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社会人編
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「おまたせしました」
ルリ子は寺嶋が電話を終えるのを待ってから近づく。
「ううん、全然待ってないよ。行こうか」
再び差し出される手を握ることを一瞬、戸惑う。
「どうかした?」
寺嶋は訝しげだ。
「い、いいえ」
ルリ子は慌てて首を振って手を握った。
「トイレでちゃんと洗ったからキレイだよ」
寺嶋は悪戯っぽく笑った。
「私もです」
ルリ子はうまい返しができないままショーへと歩きでしたのだった。
…
ルリ子は先ほどの寺嶋の電話の相手が気になってしまい、せっかく楽しみにしていたショーに全く集中できなかった。
「すごかったね」
「はい」
嬉しそうな寺嶋にルリ子は曖昧な相槌を打ってしまうが、寺嶋はルリ子の様子に全く気付いていないようだ。
「お腹空かない?」
「ええ」
二人は水族館を出て、同じ建物に入っているファミリーレストランに入った。
メニューを見て店員に注文を伝える。
「どこがよかった?」
寺嶋がルリ子に水族館の感想を求めてくる。
「あ、えっと、やっぱりショーですかね」
「だよね。あの映像とイルカの動きを合わせたところとか本当にすごかったよね」
寺嶋が楽しそうに話している様子をみてルリ子は自分の気持ちの行き場に困ってしまった。
やがて料理が運ばれてくると二人の意識はそちらに向いたので、ルリ子はつかの間の安心感を味わった。
「あ、ちょっと僕トイレに行ってくるね」
お皿が空になったころ、寺嶋がトイレに立った。
無防備にも携帯が机の上に置かれている。
ルリ子は覗きたい衝動にかられた。
「ダメ、ダメよ、あぁ」
電話の履歴を見るだけ、見るだけなら大丈夫。
ルリ子の中の悪魔が囁く。
そっと手を伸ばしたその時、寺嶋は戻ってきた。
「ごめん、お待たせ」
「い、いえいえ」
ルリ子は手を引き戻した。
危ないところだった。
「さて、次はどこに行こうか?」
寺嶋が携帯を開く。
「ど、どこがいいのかしら」
「ルリ子ちゃんは?水族館のほかに行きたいところある?」
「えぇっと…」
ルリ子は特に行きたいところが思い当たらなかった。
「それなら僕の行きたいところに付き合ってもらってもいいかな?」
「はい、もちろんです」
二人はファミリーレストランを出た。
「イイ感じのカフェがあるんだけど、ルリ子ちゃんコーヒーとか飲む?」
「ええ、よく飲みますよ」
「お、そうなんだ、ブラックいける?」
「いけますよ」
ルリ子は少し自然な笑顔が戻ってくる。
「浩太さんは飲めますか?」
ルリ子はラジオで彼がカフェラテのようにミルクを入れなければ飲めないことを知っていた。
「俺はミルク入れないと飲めないんだよね」
やっぱり、とルリ子は思ったが表情にはおくびにも出さない。
「そうなんですね。意外です」
「そうかなぁ。ルリ子ちゃんは大人だよね。雰囲気もそうだけど好みとかも」
携帯を覗きたいと思ったルリ子は果たして大人なのだろうか。
「そうかしら」
ルリ子は笑って自分の心をごまかすのだった。
…
少し人通りの少ない路地の裏、一件雑貨屋さんにも見える外装のお店の前で寺嶋が立ち止まる。
「ここだよ」
OPENと木製のドアプレートの下がった白い扉を開ける。
ふんわりとコーヒーの匂いが鼻をくすぐる。
「うわぁ、かわいい」
店内にはレトロな雰囲気の椅子や机が置かれており、カウンターの中ではボコボコとサイフォンの中でお湯が動いている。
男性が知っているにしては少しガーリーな印象のお店だ。
しかし寺嶋が以前、一人で気になった店にフラっと入ることもあるとラジオで言っていたことを思い出し一人で納得する。
「いらっしゃいませ。空いているお席へどうぞ」
コーヒーを注いでいた女性店員が二人に声をかける。
「この席でいいかな?」
窓よりの二人掛けの席。
ルリ子は頷く。
「ここはね、シフォンケーキも絶品なんだよ」
周りの席には女性客が数人おり、皆一様にシフォンケーキを食べていた。
「そうなんですね。それならシフォンケーキとコーヒーをいただきます」
「僕もシファンケーキとカフェラテにしようかな」
お水とおしぼりを持ってきてくれた店員に寺嶋が二人分の注文を伝えてくれる。
「ちょっと奥まっててわかりにくいのによく知ってましたね!」
水を飲んでいた寺嶋にルリ子は言った。
「うん、知り合いが前に連れてきてくれたんだ」
「へぇ、そうなんですか…」
ルリ子は咄嗟に、その知り合いが女であると感づいた。
男性が男性を連れてこんなお店に来るはずがないと。
いや偏見かもしれないが、女性と二人きりで寺嶋が来たことのある店にルリ子を連れてきたことに少し苛立ちを覚えてしまった。
シフォンケーキは美味しかったし、コーヒーも深みがあっていい味だったがルリ子は二度とこの店に来ようとは思えなかった。
…
「また一緒にどこかいってくれる?」
「はい、ぜひ」
翌日はルリ子も寺嶋も休みだった。
しかし寺嶋はルリ子を泊まりに誘うことなく、そのまま駅で解散になった。
身体の関係を求められているわけではないのだと安心したものの、女性として魅力的に感じられていないのか一抹の不安を覚えるルリ子は自分のこの矛盾した気持ちをもどかしく思うのだった。
