい話は帰りにゆっくり、美味しいものでも食べながら聞こうじゃないの」

「はい、お願いします」

仕事に戻る前にルリ子は一度、トイレに入った。
鏡に映る自分の目元の赤さと腫れにまた涙を誘われそうになる。

「…よしっ」

ルリ子は自分に喝を入れてトイレを後にしたのだった。



「あ、こっちこっち!」

「お疲れ様です」

ルリ子より先に上がった先輩はお店で待っていてくれた。
今日は前に話を聞いてくれた先輩ともう一人、その先輩と親しくされている女性社員も来てくれた。

「ルリ子ちゃん、何飲む?」

「ビールでお願いします」

「はーい、何かあと食べたいものある?適当に二人で頼んじゃったんだけど」

「好き嫌いとかないので、同じものいただきます」

「了解。すいませ~ん」

先輩が通りがかった店員を呼び止めてくれた。

「ビールひとつお願いします」

「はいよ」

軽い感じの男性店員はすぐにルリ子のビールを持ってきてくれた。

「それじゃあ、今日も一日お疲れさま!」

三人でジョッキを合わせて乾杯する。

「くっはぁ、うま」

先輩二人は口の周りの泡を豪快に拭うと目の前のキュウリの漬物を摘まみ始めた。
ルリ子はチビチビとビールを飲みながらキムチを食べる。

「で、どこまで話したっけ?あ、ごめんね、簡単にこいつに話しちゃった」

先日ルリ子と一緒に食事に行った先輩、佐々木が今回誘われてきた井上を指さす。

「だ、大丈夫です」

「あー、さっきは彼女いるかもって悩んでて一緒にご飯いって、いないって返事もらったとこまで聞いた」

井上が答える。

「そのあと付き合い始めたくらいまでしか私も聞いてないよね?」

佐々木がルリ子に尋ねる。

「は、はい、忙しくてお話しする時間、中々なかったですよね」

「繁忙期に突入しちゃったものね」

佐々木が苦笑いを浮かべる。
ルリ子たちの会社は三月末決算だが、四月に新入社員が入ってくることもあり、非常に立て込んでいた。
浩太と付き合い始めた二月下旬はそんなに忙しくなかったものの、三月に入った途端にドタバタとしはじめたのだ。
それらを乗り越えてようやく五月を迎えて余裕ができた今日この頃である。

「昼休みに人と話してる余裕なかったものね、ここ最近」

「そりゃ色々と胸の中にたまるよね」

井上が頷く。

「でも初彼氏とかではないんでしょ?」

「はい」

ルリ子はなぜ自分がこんなに悩んでいるのかわからなかった。

「自分でも今日泣いてしまった理由がわからなくて…」

ルリ子がしょぼくれると佐々木と井上は顔を見合わせた。

「…まぁ美味しいものでも食べながら少しづつ話してごらんなさいな」

「おまたせいたしました~」

佐々木がそういうや否や、フライドポテトや唐揚げ、ピザなどジャンキーでハイカロリーな料理が運ばれてくる。

「カロリーは大体の悩みを吹き飛ばしてくれるから、小宮さんも食べて食べて」

取り皿に山盛りに井上が取り分けてくれる。

「わわ、ありがとうございます」

ルリ子も慌てて目の前の料理を佐々木と井上の取り皿に入れて手渡す。

「あー、美味しい、酒が進む」

「ほんとそれな」

「美味しいです…あ、ビールおかわり三つで!」

三人はひたすら飲んで食べて飲んで食べた。



お酒が身体に染み入る毎に、ルリ子は浩太のことをポロポロと話していた。

「彼とのお付き合いが不安なんです」

「不安?」

佐々木がルリ子の言葉を復唱する。

「どんなことが不安なの?」

井上が続きを促してくれる。

「彼が、その、もしかしたら浮気してるんじゃないかって」

「え、小宮さんまだ付き合ってからそんなに経ってないよね?それで浮気って…」

佐々木の答えに井上は小首をかしげている。

「いやまぁでも付き合う前から彼女とか奥さんいる疑惑あったなら納得じゃない?」

「なる、ほど…」

「なにかあったの?浮気してるんじゃないかって思うことが」

佐々木がルリ子に尋ねる。

「あの、たまに誰かと電話していて、その時の表情が、こう、優しいと言いますか…」

ルリ子は浩太の様子を思い出してズキンと胸を打たれた。

「彼女と一緒にいる時に浮気電話はないわ」

佐々木は眉をひそめている。

「でもそんな軽率なことするかなぁ…」

「たしかに」

「電話だけなの?メッセージとか密会現場とか他にはある?」

井上の質問にルリ子は首をふった。

「いいえ、特には…」

ルリ子はジョッキの縁に指を滑らせる。

「なんか不安になっちゃうんです。他の女の子がいるならどうして私と付き合っているの?とか、どうして私ばっかりこんな気持ちになるの?とか…」

涙腺が割れそうになるのをビールで流し込んで抑える。
ルリ子は最も、電話の相手が気になるくらいで泣きだしたり、挙句職場でまで情緒不安定になる自分が嫌だった。



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