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本編
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二人でバーの外に止めてあったタクシーの後部座席に二人で並んで乗り込む。
「海野くん、家どこなの?」
海野が住所を告げるとタクシーは滑らかに走り出す。
「けっこう近くに住んでるんだね」
「そうですね、行きも歩いてきたので」
車内ではとりとめのない世間話をした。
「じゃあまた。連絡待ってるよ」
タクシーだと5分もせずに海野の家についてしまった。
「はい、ありがとうございました…」
海野はまるで狐に化かされているような気がしている。
神山の乗ったタクシーのテールランプの明かりを見送って海野は自宅に入ったのだった。
…
それからしばらくしたころだった。
突然、事務所の社長に呼びだされた。
「失礼します」
社長室に入ると社長は誰かと電話をしていた。
ジェスチャーで応接セットの黒塗りのソファーに座るように促された。
海野はおとなしく座る。
数分で電話は終わり社長は笑顔で海野の目の前の椅子に腰かけた。
「これからどうするか決めたか?」
「…はい、社長には本当にお世話になりましたが契約は継続せずに辞めさせていただきます」
「もう少し頑張ってみないかね?もっといい雑誌やCMの仕事だってお前ならとってやれるんだぞ」
社長の指がガラステーブルを叩く。
「モデルの仕事にそこまでやる気なくて、ダラダラと続けていた俺をここまで契約し続けてくれた社長には感謝しかありません。けど俺、このままだとダメになる気がするんです。もっとちゃんと将来のこと考えたくて」
「どうしてもか?」
「はい、どうしても、です」
沈黙のにらみ合いが数分続く。
最初に視線をそらしたのは社長だった。
「はぁ、残念だ。お前は金のなる木だと思ったんだがね」
社長はそういうと手で海野を追い払った。
海野は社長室を出る直前、社長の背中に向かって深々とお辞儀をした。
そして扉から外に出ようとしたとき、社長の低い声が追いかけてきた。
「いいか、俺の元以外でおまえは芸能活動はできないんだからな。俺のもとを去るということはそういうことだと心得ておけ」
…
今日も一応、まだ仕事が残っていたので現場に向かう。
まだ少し肌寒いがもう夏物の撮影が始まるそうだ。
「おはようございます」
馴染みの雑誌に顔見知りのスタッフたち。
海野が一番好きな仕事だ。
「どうしたんですか?」
そんな現場がなぜか今日は少しピリついている。
「あぁ、海野君おはよう。早速だけどこれに着替えてくれる?メイクもね」
「あ、はい」
「なんでもどこぞの社長さんが撮影の見学に来るとかでみんな大慌てよ」
海野に衣装を手渡したスタッフは小走りでそれだけ言い残して去っていった。
周りのスタッフたちもいつになくせわしない。
海野もつられるように着替えへと急いだ。
…
「はい、オッケー。いったん休憩入ります」
「お疲れ様です」
何着か衣装を変え、ポーズを変え、表情を変え。
いつも通りの撮影をこなした。
スタッフたちも落ち着いたのか撮影中はいつもの和やかな雰囲気が戻った。
そのおかげて海野はリラックスして撮影に臨めた。
椅子に腰かけて水を飲みながら今回の雑誌の企画に改めて目を通す。
「海野くん」
「あ、お疲れ様です」
出版社の担当者が海野に声をかけてきた。
「ちょっと海野くんに紹介したい人がいるんだけど…今、いいかな?」
「はい、もちろんです」
手に持っていたものを一旦、椅子の上に置いて担当者のあとをついていく。
海野の座っていたところと逆サイドには少し人だかりができていた。
「社長、今少しよろしいでしょうか」
「えぇ」
人だかりが割れて現れた人物に海野は見覚えがあった。
「神山、さん」
「え、海野くん知り合いなの!?」
担当者は大いに驚いたようだ。
「少し前にちょっとご縁があってね。海野くん、元気だった?あれから連絡くれないからヤキモキしちゃったよ」
神山が茶目気たっぷりにウインクをしてくる。
その姿でモデルになれるのではないかと思うくらい決まっていた。
「す、すみません、このところ少し立て込んでいて」
「はは、怒ってないよ、気にしないで」
「神山社長、お知り合いなら先に言ってくださいよ~」
「ごめんごめん。ちょっと二人だけで話がしたいんだけど連れて行ってもいいかな?」
「どうぞどうぞ。あそこの扉の外にベンチとかありますよ」
「ありがとう、海野くん、行こうか」
「は、はい」
海野は神山の後を追って歩き出した。
教えてもらったベンチの横には自販機があった。
「何か飲む?」
「いえ、今は大丈夫です」
「そう。それじゃあ本題に入らせてもらうね」
ベンチに二人で腰かける。
「この前の話、考えてくれたかな?」
「はい」
「答えも聞かせてくれる?」
「はい、ぜひ神山さんと一緒にお仕事がしてみたいです。実は今日、ちょうど社長に契約更新しないことを伝えたところだったんです」
「そうか、それはナイスタイミングだったね。ありがとう、君のことを歓迎するよ。ぜひとも君には俺が作った服を着てほしいんだ」
「そ、そう言ってもらえて光栄です」
「じゃあ詳しいことはまた会って決めようか。俺としても今日の撮影を見て君になら俺の作った服をまかせられると確信したところだったんだ」
「うぅ、見てたんですね…」
「それだけ撮影に集中してたってことだろ」
神山は笑いながら海野の頭をポンポンと軽く撫でた。
「海野さ~ん、そろそろ撮影再会します」
