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大学生編
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先ほどまでのカフェでの喧騒が嘘のように感じられる。
帰宅したルリ子は部屋で一人、耳鳴りがしそうなほどの静けさの中、ぼーっと椅子に座って窓の外を眺めている。
「潮時、ね…私、本当はマリのことにかまっている余裕なんてなかったのに…」
マリの潮時という言葉に身が詰まる思いをしていたのはルリ子も同じである。
ルリ子は少し前からうすうす察していたのだ。
工藤に自分ではない恋人ができたことを。
…
きっかけは彼が一人でツーリングに行くと言っていた日。
工藤からかかってきた電話に出ると彼の声が聞こえるその奥から工藤の名を呼ぶ女性の声がした。
「一人って言っていたのに」
電話を切ったルリ子は思わずそうつぶやいてしまった。
たまたま居合わせただけならルリ子が怒るのはお門違いだ、とルリ子は自分に言い聞かせる。
ただ工藤のバイクを見るたびに、自分ではない女性を乗せたのかと嫉妬の波がルリ子を襲った。
それから何度もルリ子は工藤が女性と二人きりで会っているような雰囲気を察することがあった。
例えば、今日何をしていたのか聞くとはぐらかされたり、携帯を見せてくれなくなったり、些細なことであったがルリ子に猜疑心を植え付けるには十分である。
しかし工藤は別の女性ができたにもかかわらず、工藤はルリ子の前でルリ子の接するときは何も変わらなかった。
身体の関係がなくなることも、デートがなくなることも、記念日のお祝いやプレゼントがおざなりになることもない。
だからルリ子は気づかないふりをすることにしたのだ。
幸せの為には自分が我慢すればいいと思っていたから。
しかしそんなルリ子の気持ちを踏みにじるような決定的な出来事が起こってしまったのだ。
…
ある雨の日のことである。
「今日バイトなのに傘忘れた」
工藤からのメッセージにルリ子は迎えに行くと返した。
工藤のバイト先は彼が一人暮らしをしている場所からほど近いコンビニだ。
「あら、もうバイトは終わったのかしら」
店内を覗き見ると工藤ではない男性がレジにいる。
すると店の裏の通用口から工藤が出てきた。
「あ!」
ルリ子は声をかけそうになったが、声が出なかった。
なぜなら工藤の後ろから女性が出てきたのだ。
その女性が差し出す傘に一緒に入ると二人は歩き始めた。
そこにいるルリ子にはまるで存在しないかのように。
「どうして…」
ルリ子は女性が榊であることに気が付いてしまった。
いつからなのだろうか、二人がそういう関係になったのは。
二人のあとを無意識のままついていったルリ子は工藤の部屋に二人ではいるところを携帯に収めていた。
そしてそのまましばらく呆然と立ち尽くしていたが、携帯の着信でふと我に返った。
「ごめん、傘もってたから大丈夫だった」
真っ白な光を放つ携帯の画面には工藤からの白々しいメッセージがうつる。
傘の向こうにみえた工藤の笑顔と榊との親密そうな様子、先ほど見た様子を何度も思い返してルリ子は吐き気がした。
「ああ、やっぱりそうなのね。そういうことなのね」
ルリ子はなんだか納得してしまう自分に驚く。
とりあえずその日は帰宅するために駅に向かって歩くのだった。
…
「どうすればよかったのかしら…」
雨音を聞きながら何度の先ほど見た光景が頭をめぐる。
ルリ子はふと大きなビルのガラスに映る自分を見てしまった。
顔面蒼白でまるで幽霊のようだ。
「これだもの、他の女に行くわよね」
自虐的に笑いながらしばらく自分の姿を眺めていた。
するとガラスの向こうの風景が目に飛び込んできた。
中は木目調の棚にたくさんの本が置かれているようだ。
惹かれるままにルリ子は店内に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ」
レジから少しやる気のなさそうな男性の店員の声が聞こえる。
ふらふらと棚の間を歩く。
「この本懐かしいわね」
最近、本を読む暇もなく就活や工藤との時間に充てていたことを思い出す。
「っつ」
しかしなぜだか恋愛小説にばかり目がいく。
なんだか本に逃げたくなっている自分が嫌で慌ててルリ子は小説の棚から離れた。
すると本の並ぶ棚の奥、銀色のワゴンがあった。
そこには中古のCDが売られている。
「あら、この曲…」
それはルリ子の母親がよく口ずさんでいる曲だった。
あまりメジャーな曲ではないのだろう、テレビなどで聞いた覚えはない。
「~♪」
母が歌っていたのを思い出しながらいつのまにかルリ子は小声で口ずさんでいる。
サビの歌詞を言った瞬間、ルリ子はハッとした。
その言葉はルリ子の胸の奥深くに刺さっていた何かを抜き去ってくれた気がした。
ルリ子はCDを手にしたままレジに向かったのだった。
…
ルリ子は自分の口ずさんだ歌詞が思い違いだったかたしかめるために一刻も早くCDを流したかった。
足早に家に帰るとパソコンを立ち上げてCDを入れる。
「さよならを告げることで歩き出そう…やっぱりあっていたわ」
