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本編
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「ごめんごめん、待たせたね」
しばらくして神山が一人で戻ってきた。
梶原は帰ったようだ。
「い、いえ」
海野は慌ててカバンから梶原に渡されたフランス語の教材と筆記用具を取り出して床に座った。
床に敷かれた絨毯は毛足が長くてとてもフカフカしている。
「床に座ったらお尻が痛くなるよ。ソファの上にどうぞ」
「お、おかまいなく」
キレイなガラスのローテーブルの上に指紋をつけてしまわないように慎重に教材を広げる。
「そうか、なら俺も床に座ろうかな」
「え!?」
神山は海野の隣に腰かける。
「さて、どこで詰まったかな?」
神山はナチュラルに海野の教材をのぞき込んでくる。
海野は付箋を予めつけていたところを指さした。
…
「すごい、わかりやすいです」
一人で絶望的になっていたことがまるで嘘のようだ。
神山は発音もきれいで教えるのも上手だ。
「はは、幼いころからよく連れていかれてたし、一時期向こうに住んでいたからね」
神山は立ち上がるとキッチンに向かう。
「一旦、休憩にしようか」
「あ、はい」
神山はキッチンからコーヒーの入ったバグカップを二つと焼き菓子の入った白い箱を持ってきた。
「ミルクとお砂糖は?」
「いります」
神山はブラック、海野はラテにしてコーヒーを飲む。
正直、海野はコーヒーがあまり得意ではないのでこれがいいコーヒーなのかわからなかった。
「お菓子、好きなの選びなよ」
白い箱の中には様々な種類のクッキー、フィナンシェ、マドレーヌなどの焼き菓子がある。
海野は迷いに迷って一つ手に取った。
「これで」
「おや、一つでいいのかい?」
海野は箱からフィナンシェを手に取って開ける。
一口、口に入れると芳醇なバターが香った。
「うまっ」
いかにも高級で上品な焼き菓子の味だった。
生地もきめ細やかで一気に食べてしまうのがもったいない。
海野は一口ずつ噛みしめるようにして食べた。
「そんなに気に入ったのなら箱ごとあげるよ」
海野が食べる様子を傍らで観察していた神山は箱ごと海野に焼き菓子を果たしてくる。
「いや、いただけないですよ」
海野は遠慮したが神山は強引に箱ごと海野に押し付けてきた。
「いいかいいから。ね?」
「あ、ありがとうございます…」
「さて、糖分も補給で来たところで続きでもやろうか」
「はい」
海野はマグカップに残っていたラテを飲み干すと再び教材に向かい合った。
…
「もう無理です…これ以上頭に入りません…」
窓の外の日は落ちて徐々に家々に明かりが灯り始めていた。
「おや、もうこんな時間か」
神山が時計を確認する。
海野は神山のスイッチが入ると一気に集中するのでそれが途切れるまで終わりがないことを悟った。
海野は持ってきた荷物をかばんに片付ける。
「今日は貴重なお時間をいただきありがとうございました」
神山は海野に教える傍ら、忙しそうにパソコンで何か作業をしていたのだ。
「いやいや、うちの都合で海野くんにこうして勉強してもらってるんだから気にしないで。それより海野くん、今日の晩御飯の予定は?」
「あー、コンビニに寄ろうかなって思ってます」
「それなら良かったら今から一緒に食べに行かないか?」
「え?」
「近くに最近、イタリアンレストランが出来たんだが一人だと入りにくくてね。かといって梶原と行くのも気が引けて」
「はぁ、でも俺こんな格好だし…」
海野はTシャツにジーンズという非常にラフな格好をしていた。
「はは、そこまで格式ばったお店ではないと思うから大丈夫だよ。そうと決まれば俺も着替えたいんだが海野くんにスタイリングをお願いしてもいいかな?」
「スタイリングですか!?他の人の服なんて選んだことないですよ」
「大丈夫大丈夫、さ、クローゼットに行こう」
海野の腕をとって神山はリビングの扉を開いた。
そこから左の部屋の扉をあけると部屋がクローゼットになっていた。
「すっげ…」
マネキンまで置いてあるので撮影現場の衣裳部屋や企業のプレスルームのようだ。
「下はジーンズにしようと思っているんだが、上はどれがいいかな?」
トップスのかかっているラックに案内されたがそこにあるトップスの量に海野は腰が抜けるかと思った。
「下だけ先に着替えてくるから選んでよ」
「は、はい」
そうは言われたものの枚数が多すぎて探せない。
「あ、これ俺が欲しかったやつ」
値段が高すぎて買えなかったトップスやらビンテージものまで様々ある。
「それ、俺のサイズに合わないからやるよ。なんなら今、着ていけば?」
海野は思わずギョっとしてしまった。
「さすがにもらえないですよ」
「そうかな…ねぇ海野君さえ良ければここで一緒に暮らす?それなら俺の服、着放題だよ」
「え?」
それは非常に魅力的なお誘いではある。
「これから仕事も忙しくなるしさ、俺と一緒なら梶原も二か所に寄らなくてすむだろ?」
「まぁ、そうですね…」
グラグラと海野の心は揺らいでいた。
「ま、考えておいてよ」