「はい、今行きます」
「それじゃあ、またね」
「はい、また」
「海野くん、家どこなの?」
海野が住所を告げるとタクシーは滑らかに走り出す。
「けっこう近くに住んでるんだね」
「そうですね、行きも歩いてきたので」
車内ではとりとめのない世間話をした。
「じゃあまた。連絡待ってるよ」
タクシーだと5分もせずに海野の家についてしまった。
「はい、ありがとうございました…」
海野はまるで狐に化かされているような気がしている。
神山の乗ったタクシーのテールランプの明かりを見送って海野は自宅に入ったのだった。
…
それからしばらくしたころだった。
突然、事務所の社長に呼びだされた。
「失礼します」
社長室に入ると社長は誰かと電話をしていた。
ジェスチャーで応接セットの黒塗りのソファーに座るように促された。
海野はおとなしく座る。
数分で電話は終わり社長は笑顔で海野の目の前の椅子に腰かけた。
「これからどうするか決めたか?」
「…はい、社長には本当にお世話になりましたが契約は継続せずに辞めさせていただきます」
「もう少し頑張ってみないかね?もっといい雑誌やCMの仕事だってお前ならとってやれるんだぞ」
社長の指がガラステーブルを叩く。
「モデルの仕事にそこまでやる気なくて、ダラダラと続けていた俺をここまで契約し続けてくれた社長には感謝しかありません。けど俺、このままだとダメになる気がするんです。もっとちゃんと将来のこと考えたくて」
「どうしてもか?」
「はい、どうしても、です」
沈黙のにらみ合いが数分続く。
最初に視線をそらしたのは社長だった。
「はぁ、残念だ。お前は金のなる木だと思ったんだがね」
社長はそういうと手で海野を追い払った。
海野は社長室を出る直前、社長の背中に向かって深々とお辞儀をした。
そして扉から外に出ようとしたとき、社長の低い声が追いかけてきた。
「いいか、俺の元以外でおまえは芸能活動はできないんだからな。俺のもとを去るということはそういうことだと心得ておけ」
…
今日も一応、まだ仕事が残っていたので現場に向かう。
まだ少し肌寒いがもう夏物の撮影が始まるそうだ。
「おはようございます」
馴染みの雑誌に顔見知りのスタッフたち。
海野が一番好きな仕事だ。
「どうしたんですか?」
そんな現場がなぜか今日は少しピリついている。
「あぁ、海野君おはよう。早速だけどこれに着替えてくれる?メイクもね」
「あ、はい」
「なんでもどこぞの社長さんが撮影の見学に来るとかでみんな大慌てよ」
海野に衣装を手渡したスタッフは小走りでそれだけ言い残して去っていった。
周りのスタッフたちもいつになくせわしない。
海野もつられるように着替えへと急いだ。
…
「はい、オッケー。いったん休憩入ります」
「お疲れ様です」
何着か衣装を変え、ポーズを変え、表情を変え。
いつも通りの撮影をこなした。
スタッフたちも落ち着いたのか撮影中はいつもの和やかな雰囲気が戻った。
そのおかげて海野はリラックスして撮影に臨めた。
椅子に腰かけて水を飲みながら今回の雑誌の企画に改めて目を通す。
「海野くん」
「あ、お疲れ様です」
出版社の担当者が海野に声をかけてきた。
「ちょっと海野くんに紹介したい人がいるんだけど…今、いいかな?」
「はい、もちろんです」
手に持っていたものを一旦、椅子の上に置いて担当者のあとをついていく。
海野の座っていたところと逆サイドには少し人だかりができていた。
「社長、今少しよろしいでしょうか」
「えぇ」
人だかりが割れて現れた人物に海野は見覚えがあった。
「神山、さん」
「え、海野くん知り合いなの!?」
担当者は大いに驚いたようだ。
「少し前にちょっとご縁があってね。海野くん、元気だった?あれから連絡くれないからヤキモキしちゃったよ」
神山が茶目気たっぷりにウインクをしてくる。
その姿でモデルになれるのではないかと思うくらい決まっていた。
「す、すみません、このところ少し立て込んでいて」
「はは、怒ってないよ、気にしないで」
「神山社長、お知り合いなら先に言ってくださいよ~」
「ごめんごめん。ちょっと二人だけで話がしたいんだけど連れて行ってもいいかな?」
「どうぞどうぞ。あそこの扉の外にベンチとかありますよ」
「ありがとう、海野くん、行こうか」
「は、はい」
海野は神山の後を追って歩き出した。
教えてもらったベンチの横には自販機があった。
「何か飲む?」
「いえ、今は大丈夫です」
「そう。それじゃあ本題に入らせてもらうね」
ベンチに二人で腰かける。
「この前の話、考えてくれたかな?」
「はい」
「答えも聞かせてくれる?」
「はい、ぜひ神山さんと一緒にお仕事がしてみたいです。実は今日、ちょうど社長に契約更新しないことを伝えたところだったんです」
「そうか、それはナイスタイミングだったね。ありがとう、君のことを歓迎するよ。ぜひとも君には俺が作った服を着てほしいんだ」
「そ、そう言ってもらえて光栄です」
「じゃあ詳しいことはまた会って決めようか。俺としても今日の撮影を見て君になら俺の作った服をまかせられると確信したところだったんだ」
「うぅ、見てたんですね…」
「それだけ撮影に集中してたってことだろ」
神山は笑いながら海野の頭をポンポンと軽く撫でた。
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「はい、今行きます」
「それじゃあ、またね」
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