ルリ子はこの瞬間、決意した。
ひどくルリ子を疲弊させる恋愛感情にもさよならをしてしまおうと。
工藤にちゃんと自分からさよならを言うと。
帰宅したルリ子は部屋で一人、耳鳴りがしそうなほどの静けさの中、ぼーっと椅子に座って窓の外を眺めている。
「潮時、ね…私、本当はマリのことにかまっている余裕なんてなかったのに…」
マリの潮時という言葉に身が詰まる思いをしていたのはルリ子も同じである。
ルリ子は少し前からうすうす察していたのだ。
工藤に自分ではない恋人ができたことを。
…
きっかけは彼が一人でツーリングに行くと言っていた日。
工藤からかかってきた電話に出ると彼の声が聞こえるその奥から工藤の名を呼ぶ女性の声がした。
「一人って言っていたのに」
電話を切ったルリ子は思わずそうつぶやいてしまった。
たまたま居合わせただけならルリ子が怒るのはお門違いだ、とルリ子は自分に言い聞かせる。
ただ工藤のバイクを見るたびに、自分ではない女性を乗せたのかと嫉妬の波がルリ子を襲った。
それから何度もルリ子は工藤が女性と二人きりで会っているような雰囲気を察することがあった。
例えば、今日何をしていたのか聞くとはぐらかされたり、携帯を見せてくれなくなったり、些細なことであったがルリ子に猜疑心を植え付けるには十分である。
しかし工藤は別の女性ができたにもかかわらず、工藤はルリ子の前でルリ子の接するときは何も変わらなかった。
身体の関係がなくなることも、デートがなくなることも、記念日のお祝いやプレゼントがおざなりになることもない。
だからルリ子は気づかないふりをすることにしたのだ。
幸せの為には自分が我慢すればいいと思っていたから。
しかしそんなルリ子の気持ちを踏みにじるような決定的な出来事が起こってしまったのだ。
…
ある雨の日のことである。
「今日バイトなのに傘忘れた」
工藤からのメッセージにルリ子は迎えに行くと返した。
工藤のバイト先は彼が一人暮らしをしている場所からほど近いコンビニだ。
「あら、もうバイトは終わったのかしら」
店内を覗き見ると工藤ではない男性がレジにいる。
すると店の裏の通用口から工藤が出てきた。
「あ!」
ルリ子は声をかけそうになったが、声が出なかった。
なぜなら工藤の後ろから女性が出てきたのだ。
その女性が差し出す傘に一緒に入ると二人は歩き始めた。
そこにいるルリ子にはまるで存在しないかのように。
「どうして…」
ルリ子は女性が榊であることに気が付いてしまった。
いつからなのだろうか、二人がそういう関係になったのは。
二人のあとを無意識のままついていったルリ子は工藤の部屋に二人ではいるところを携帯に収めていた。
そしてそのまましばらく呆然と立ち尽くしていたが、携帯の着信でふと我に返った。
「ごめん、傘もってたから大丈夫だった」
真っ白な光を放つ携帯の画面には工藤からの白々しいメッセージがうつる。
傘の向こうにみえた工藤の笑顔と榊との親密そうな様子、先ほど見た様子を何度も思い返してルリ子は吐き気がした。
「ああ、やっぱりそうなのね。そういうことなのね」
ルリ子はなんだか納得してしまう自分に驚く。
とりあえずその日は帰宅するために駅に向かって歩くのだった。
…
「どうすればよかったのかしら…」
雨音を聞きながら何度の先ほど見た光景が頭をめぐる。
ルリ子はふと大きなビルのガラスに映る自分を見てしまった。
顔面蒼白でまるで幽霊のようだ。
「これだもの、他の女に行くわよね」
自虐的に笑いながらしばらく自分の姿を眺めていた。
するとガラスの向こうの風景が目に飛び込んできた。
中は木目調の棚にたくさんの本が置かれているようだ。
惹かれるままにルリ子は店内に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ」
レジから少しやる気のなさそうな男性の店員の声が聞こえる。
ふらふらと棚の間を歩く。
「この本懐かしいわね」
最近、本を読む暇もなく就活や工藤との時間に充てていたことを思い出す。
「っつ」
しかしなぜだか恋愛小説にばかり目がいく。
なんだか本に逃げたくなっている自分が嫌で慌ててルリ子は小説の棚から離れた。
すると本の並ぶ棚の奥、銀色のワゴンがあった。
そこには中古のCDが売られている。
「あら、この曲…」
それはルリ子の母親がよく口ずさんでいる曲だった。
あまりメジャーな曲ではないのだろう、テレビなどで聞いた覚えはない。
「~♪」
母が歌っていたのを思い出しながらいつのまにかルリ子は小声で口ずさんでいる。
サビの歌詞を言った瞬間、ルリ子はハッとした。
その言葉はルリ子の胸の奥深くに刺さっていた何かを抜き去ってくれた気がした。
ルリ子はCDを手にしたままレジに向かったのだった。
…
ルリ子は自分の口ずさんだ歌詞が思い違いだったかたしかめるために一刻も早くCDを流したかった。
足早に家に帰るとパソコンを立ち上げてCDを入れる。
「さよならを告げることで歩き出そう…やっぱりあっていたわ」
ルリ子はこの瞬間、決意した。
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