無名モデルは如何にして社長の隣を射止めたか

浅上秀

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海野は気づくと車の中でまどろんでいた。

「すみません、海野さん緊急事態なんです。一緒に来ていただいても?」

梶原が海野を起こす声で飛び起きた。

「え、あ、はい」

「カバンはお車に置いたままで大丈夫ですよ。私に付いてきてください」

「は、はい」

ツカツカと先を行く梶原の後ろを追いかける。
自動ドアを通り守衛から入館証を受け取ってエレベーターに乗り込む。
梶原がエレベーターのボタンを連打しているので相当急いでいるようだ。

「行きますよ」

「はい」

梶原についていくとそこはスタジオだった。
海野はてっきりどこかの企業のオフィスに連れていかれるのかと思った。

「海野くん悪いね。この分の給料もちゃんと払うから」

まだ海野はDelicatデリカに正式採用されているわけではない。
事務所との契約は終了しているためフリーという名の無職なのだ。

「気にしないでください」

頭を下げた神山に海野は慌てる。

「いえいえ!一体、何があったんでしょうか」

「実は今日は新ブランドのpavaneパヴァーヌで作ったスーツの宣伝広告の写真撮影の予定だったんだ。だけど急遽モデルが体調不良になって来れなくなったって今さっき連絡が入ったんだよ。この後のスケジュール的にも今日写真が上がらなとまずいんだよ」

「そこで代打の海野さんの出番です。まずはこちらに着替えてきてください。サイズは多分大丈夫かと」

梶原が持ってきた服を受け取って海野は急いで着替えに向かいメイクをしてもらう。

「お願いします」

カメラの前に立った瞬間、海野の中で何かのスイッチが入った気がした。



気づくと撮影が終わっていた。

「お疲れ様、海野くんなんかすごかったね」

「とてもいい表情をされてましたよ」

「あ、ありがとうございます」

撮影後にこんなに褒められた覚えがないので海野は照れてしまった。

「良く頑張ってくれたね」

神山が海野のセットされた頭を混ぜた。
海野は心の中に何か温かいものが広がっていく感じがする。

「ふぅ、じゃあ僕はこれで帰りますね」

海野は神山の手を退けて帰ろうかとした。

「待って、ダメだよ。君はもう僕のための歩く広告塔だから」

「へ?」

「梶原、またインスピレーションが湧いた」

「はぁ、かしこまりました」

神山はそういうと海野のことを真剣な眼差しで見つめてくる。
海野はその視線の暑さに心が高鳴る気がした。

「こうなると社長はしばらく動かないですからね」

梶原は諦めたような顔で挨拶回りに出かけていた。
海野はしばらく神山が何かを書いているのを眺めていた。

「…よし、いいぞ、梶原、あれ梶原は?」

「こうなったら社長は動かないって挨拶回りにいかれましたよ」

「さすがだな…海野くん、本当に助かったよ。次の新作にも間に合いそうだ」

神山はふぅっと息を吐いた。
するといつの間にか梶原が戻ってきて神山の手からスケッチブックを奪った。

「あ」

「これで頭を下げずにすみますね。よかったですね、締め切り前にデザインを出すなんて試作部門が泣いて喜びますよ。いつもこんな感じだといいんですけどね」

梶原はブツブツ言っている。

「いやぁ、いつもすまんね」

神山は全く悪びれておらず、締切を破ることが常習化しているようだ。

「海野くん、待たせたね。家まで送らせるよ」

神山のスケッチが終わり、私服に着替えた海野に神山が行った。

「ありがとうございます…あのお願いがあるのですが」

「なんだい」

「よかったら今日一日、お仕事を拝見してもよろしいでしょうか」

神山は目を見開いた。

「梶原、今のは俺の聞き間違いかな」

「いいえ、社長、海野さんが社長のお仕事に関心を持ってくれたみたいでよかったですね。さ、次のアポに行きますよ」

再び先ゆく梶原の後ろを二人で追いかけるのだった。
しかし梶原は飴と鞭を使い分けるのがうまい男だった。
車の後部座席に二人が乗り込むとドアを閉めて運転席に座ると二人に向かいあう。

「こちら次のアポの資料です。女性服のトレンドを知るために雑誌の見学および女性誌の編集者との打ち合わせになります。その後にはフランスのコレクションとの打ち合わせですので現地とのウェブ会議です。それから最後に例の広告代理店から連絡が。今夜の接待は海野さんもご一緒なら座席を増やしますが…」

「いや、接待は来なくてもいいよ。服もこれじゃあね」

海野の私服は非常にラフだ。

「す、すみません」

「今後服を選ぶときはTPOを予測して意識的に選ぶようにすればいいよ」

「とりあえずお二人に撮影のご褒美です。が、次のアポに着くまでに食べ切ってくださいね」

そういうと梶原は助手席の茶色の紙袋からラップサンドとコーヒーを取り出した。

「さすが梶原。ちょうどラップサンドの気分だったんだよな。俺はこっちのサルサソースので」

神山はサルサソースと豆のサラダのラップサンドを取る。
海野は袋の中にもう一つあった根菜サラダとチキンのラップサンドを手に取った。

「あ、ありがとうございます。梶原さんは食べないんですか」

「えぇ、先ほど頂きましたから」

梶原はスムーズに車を走らせていった。



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