ルリ子は寺嶋が電話を終えるのを待ってから近づく。
「ううん、全然待ってないよ。行こうか」
再び差し出される手を握ることを一瞬、戸惑う。
「どうかした?」
寺嶋は訝しげだ。
「い、いいえ」
ルリ子は慌てて首を振って手を握った。
「トイレでちゃんと洗ったからキレイだよ」
寺嶋は悪戯っぽく笑った。
「私もです」
ルリ子はうまい返しができないままショーへと歩きでしたのだった。
…
ルリ子は先ほどの寺嶋の電話の相手が気になってしまい、せっかく楽しみにしていたショーに全く集中できなかった。
「すごかったね」
「はい」
嬉しそうな寺嶋にルリ子は曖昧な相槌を打ってしまうが、寺嶋はルリ子の様子に全く気付いていないようだ。
「お腹空かない?」
「ええ」
二人は水族館を出て、同じ建物に入っているファミリーレストランに入った。
メニューを見て店員に注文を伝える。
「どこがよかった?」
寺嶋がルリ子に水族館の感想を求めてくる。
「あ、えっと、やっぱりショーですかね」
「だよね。あの映像とイルカの動きを合わせたところとか本当にすごかったよね」
寺嶋が楽しそうに話している様子をみてルリ子は自分の気持ちの行き場に困ってしまった。
やがて料理が運ばれてくると二人の意識はそちらに向いたので、ルリ子はつかの間の安心感を味わった。
「あ、ちょっと僕トイレに行ってくるね」
お皿が空になったころ、寺嶋がトイレに立った。
無防備にも携帯が机の上に置かれている。
ルリ子は覗きたい衝動にかられた。
「ダメ、ダメよ、あぁ」
電話の履歴を見るだけ、見るだけなら大丈夫。
ルリ子の中の悪魔が囁く。
そっと手を伸ばしたその時、寺嶋は戻ってきた。
「ごめん、お待たせ」
「い、いえいえ」
ルリ子は手を引き戻した。
危ないところだった。
「さて、次はどこに行こうか?」
寺嶋が携帯を開く。
「ど、どこがいいのかしら」
「ルリ子ちゃんは?水族館のほかに行きたいところある?」
「えぇっと…」
ルリ子は特に行きたいところが思い当たらなかった。
「それなら僕の行きたいところに付き合ってもらってもいいかな?」
「はい、もちろんです」
二人はファミリーレストランを出た。
「イイ感じのカフェがあるんだけど、ルリ子ちゃんコーヒーとか飲む?」
「ええ、よく飲みますよ」
「お、そうなんだ、ブラックいける?」
「いけますよ」
ルリ子は少し自然な笑顔が戻ってくる。
「浩太さんは飲めますか?」
ルリ子はラジオで彼がカフェラテのようにミルクを入れなければ飲めないことを知っていた。
「俺はミルク入れないと飲めないんだよね」
やっぱり、とルリ子は思ったが表情にはおくびにも出さない。
「そうなんですね。意外です」
「そうかなぁ。ルリ子ちゃんは大人だよね。雰囲気もそうだけど好みとかも」
携帯を覗きたいと思ったルリ子は果たして大人なのだろうか。
「そうかしら」
ルリ子は笑って自分の心をごまかすのだった。
…
少し人通りの少ない路地の裏、一件雑貨屋さんにも見える外装のお店の前で寺嶋が立ち止まる。
「ここだよ」
OPENと木製のドアプレートの下がった白い扉を開ける。
ふんわりとコーヒーの匂いが鼻をくすぐる。
「うわぁ、かわいい」
店内にはレトロな雰囲気の椅子や机が置かれており、カウンターの中ではボコボコとサイフォンの中でお湯が動いている。
男性が知っているにしては少しガーリーな印象のお店だ。
しかし寺嶋が以前、一人で気になった店にフラっと入ることもあるとラジオで言っていたことを思い出し一人で納得する。
「いらっしゃいませ。空いているお席へどうぞ」
コーヒーを注いでいた女性店員が二人に声をかける。
「この席でいいかな?」
窓よりの二人掛けの席。
ルリ子は頷く。
「ここはね、シフォンケーキも絶品なんだよ」
周りの席には女性客が数人おり、皆一様にシフォンケーキを食べていた。
「そうなんですね。それならシフォンケーキとコーヒーをいただきます」
「僕もシファンケーキとカフェラテにしようかな」
お水とおしぼりを持ってきてくれた店員に寺嶋が二人分の注文を伝えてくれる。
「ちょっと奥まっててわかりにくいのによく知ってましたね!」
水を飲んでいた寺嶋にルリ子は言った。
「うん、知り合いが前に連れてきてくれたんだ」
「へぇ、そうなんですか…」
ルリ子は咄嗟に、その知り合いが女であると感づいた。
男性が男性を連れてこんなお店に来るはずがないと。
いや偏見かもしれないが、女性と二人きりで寺嶋が来たことのある店にルリ子を連れてきたことに少し苛立ちを覚えてしまった。
シフォンケーキは美味しかったし、コーヒーも深みがあっていい味だったがルリ子は二度とこの店に来ようとは思えなかった。
…
「また一緒にどこかいってくれる?」
「はい、ぜひ」
翌日はルリ子も寺嶋も休みだった。
しかし寺嶋はルリ子を泊まりに誘うことなく、そのまま駅で解散になった。
身体の関係を求められているわけではないのだと安心したものの、女性として魅力的に感じられていないのか一抹の不安を覚えるルリ子は自分のこの矛盾した気持ちをもどかしく思うのだった。
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