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矢印の道案内で進むこと三十分。さすが足の速さを自慢するだけある。多美江の半分の時間で着いた計算だ。
ギルラスとローレル以外の冒険者たちは、もう息も絶え絶えではあったが・・・。
「あ、あそこ」
「もう見えている」
大きなお尻。毛並みは黒。ふさふさの尻尾が、こちらに伸びている。
やはり三日間拘束の魔術は、まだ有効だったみたいだ。
「おぉ~、いるぞっ」
「気合い入れろ~っ」
何故かケルベルスの姿を見て、興奮する冒険者たち。それもそのはず。ケルベルスは希少種だ。ケルベルスの三つある頭のそれぞれに核があり、それで万病に効く薬ができるという。
「止まれっ!」
ギルラスの掛け声で、一同はピタリと止まる。さすがギルドマスター。冒険者たちの等卒はお手のもののようだ。
「何か・・・動かなく、ね?」
ダニーの声に、多美江はうんと頷いた。でも理由は教えない。教えたらまた大事になりそうだし。
「ターミャはまだ魔獣は倒したことはないな」
「はい」
ギルラスの言いたいことが何となくわかってしまった。
「見るのは嫌か?」
「まだ血を見る覚悟は・・・ない、です」
ケルベルスは十メートルほど先にいる。皆の声が聞こえているのか「グルル」と唸り声を上げていた。でも動けないという間抜けな状態だ。
ギルラスはその場に多美江を降ろした。自分の着ていた外套を、多美江の頭に被せる。
「耳を塞いで目も閉じて、ここに座っていろ」
「・・・はい」
多美江の為にギルラスは、数人冒険者をその場に残す指示を出している。多美江が目を瞑るから、その間にもし他の魔獣がきた場合の対処だろう。
ギルラスが剣を抜きながらそっと近付く。その後をローレルも続く。数歩遅れて他の冒険者たちも向かった。
「ギャアアァァァオッ!」
多美江は思わずその場にしゃがみ込み耳を塞ぐが、それでもケルベルスの断末魔が聞こえてきた。
皇太子の病気の為とはいえ、ケルベルスを殺してしまうのはどうなのだろう。
生きていられては人間にとっては困るが、彼らだって今まで必死に生きてきたはずだ。
だが冒険者として生きて行くと決めたのだから、こんなことにも慣れていかなくてはならないのだろう。
しかし殺戮だけが冒険者の仕事ではない。覚悟ができるまでは、仕事を選べはいいだけのこと。
十年は暮らしていけるというお金が手元にあるのは、本当に助かることだと今更ながら思った。
「せ、節約しよう・・・」
殺す覚悟。それは多美江には一生無理なことかもしれない。
「ごめんね・・・、ケルベルス」
そう言わずにはおれなかった。多美江だって食べられそうになった。だけど結果何もなかったのだから。
今殺さなければ、他の人を襲ったかもしれない。
殺すのが怖いのなら、肉は食うなって言われそうだけど。
命ある限り、どんな生き物でも命あるものを食べ続けなければならない。まさに弱肉強食の世界なのだ。
「が、頑張る・・・」
今は震えている身体だが、いつかきっと立派な冒険者になる。
「終わったぞ、ターミャ。本当に少しも動かなかった。おかげで殺り易かった」
返り血は浴びていないが、手に持っている何かは血塗れだった。
「一つはお前のものだ」
渡されそうになるが、ちょっと触るのに気が引ける。
受け取る前に、ちょっと魔術をかけよう。
「じょ、浄化」
すると、煙みたいにしゅるしゅると血が胡散していった。
「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」
見ていた者たちが、思わず黙り込んでしまった。
ギルラスの手の中を覗き込むと、紅い宝石みたいな石があった。
「綺麗・・・宝石みたいですね」
「・・・別名、魔鉱石と言うからな。すべての魔獣が身体の中に持っているものだ。薬剤に特化した魔術師の手によって薬になったりする。他にいろいろな作用をする魔鉱石がある。武器に加工するものもある」
「中でもケルベルスの魔鉱石は万能薬になる。これで皇太子の病気もすぐに治るだろう」
ローレルも少し笑みながら、そう教えてくれた。
妖精がこうして笑みを浮かべるのは、本当に稀なことだった。彼らは決して人に媚を売らない種族だからだ。
あまりにも綺麗な笑みに、多美江も一瞬見惚れる。
「毛皮をいただいてくる」
「手伝わせるか?」
「いや、結構だ」
何やら、毛皮の取り方にこだわりでもあるのだろうか?
