無名モデルは如何にして社長の隣を射止めたか

浅上秀

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本編

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帰りはアポにむかう神山を相手企業まで送るついでに梶原が海野を車で送り届けてくれた。

「ありがとうございました」

自宅の前で車を降りて海野は梶原にお辞儀をする。

「いえいえ。これから長い付き合いになりそうですし」

ハンドルを握る梶原の眼鏡が怪しく光る。

「はは、はははは」

海野からは乾いた笑いが漏れた。
颯爽と去っていく梶原の乗った車のテールランプを見送る。
家に入るとどっと疲れが海野に押し寄せてくる。
息よりも重たくなったカバンの中には梶原に渡された資料やフランス語の教材、ファッションやモデル向けの参考資料や雑誌、本など様々なものを渡された。

「はぁ、疲れた」

入社まではあと二週間しかないがそれまでにこなさなければならない課題は山積みだった。
幸いもう撮影の仕事は残っていないので一日、家で暇をしているので課題をやる時間はたくさんある。

「がんばるか」



しかし海野は勉強を始めて三日目にして絶望していた。

「フランス語、わかんねぇ。本読むのマジで辛い」

長らく読書から離れていたせいで活字が頭に全く入ってこない。
ファッションの本は挿絵も多いのでなんとか食らいつけるが問題はフランス語だった。

「やばいぞこれは」

安請け合いするんじゃなかったと後悔していた時だった。
海野の携帯が震える。

「あ、もしもし」

「やぁ海野くん、この前はどうもありがとう」

「いえいえ、こちらこそお世話になりました」

「どう?順調?」

「は、はは、全く」

「だと思った」

電話の向こうで神山が笑っている。

「どうかな、今から俺の家でフランス語のレッスンなんて」

「え、神山さんお忙しいんじゃ…」

「今日は休みなんだ。もらいものの美味しいコーヒーとお菓子もあるよ」

「ううっ」

「どうせ一人で煮詰まってるんだろ?」

「はい、じゃあお言葉に甘えて」

「あぁ梶原が迎えに行くから車に乗っておいでね」

「え、いいんですか!?」

「うん、もちろん、それじゃあまた後で」

「はい」

海野は慌てて服を着替えて身なりを整える。
教材と筆記用具と貴重品をカバンに放り込む。

「あ、手土産会った方がいいよな…」

実家から届いて開けていない箱に入った何かがあったはず。

「あ、あった!!」

部屋中を探して何とか見つけた。
その時、ちょうど部屋のチャイムが鳴った。

「はい!今行きます」

カバンと箱を持って部屋を飛び出ると梶原が待っていた。

「こんにちは、海野さん」

「こ、こんにちは梶原さん、すみませんお休みなのに」

梶原は一瞬黙った。

「…いえいえ。では参りましょうか」

先日も乗った梶原の車の助手席に乗りこむ。

「神山はなんと?」

しばらく車を走らせてからk時わらが海野に尋ねる。

「え、あ、今日お休みだからフランス語の勉強に詰まってるならぜひって。美味しいコーヒーとお菓子をもらったからって」

海野がそういうと梶原は深いため息をついた。

「そうですか、そうですか」

そういった梶原のハンドルを握る手に力が入って気がした。

「か、梶原さん?」

海野が恐る恐る梶原をみる。

「いえいえ、あなたのせいではありませんよ。あのクソ社長…無理やり休みにしやがって。貰い物のお菓子だ、コーヒーだ?それは昨日、デパートの地下でわざわざ買ったやつだろうあの野郎…」

梶原は何やらブツブツとつぶやいているが海野には聞こえなかった。
少しだけ気まずい空気の車内。
しかしそれも束の間であっという間に神山の住んでいる場所に辿り着いた。

「さぁ、到着しました」

「へ?」

そこは海野が見たこともない高さのマンションだった。
いわゆるタワーマンションだ。

「行きますよ」

エントランスに迷いなく入っていく梶原の後をおどおどと海野はついていく。
梶原は手慣れたようにカギを取り出してセキュリティを開けた。
自動ドアをくぐるとソファなどの応接セットの横を通り四基のエレベーターがあるホールに導かれる。

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

梶原は最上階のボタンを押した。

「は?」

海野が驚いている間にもエレベーターは上昇していく。

「降りますよ、海野さん」

「あ、はい」

最上階には扉は一つしかない。
横のチャイムを鳴らす。

「はいは~い」

中からゆるりと神山が出てきた。

「思ったより早かったね」

「えぇ、道が空いていたもので」

「さ、海野くん、入って入って」

思わず尻込みしていると神山が海野の背中をグイグイと押して室内に招き入れた。
広い玄関で靴を脱いで廊下を進む。
突き当りのリビングに入るとガラス張りから見える景色は絶景だった。

「すげ」

「ここに座っていいよ」

高級そうなソファを神山が叩く。

「あ、その前にこれ、つまらないものですが」

「え。気使わなくていいのに。ありがとうね」

神山は驚きながら海野から箱を受け取る。

「社長、少しよろしいでしょうか」

「あぁ、うん、海野くん、自由に寛いでてね」

「は、はい」

自由に寛ぐといっても高級品しか置いてなさそうな室内。
何かに触れて万が一壊してしまったらと思うと冷や汗が止まらず、神山が戻ってくるまで海野はフリーズしていたのだった。



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