無名モデルは如何にして社長の隣を射止めたか

浅上秀

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「書き終わりました」

文書に目を通して書類の下部に署名をする。

「お預かりさせていただきます」

梶原が書類をあらためるとカバンに仕舞った。

「実は新規のブランドを立ち上げようと思っているんだ」

神山が海野に資料を手渡してきた。

「新規のブランドですか」

社外秘と表紙に書かれた資料をめくるとコンセプト、ターゲット層などが細かく記されていた。

「今のDelicatデリカは確かに裕福な人たちをターゲットにしているおかげで売り上げはそこそこいいんだ。でもこの先、それだけではやっていけない。もっと海外の人を取り込んだり、若い人を取り込んだり、今まで触れてこなかった人も取り込みたいんだ」

「要するに顧客が高齢化してきたのでここらでって話です」

梶原がわかりやすく注釈を入れてくれる。

「なる、ほど…」

確かに海野の世代には馴染みがない。
父親世代は大きな憧れを抱いているようだが、海野たちにとっては雲のブランド名だけでなく知名度も低いだろう。

「そこで若者の意見を取り入れたい、というのは建前かな」

「海野さん以外にも若者はたくさんいるのでサンプルは十分なんです」

「梶原、おまえさっきから冷たくない?」

「でしたら社長、次のアポまでお時間があまりないので簡潔にご説明を」

「はいはい。四ページ目を見てくれるかな、これが新しいブランドね」

「ブランド名は社名のようにフランス語を使用したいという社長のご意向と先々代社長が16世紀のフランスが非常にお好みだったことを踏まえてフランスの宮廷舞踏の名前からお借りしてpavaneパヴァーヌです」

「ふ、フランス語」

海野には全くといっていいほど馴染みのない言語だ。

「弊社はフランスにある企業との連携が強固ですのでフランスが公用語となっておりますが、海野さんもしかして…」

「まぁまぁ、これから勉強していけばいいよ」

「うっ、すみません」

「じゃあ話を戻して、新ブランドね。ロゴはこれ、ちょっと親しみやすいのがいいなぁと思ってシンプルにしてみた」

現在のDelicatデリカのブランドロゴはかなり複雑だ。
16世紀のフランス貴族がテーマなようで優美ながらもゴテゴテとしたロゴなのだ。

「これはフランスかぶれの俺の爺さんの好みのロゴなの。俺はもっとシンプルなのが好きなわけ、だからこっちね。それに16世紀のフランスっていうワードだけで爺さんのいる取締役会の承認もグンと通りやすくなるってわけ。若者をターゲットにしたいからもっとナウい言葉を使いたかったんだけど、こればっかりはしょうがないんだよ」

「確かにかなりすっきりとしたロゴですね…でも服のワンポイントなどにも使いやすそうです」

海野の言葉に神山は嬉しそうに頷く。

「それからブランドコンセプトについてなのですが、下着から鞄まですべて揃えることができるが量販店では感じることのできない我が社のノウハウを生かした高品質な衣服、かつ今までよりも低価格で手に取りやすいものを目指します。ゆくゆくはDelicatデリカのお客様になっていただきたく、そのための入り口のブランドと言えばわかりやすいのではないでしょうか。」

「そうそう、量販店との差別化が一番の課題。高品質低価格も机上の空論になりそうだけど今までのうちの実績があれば乗り越えられそうなんだ。そこで海野君の登場、ってわけ」

「は、はぁ、僕ですか?」

「あなたには専属の広告塔になっていただきます」

「それってモデルってことでしょうか?」

「モデルだけでなく服のプロデュースやブランディング、デザインにも関わってもらうからね」

「差別化の課題をモデルプロデュースブランド、ということでクリアしようということです」

「他の量販店だと専属のモデルなんて期間限定だし、広告塔のモデルは服に口出ししない。うちは口出しもさせるしブランドと一蓮托生になってもらうってこと」

「えぇえええ、責任重大すぎませんか!?」

海野は顔が真っ青になる気がした。

「当分の間はフランス語やファッションの勉強、ボディーメンテナンスに取り組んでいただく予定ですのでご安心ください」

「いや梶原さん、何も安心できませんって」

「とりあえず試作品あるから着てみてくれ」

隣の部屋がフィッティングルームになっているようだ。
カーテンを閉めてスーツを脱ぐ。
そして渡された服を着てみる。

「嘘だろ、ジャストフィット…」

どんな服でも太ももがぴったりとしすぎたりウエストが緩かったりと不満があったがこれは海野の身体にちょうどあっている。

「どうだ?」

カーテンを開けると神山と梶原が待機していた。

「あの、これすごいぴったりです」

海野は感動のあまり目をキラキラとさせていた。
なんてことない綿パンとワンポイントのついたTシャツ。
しかし今まで服を着てここまで気分が上がったことがあっただろうか。

「ちょっとそのままポージングを頼めるかな」

いつになく真剣な表情で神山が言った。

「は、はい」

海野がポージングを始めると神山は梶原が手渡したスケッチブックにものすごい勢いで何かを書き始めた。

「はぁ」

梶原は思わずため息を漏らした。

「すごい、すごいぞ、インスピレーションが湧き出てくる」

そのまま一時間ほど、海野と梶原は神山に振り回されることになったのだった。

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