そっけなく返事を返して、ローレルはケルベルスの方へと向かった。
「ターミャちゃんには笑ったのに。俺たちには無表情だな・・・」
ダニーの呟きに思わず笑んでしまった。
「薬か~。私も作れるかな?」
「いくらターミャでも、今すぐには無理だろう。熟練の魔術師でも数日はかかるというが・・・・・・」
そうギルラスが言い終わらない内に、多美江は呪文を唱えていた。呪文と言っても一言だけだったが。
「万能薬、錠剤で」
手の中に一粒の錠剤が転がる。錠剤と言ったものの、丸いフォルムだった。ちょっと飲み込むのに、躊躇する大きさだ。
「液体や、粉薬の方がよかったかな? これ・・・喉、通る?」
「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」
またも一同黙り込む。
「・・・いいか、お前たち。今のは見なかったことにしろ」
しばらくして呟いたギルラスの言葉に、皆が大きく頷く。
ただでさえ、ターミャは国の人間に目をつけられているのだ。こんなことがいとも簡単にできると露見すれば、また論争の対象になってしまうだろう。
「俺たちは何も見なかった」
「うん、見てない」
「ターミャは何もしてない」
人差し指と親指で抓んだ丸い薬を持ちながら、皆が言うのを首を捻って聞いていた。
「ターミャ、俺言ったよな? 魔術を気軽に使うなって」
ん? ギルラスからそんなこと聞いたかな? カポードからは、聞いたような気はするが?
さらに首を傾けると、大きなギルラスの手で戻される。
「人がいる前ではなるべく使うな、いいな?」
「うい」
顎を大きな手で掴まれて、多美江の口から変な返事が漏れた。
ギルラスとローレル以外の冒険者たちは、もう息も絶え絶えではあったが・・・。
「あ、あそこ」
「もう見えている」
大きなお尻。毛並みは黒。ふさふさの尻尾が、こちらに伸びている。
やはり三日間拘束の魔術は、まだ有効だったみたいだ。
「おぉ~、いるぞっ」
「気合い入れろ~っ」
何故かケルベルスの姿を見て、興奮する冒険者たち。それもそのはず。ケルベルスは希少種だ。ケルベルスの三つある頭のそれぞれに核があり、それで万病に効く薬ができるという。
「止まれっ!」
ギルラスの掛け声で、一同はピタリと止まる。さすがギルドマスター。冒険者たちの等卒はお手のもののようだ。
「何か・・・動かなく、ね?」
ダニーの声に、多美江はうんと頷いた。でも理由は教えない。教えたらまた大事になりそうだし。
「ターミャはまだ魔獣は倒したことはないな」
「はい」
ギルラスの言いたいことが何となくわかってしまった。
「見るのは嫌か?」
「まだ血を見る覚悟は・・・ない、です」
ケルベルスは十メートルほど先にいる。皆の声が聞こえているのか「グルル」と唸り声を上げていた。でも動けないという間抜けな状態だ。
ギルラスはその場に多美江を降ろした。自分の着ていた外套を、多美江の頭に被せる。
「耳を塞いで目も閉じて、ここに座っていろ」
「・・・はい」
多美江の為にギルラスは、数人冒険者をその場に残す指示を出している。多美江が目を瞑るから、その間にもし他の魔獣がきた場合の対処だろう。
ギルラスが剣を抜きながらそっと近付く。その後をローレルも続く。数歩遅れて他の冒険者たちも向かった。
「ギャアアァァァオッ!」
多美江は思わずその場にしゃがみ込み耳を塞ぐが、それでもケルベルスの断末魔が聞こえてきた。
皇太子の病気の為とはいえ、ケルベルスを殺してしまうのはどうなのだろう。
生きていられては人間にとっては困るが、彼らだって今まで必死に生きてきたはずだ。
だが冒険者として生きて行くと決めたのだから、こんなことにも慣れていかなくてはならないのだろう。
しかし殺戮だけが冒険者の仕事ではない。覚悟ができるまでは、仕事を選べはいいだけのこと。
