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大学生編
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工藤と付き合ってもう三年が過ぎた。
次の春にはお互いに就職することが決まっている。
ルリ子はそこそこ大手企業の事務員で、工藤はベンチャー企業の営業になるそうだ。
…
その日ルリ子は就職前に集まりたいというマリの一声でカフェに呼び出されていた。
三人がそれぞれ飲み物を注文して四人掛けの席に腰かける。
近況報告もかねてとのことだったので話は大いに盛り上がった。
「潮時ってやつなのかな」
期間限定のミルクベースのカフェインレスのラテを底からストローでズズズっと音を立てながら残りを飲み干したマリが突然つぶやいた。
「恋人と何かあったの?」
今日は珍しくサキも来ていた。
「サキはいいよねぇ、シングルだから恋人に悩まされることもないじゃん」
「何それ、喧嘩売ってんの?」
サキがマリを睨む。
「ううん、そうじゃない、ただ自分が惨めなだけ」
ルリ子とサキは目を見合わせる。
するとマリは一度、視線を床に落とすと何かを決意したかのように顔を上げてルリ子とサキを見据えた。
ルリ子とサキは思わず居住まいをただした。
「この前、急にジュース飲みたくなって、近くのコーヒーショップに駆け込んだの」
「え?コーヒーショップ?ジューススタンドとかではなくて?」
ルリ子が聞き返す。
「ううん、コーヒーショップ」
彼女はそういうと今いる個人経営のおしゃれなカフェとは異なる、大手チェーン店のコーヒーショップのサイトを携帯で開き、注文したメニューを見せてくれた。
「ふーん、こんなのあったんだ」
ルリ子と一緒に画面をのぞき込んだサキが答える。
「そうなの、私も知らなかったんだよね。コーヒーショップに入るとさ、コーヒーショップだからコーヒー頼まなきゃとか思ってたんだけど看板に美味しそうな絵が描いてあってね。それでその時はたまたまジュースの気分だったから、思い切って店に入って看板にあったマンゴーなんとかってやつ頼んだの」
マリはきらびやかなネイルの先でツンツンと画面をつついた。
画面にはマンゴーの果実の画像と共にクリーミーなオレンジ色のスムージーの写真がある。
「それがこれなのね?お味はどうだったの?」
「めっちゃ美味しかった」
マリは渾身の笑顔でそう言い切った。
ルリ子とサキもつられて笑顔になる。
「それは良かったわ」
「えー、私も飲みたくなっちゃったじゃん」
「たまにないかしら、コーヒーショップに行ってココアとか飲みたくなるタイミング。私、よくコーヒー以外の飲み物を買ってしまいますわ」
ルリ子は確かに今日ココアを飲んでいる。
「ある、かなぁ」
サキが考えるそぶりをみせる。
「でも今日はなんか違う飲み物頼みたいなって気分の時に限って誰かと一緒にいて、えーそういうの頼むの?コーヒー飲めないのー?とか言われんのよ。いやコーヒー飲めないわけじゃないんだけどね、いいじゃん別に?」
マリはケラケラと笑って携帯の画面の明かりを落とす。
「まぁね、何飲むかなんて自由よね」
「そういう奴に限ってチビチビブラックコーヒー飲んだり、フラペチーノ頼んでインスタにドヤ顔であげてんの。何様よって感じ…でもさ、そういう女に取られたんだよね」
「取られた?何を?」
「彼氏」
ルリ子とサキは思わずフリーズしてしまった。
「え?何?浮気されてたの?」
「そ、ジュース頼んで待ってたら後ろからそういう会話が聞こえたわけ。で、振り向いたら彼氏が女と腕組んで楽しそうに飲み物注文してた」
マリは笑顔でそういうが内心とても傷ついたはずだ。
ルリ子も胸に氷の剣をでも刺されたかのような気分になった。
「別れんの?」
サキが短く尋ねる。
「たぶん。でもわかんない、なかなか言い出せなくて…潮時なのかなってさっき急に思っちゃったってわけ」」
「潮時…」
ルリ子はマリの言葉を口の中で転がす。
「今連絡しちゃいなよ、浮気してたの見てました。別れましょうって」
サキの言葉にマリは首を振った。
「そうしたいのにできないの」
「なんで」
マリが泣きそうな顔になる。
「子供ができたの…」
「はぁ!??」
「え?」
ルリ子もサキも驚きのあまり大声を出してしまった。
「しー!声大きいって!」
「え、でも、子供ができたって、あなた一人で育てるの?」
「だからそれも含めて、あいつに言うか悩んでる。結婚しても浮気し続けるような男だったら子供がかわいそうでしょ?」
マリはわざと茶化すような声で言う。
「マリ…」
「わかった、あんたの彼氏、今ここに呼び出して」
サキが机の上に無造作に置かれていたマリのスマホをマリに突きつける。
「あんたが言えないならあたしたちが言ってやる」
「サキ…いいよ、自分で言える」
「いいや、マリは200%言えない。いっつも強がってるし勝気なこというけど、内心めっちゃ臆病なの知ってんだから。何年の付き合いだと思ってるのよ。ほら、サッサと電話してくる!!」
サキに促されたマリはスマホを片手に店を出て、入り口の前で電話をかけ始めた。
「さすがね、サキ」
「ルリ子もだよ。あんたは言えないから察してほしいタイプだけど、女友達は察してくれても男は察しないんだからね。ちゃんと彼氏と話しなよ」
「…えぇ」
ルリ子はこの時、自分の隠していた悩みをサキに見抜かれた気がした。
…
