無名モデルは如何にして社長の隣を射止めたか

浅上秀

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本編

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「君、名前は?」

二杯目のお酒を受け取った神山が海野に話しかけてくる。

「海野です」

「下の名前は?」

「…コウです」

「ぷっは、そんなに名前教えるの嫌?すげー顔」

神山は海野の顔をみて噴き出した。

「神山さん、今日はいつも以上にテンション高いですね」

バーテンダーは神山の様子に少し驚いているようだ。

「まぁね、ちょっとスランプ気味で落ち込んでるとこなんだけどね。とりあえずコウくんにお詫びに一杯おごるよ。マスター、なんか出してあげて」

「かしこまりました。海野様、どのようなお飲み物がお好きですか?」

「あ、えーと…カフェラテとか」

「え、コーヒーブラックで飲めないの?」

「飲めないこともないですけど…」

海野は神山に若干の苦手意識を抱いてしまった。

「神山さん、絡みすぎですよ」

バーテンが神山に釘をさす。

「はーい」

神山はグラスを持つと海野の前に出した。
海野はバーテンから出された二杯目を手に取ると神山のグラスと合わせる。
グラスが触れ合う小さな音がした。

「それじゃあ、今宵の出会いに乾杯」

「か、乾杯」

気障な言葉と共にグラスがぶつかる。
海野が恐る恐る口に含むと柔らかな甘みとアルコールの苦みが一気に口に広がる。

「カフェラテみたいですね」

あまりの美味しさに一気に飲んでしまった。

「気に入られたようでよかったです」

バーテンが笑顔でそう言いながら海野にチェイサーを差し出す。

「ねぇ、なんか悩んでるでしょ?」

急にまじめな声のトーンで神山が海野に声をかけてきた。

「え?」

「ただの勘だけどね」

「…まぁ悩んではいますよ」

「はは、当たった。おじさんに話してごらん、人生の先輩としてわずかながら力になれると思うよ」

最初はただの胡散臭い男性に思えたが、気付くと海野は自身の悩みを打ち明けていた。



「へぇ、モデルやってるんだ」

「はい、でもこのまま続けていいのかなって悩んでて」

「仕事は楽しい?」

「まぁ、大変なことの方が多いですけど」

「でも今やめたらもったいないなぁって俺は思うよ」

「え?」

思わず神山のほうをみやる。

「だってこれまで積み重ねてたもの全部、捨てて別の道に行くってことでしょ?それってなんだかもったいなくない?」

「そういわれてみれば、まぁ」

海野は手元のグラスの水滴を指ですくった。

「もしよかったらさ、俺のところで働いてみない?絶対磨けば光るよ。はいこれ、俺の名刺ね」

「ど、どうも」

戸惑いながら受け取った名刺には驚くべきことが書かれていた。

「え、Delicatデリカの社長なんですか!?」

Delicatデリカとはハイクラスをターゲットにしたアパレル企業だ。
明治時代創業で元々は高級な女性向けの着物を販売する呉服屋だった。
現在もその名残として1点物の女性向け高級ファッショングッズを扱うセレクトショップが2店舗ほどある。

そして戦後、高級路線の女性服のみではやっていけないと、大きく舵を切り紳士服にも手を広げた。
そしれ現在はスーツだけではなく、ハイクラスのための普段着という名のもとにゴルフウェアなども取り扱うようになった。
主に会社の経営者や各界の著名人、芸能人がこぞって身に着けている。
店舗は国内3店舗、海外2店舗とあるものの入店できる人は限られている。

「あれ?知ってた?」

「も、もちろんです!」

撮影で一度だけスーツを着たことがあったが、その雑誌をみた自分の父親が興奮したように珍しく連絡をよこしたことを海野は思い出していた。
本日の神山の服装を改めてみると確かに高級感のあるスーツのように見える。

「あ、今、俺が着てるのはDelicatじゃないんだ」

「え?そうなんですか?」

「俺はゴルフとかそこまで興味ないからね。今、もう少しカジュアルダウンした新規ブランド作ろうと思ってて、その試作品ってとこかな」

「試作品にしてはクオリティが…」

「そりゃあ俺が歩く広告塔みたいなものだからね。ダサイものは着てられないよ」

手首から顔をのぞかせる腕時計も高級なブランド名が照明に反射している。

「すげぇ…」

海野はすっかり感心してしまっていた。

「それよりもモデル続けるか悩んでるんでしょ?ならうちにおいでよ。ファッションに関わる仕事も続けられるし、なんだったらうちの広告モデルにでもなってくれたらありがたいな」

この場限りのお世辞かもしれないが、海野はとてもうれしかった。
それまで自身をもやもやと苛んでいた影が少しだけ明るくなった気がした。

「ありがとう、ございます。前向きに検討させていただきます」

神山にもらった名刺を大事にしまう。

「さて、そろそろ若者はお家に帰る時間かな。マスター、タクシー呼んで」

「かしこまりました」

「え、いや、歩いて帰りますよ。っていうか、お金!」

タクシーを呼ぶ次いでにバーテンに神山は海野の分の飲酒代まで手渡してしまった。

「いいからいいから、俺もついでに乗せてもらうしさ」

「よくないですよ!」

神山にお金を渡そうとするが当然、受け取ってもらえなかった。

「またいらしてください」

優しいマスターに見送られた二人はバーを後にするのだった。






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