十年は暮らしていけるというお金が手元にあるのは、本当に助かることだと今更ながら思った。
「せ、節約しよう・・・」
殺す覚悟。それは多美江には一生無理なことかもしれない。
「ごめんね・・・、ケルベルス」
そう言わずにはおれなかった。多美江だって食べられそうになった。だけど結果何もなかったのだから。
今殺さなければ、他の人を襲ったかもしれない。
殺すのが怖いのなら、肉は食うなって言われそうだけど。
命ある限り、どんな生き物でも命あるものを食べ続けなければならない。まさに弱肉強食の世界なのだ。
「が、頑張る・・・」
今は震えている身体だが、いつかきっと立派な冒険者になる。
「終わったぞ、ターミャ。本当に少しも動かなかった。おかげで殺り易かった」
返り血は浴びていないが、手に持っている何かは血塗れだった。
「一つはお前のものだ」
渡されそうになるが、ちょっと触るのに気が引ける。
受け取る前に、ちょっと魔術をかけよう。
「じょ、浄化」
すると、煙みたいにしゅるしゅると血が胡散していった。
「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」
見ていた者たちが、思わず黙り込んでしまった。
ギルラスの手の中を覗き込むと、紅い宝石みたいな石があった。
「綺麗・・・宝石みたいですね」
「・・・別名、魔鉱石と言うからな。すべての魔獣が身体の中に持っているものだ。薬剤に特化した魔術師の手によって薬になったりする。他にいろいろな作用をする魔鉱石がある。武器に加工するものもある」
「中でもケルベルスの魔鉱石は万能薬になる。これで皇太子の病気もすぐに治るだろう」
ローレルも少し笑みながら、そう教えてくれた。
妖精がこうして笑みを浮かべるのは、本当に稀なことだった。彼らは決して人に媚を売らない種族だからだ。
あまりにも綺麗な笑みに、多美江も一瞬見惚れる。
「毛皮をいただいてくる」
「手伝わせるか?」
「いや、結構だ」
何やら、毛皮の取り方にこだわりでもあるのだろうか?
そっけなく返事を返して、ローレルはケルベルスの方へと向かった。
「ターミャちゃんには笑ったのに。俺たちには無表情だな・・・」
ダニーの呟きに思わず笑んでしまった。
「薬か~。私も作れるかな?」
「いくらターミャでも、今すぐには無理だろう。熟練の魔術師でも数日はかかるというが・・・・・・」
そうギルラスが言い終わらない内に、多美江は呪文を唱えていた。呪文と言っても一言だけだったが。
「万能薬、錠剤で」
手の中に一粒の錠剤が転がる。錠剤と言ったものの、丸いフォルムだった。ちょっと飲み込むのに、躊躇する大きさだ。
「液体や、粉薬の方がよかったかな? これ・・・喉、通る?」
「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」
またも一同黙り込む。
「・・・いいか、お前たち。今のは見なかったことにしろ」
しばらくして呟いたギルラスの言葉に、皆が大きく頷く。
ただでさえ、ターミャは国の人間に目をつけられているのだ。こんなことがいとも簡単にできると露見すれば、また論争の対象になってしまうだろう。
「俺たちは何も見なかった」
「うん、見てない」
「ターミャは何もしてない」
人差し指と親指で抓んだ丸い薬を持ちながら、皆が言うのを首を捻って聞いていた。
「ターミャ、俺言ったよな? 魔術を気軽に使うなって」
ん? ギルラスからそんなこと聞いたかな? カポードからは、聞いたような気はするが?
さらに首を傾けると、大きなギルラスの手で戻される。
「人がいる前ではなるべく使うな、いいな?」
「うい」
顎を大きな手で掴まれて、多美江の口から変な返事が漏れた。
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