数分後、不満そうな顔で訪れたマリの彼氏の横っ面をサキがビンタするという三人にとって後の笑い話になる事件が起きるのだがそれはまた別のお話し。
次の春にはお互いに就職することが決まっている。
ルリ子はそこそこ大手企業の事務員で、工藤はベンチャー企業の営業になるそうだ。
…
その日ルリ子は就職前に集まりたいというマリの一声でカフェに呼び出されていた。
三人がそれぞれ飲み物を注文して四人掛けの席に腰かける。
近況報告もかねてとのことだったので話は大いに盛り上がった。
「潮時ってやつなのかな」
期間限定のミルクベースのカフェインレスのラテを底からストローでズズズっと音を立てながら残りを飲み干したマリが突然つぶやいた。
「恋人と何かあったの?」
今日は珍しくサキも来ていた。
「サキはいいよねぇ、シングルだから恋人に悩まされることもないじゃん」
「何それ、喧嘩売ってんの?」
サキがマリを睨む。
「ううん、そうじゃない、ただ自分が惨めなだけ」
ルリ子とサキは目を見合わせる。
するとマリは一度、視線を床に落とすと何かを決意したかのように顔を上げてルリ子とサキを見据えた。
ルリ子とサキは思わず居住まいをただした。
「この前、急にジュース飲みたくなって、近くのコーヒーショップに駆け込んだの」
「え?コーヒーショップ?ジューススタンドとかではなくて?」
ルリ子が聞き返す。
「ううん、コーヒーショップ」
彼女はそういうと今いる個人経営のおしゃれなカフェとは異なる、大手チェーン店のコーヒーショップのサイトを携帯で開き、注文したメニューを見せてくれた。
「ふーん、こんなのあったんだ」
ルリ子と一緒に画面をのぞき込んだサキが答える。
「そうなの、私も知らなかったんだよね。コーヒーショップに入るとさ、コーヒーショップだからコーヒー頼まなきゃとか思ってたんだけど看板に美味しそうな絵が描いてあってね。それでその時はたまたまジュースの気分だったから、思い切って店に入って看板にあったマンゴーなんとかってやつ頼んだの」
マリはきらびやかなネイルの先でツンツンと画面をつついた。
画面にはマンゴーの果実の画像と共にクリーミーなオレンジ色のスムージーの写真がある。
「それがこれなのね?お味はどうだったの?」
「めっちゃ美味しかった」
マリは渾身の笑顔でそう言い切った。
ルリ子とサキもつられて笑顔になる。
「それは良かったわ」
「えー、私も飲みたくなっちゃったじゃん」
「たまにないかしら、コーヒーショップに行ってココアとか飲みたくなるタイミング。私、よくコーヒー以外の飲み物を買ってしまいますわ」
ルリ子は確かに今日ココアを飲んでいる。
「ある、かなぁ」
サキが考えるそぶりをみせる。
「でも今日はなんか違う飲み物頼みたいなって気分の時に限って誰かと一緒にいて、えーそういうの頼むの?コーヒー飲めないのー?とか言われんのよ。いやコーヒー飲めないわけじゃないんだけどね、いいじゃん別に?」
マリはケラケラと笑って携帯の画面の明かりを落とす。
「まぁね、何飲むかなんて自由よね」
「そういう奴に限ってチビチビブラックコーヒー飲んだり、フラペチーノ頼んでインスタにドヤ顔であげてんの。何様よって感じ…でもさ、そういう女に取られたんだよね」
「取られた?何を?」
「彼氏」
ルリ子とサキは思わずフリーズしてしまった。
「え?何?浮気されてたの?」
「そ、ジュース頼んで待ってたら後ろからそういう会話が聞こえたわけ。で、振り向いたら彼氏が女と腕組んで楽しそうに飲み物注文してた」
マリは笑顔でそういうが内心とても傷ついたはずだ。
ルリ子も胸に氷の剣をでも刺されたかのような気分になった。
「別れんの?」
サキが短く尋ねる。
「たぶん。でもわかんない、なかなか言い出せなくて…潮時なのかなってさっき急に思っちゃったってわけ」」
「潮時…」
ルリ子はマリの言葉を口の中で転がす。
「今連絡しちゃいなよ、浮気してたの見てました。別れましょうって」
サキの言葉にマリは首を振った。
「そうしたいのにできないの」
「なんで」
マリが泣きそうな顔になる。
「子供ができたの…」
「はぁ!??」
「え?」
ルリ子もサキも驚きのあまり大声を出してしまった。
「しー!声大きいって!」
「え、でも、子供ができたって、あなた一人で育てるの?」
「だからそれも含めて、あいつに言うか悩んでる。結婚しても浮気し続けるような男だったら子供がかわいそうでしょ?」
マリはわざと茶化すような声で言う。
「マリ…」
「わかった、あんたの彼氏、今ここに呼び出して」
サキが机の上に無造作に置かれていたマリのスマホをマリに突きつける。
「あんたが言えないならあたしたちが言ってやる」
「サキ…いいよ、自分で言える」
「いいや、マリは200%言えない。いっつも強がってるし勝気なこというけど、内心めっちゃ臆病なの知ってんだから。何年の付き合いだと思ってるのよ。ほら、サッサと電話してくる!!」
サキに促されたマリはスマホを片手に店を出て、入り口の前で電話をかけ始めた。
「さすがね、サキ」
「ルリ子もだよ。あんたは言えないから察してほしいタイプだけど、女友達は察してくれても男は察しないんだからね。ちゃんと彼氏と話しなよ」
「…えぇ」
ルリ子はこの時、自分の隠していた悩みをサキに見抜かれた気がした。
…
数分後、不満そうな顔で訪れたマリの彼氏の横っ面をサキがビンタするという三人にとって後の笑い話になる事件が起きるのだがそれはまた別のお話し。
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