海野がラックからようやく探し当てたトップスを受け取ると海野の肩をポンと叩いて神山は着替えにいった。
「一緒に住む、か…」
しばらくして神山が一人で戻ってきた。
梶原は帰ったようだ。
「い、いえ」
海野は慌ててカバンから梶原に渡されたフランス語の教材と筆記用具を取り出して床に座った。
床に敷かれた絨毯は毛足が長くてとてもフカフカしている。
「床に座ったらお尻が痛くなるよ。ソファの上にどうぞ」
「お、おかまいなく」
キレイなガラスのローテーブルの上に指紋をつけてしまわないように慎重に教材を広げる。
「そうか、なら俺も床に座ろうかな」
「え!?」
神山は海野の隣に腰かける。
「さて、どこで詰まったかな?」
神山はナチュラルに海野の教材をのぞき込んでくる。
海野は付箋を予めつけていたところを指さした。
…
「すごい、わかりやすいです」
一人で絶望的になっていたことがまるで嘘のようだ。
神山は発音もきれいで教えるのも上手だ。
「はは、幼いころからよく連れていかれてたし、一時期向こうに住んでいたからね」
神山は立ち上がるとキッチンに向かう。
「一旦、休憩にしようか」
「あ、はい」
神山はキッチンからコーヒーの入ったバグカップを二つと焼き菓子の入った白い箱を持ってきた。
「ミルクとお砂糖は?」
「いります」
神山はブラック、海野はラテにしてコーヒーを飲む。
正直、海野はコーヒーがあまり得意ではないのでこれがいいコーヒーなのかわからなかった。
「お菓子、好きなの選びなよ」
白い箱の中には様々な種類のクッキー、フィナンシェ、マドレーヌなどの焼き菓子がある。
海野は迷いに迷って一つ手に取った。
「これで」
「おや、一つでいいのかい?」
海野は箱からフィナンシェを手に取って開ける。
一口、口に入れると芳醇なバターが香った。
「うまっ」
いかにも高級で上品な焼き菓子の味だった。
生地もきめ細やかで一気に食べてしまうのがもったいない。
海野は一口ずつ噛みしめるようにして食べた。
「そんなに気に入ったのなら箱ごとあげるよ」
海野が食べる様子を傍らで観察していた神山は箱ごと海野に焼き菓子を果たしてくる。
「いや、いただけないですよ」
海野は遠慮したが神山は強引に箱ごと海野に押し付けてきた。
「いいかいいから。ね?」
「あ、ありがとうございます…」
「さて、糖分も補給で来たところで続きでもやろうか」
「はい」
海野はマグカップに残っていたラテを飲み干すと再び教材に向かい合った。
…
「もう無理です…これ以上頭に入りません…」
窓の外の日は落ちて徐々に家々に明かりが灯り始めていた。
「おや、もうこんな時間か」
神山が時計を確認する。
海野は神山のスイッチが入ると一気に集中するのでそれが途切れるまで終わりがないことを悟った。
海野は持ってきた荷物をかばんに片付ける。
「今日は貴重なお時間をいただきありがとうございました」
神山は海野に教える傍ら、忙しそうにパソコンで何か作業をしていたのだ。
「いやいや、うちの都合で海野くんにこうして勉強してもらってるんだから気にしないで。それより海野くん、今日の晩御飯の予定は?」
「あー、コンビニに寄ろうかなって思ってます」
「それなら良かったら今から一緒に食べに行かないか?」
「え?」
「近くに最近、イタリアンレストランが出来たんだが一人だと入りにくくてね。かといって梶原と行くのも気が引けて」
「はぁ、でも俺こんな格好だし…」
海野はTシャツにジーンズという非常にラフな格好をしていた。
「はは、そこまで格式ばったお店ではないと思うから大丈夫だよ。そうと決まれば俺も着替えたいんだが海野くんにスタイリングをお願いしてもいいかな?」
「スタイリングですか!?他の人の服なんて選んだことないですよ」
「大丈夫大丈夫、さ、クローゼットに行こう」
海野の腕をとって神山はリビングの扉を開いた。
そこから左の部屋の扉をあけると部屋がクローゼットになっていた。
「すっげ…」
マネキンまで置いてあるので撮影現場の衣裳部屋や企業のプレスルームのようだ。
「下はジーンズにしようと思っているんだが、上はどれがいいかな?」
トップスのかかっているラックに案内されたがそこにあるトップスの量に海野は腰が抜けるかと思った。
「下だけ先に着替えてくるから選んでよ」
「は、はい」
そうは言われたものの枚数が多すぎて探せない。
「あ、これ俺が欲しかったやつ」
値段が高すぎて買えなかったトップスやらビンテージものまで様々ある。
「それ、俺のサイズに合わないからやるよ。なんなら今、着ていけば?」
海野は思わずギョっとしてしまった。
「さすがにもらえないですよ」
「そうかな…ねぇ海野君さえ良ければここで一緒に暮らす?それなら俺の服、着放題だよ」
「え?」
それは非常に魅力的なお誘いではある。
「これから仕事も忙しくなるしさ、俺と一緒なら梶原も二か所に寄らなくてすむだろ?」
「まぁ、そうですね…」
グラグラと海野の心は揺らいでいた。
「ま、考えておいてよ」
海野がラックからようやく探し当てたトップスを受け取ると海野の肩をポンと叩いて神山は着替えにいった。
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