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 口をあんぐり開けている、いい歳をした男性をこんなに間近で見るのは初めてかもしれない。
 多美江から水を貰った男性陣は、何故か興奮している。それを見て他の人たちもその水を飲みたがり、ちょっとギルド内は騒然としていた。
「その書類は、まだ作成しないで下さいっ!」
 正規の玄関から門からついてきていた兵が駆け込んでくる。素早く多美江が署名だけした書類を奪い取った。
「ちょっと、アルドリッチッ! 何するのよっ」
「うるさいよ、姉さんは黙ってて」
 おお~っ! 意外な事実が判明した。
 アルドリッチとマリリーネは姉弟のようだ。
「魔術師が貴重な存在だって姉さんだって知っているだろ? 数が少ないんだから、魔術師は国の機関に入って欲しいんだよ」
 先程までの「~っす」という言葉尻がなくなってる。さすが姉弟だ。あの言葉遣いは、目上の人に対してだけのものなのかもしれない。あれはあれで、非常に軽く感じてしまうが・・・。
「馬鹿言え、お譲ちゃんは冒険者希望なんだ。国の研究機関にでも回されてみろ。利用されてあちこち弄られて、可哀想じゃないか」
 カポードがちょっと不穏な言葉を吐くので、多美江は思わず何度も拒否するように首を振った。
「ほら…見ろ」
「で、でも。魔術が使えるのは、本当に貴重なんだよ? だから国の役に立って欲しいんだけど・・・」
「本人が希望していないのに、強制するのか?」
 ギルラスの言葉に、アルドリッチも口を噤む。
「ほら、書類返しなさい」
 仕方なく、カウンターに書類を置くアルドリッチ。叱られた小学生みたいで、ちょっと可愛らしく見えた。
 魔法がガンガンある国と思っていたけど、そうでもないらしいことが判明した。
 こんなに簡単に魔術を見せてしまって、ちょっと反省する。
「しかもこんな魔術・・・・・・見たことないし。団長には報告させていただきますからねっ!」
 負け犬の遠吠えのようにそう叫んで、一目散に駆けて行った。
「・・・・・・魔術、珍しいんですね」
 ぼそりと呟いた多美江を三人が見詰める。
「もしかして知らなかったの?」
 マリリーネの言葉に素直に頷く。
「普通は単純な魔術を使うものなのだ。君は重複して魔術を使えるようだね?」
「重複・・・・・・」
 とは何じゃ? と多美江は首を捻った。
 カポードが多美江の頭に手を乗せて髪をかき混ぜた。手が大きいから、多美江の首がガクガクと振られる。
「水の玉を作るだけというのが、普通だな。ターミャちゃんは作り出した上に小分けにする魔法、飛ばす魔法を同時にしてしまっただろ? そんなこと普通は有り得ない」
 水を出す一環としてしたことが、おかしいということだろうか?
 まだ首を捻っているとギルラスが苦笑した。
「魔力には限りがある。枯渇してしまえば一月は魔術が使えないからな。だから無駄な魔術は極力使わないのが魔術師だ」
 それを聞いたカポードが、ちょっと意地悪そうな顔をした。
「驚くなよ、ギルラス。ターミャちゃんな、今日水出すの、これで三回目だ」
「はあっ!?」
 どれだけこの子の魔力量はあるのだと驚愕する。
「と、とにかく国の奴らにはやれない。早くこれに記入してくれ」
 焦ってギルラスは多美江にペンを持たせる。
「は、はい。あの、兄の分も登録していいですか?」
「お兄さんがいるの?」
 そう言いながら、マリリーネはもう一枚書類を持ってきた。
「髪があれば登録できると聞いたのですが」
「できるよ、な?」
 カポードがフォローするように声を出した。
「兄は直にこないのか?」
 やはりその質問がきたかと、多美江は考えていたことを告げた。
「兄は・・・その・・・極度の人見知りで・・・・・・」
 こんないい訳が通じるのかわからないが、でもこれ以上の名案は多美江には思い浮かばなかった。だから仕方がない。
「人・・・・・・見知り?」
 ギルラスが怪訝そうな顔をする。やっぱり無理があったか?
「お、面白ぇ~」
 話を聞いていたダニーが、何故か爆笑している。どうやら水争奪戦は、いつの間にか終わっていたようだ。
「まあ、いいじゃないですかマスター。髪も持ってきてくれているみたいだし、個人情報を聞き出すのは駄目ですよ」
 ナイスッ! マリリーネさん、フォローどうもありがとう! と多美江が心でバンザイする。
「まあ、別に構わないが・・・・・・」
「も、もし仕事のご依頼とかあれば・・・・・・私が聞きますので」
 ちょっとおどおどしながらそう言葉を紡いだ。
 記入し終わった書類と髪を渡す。
「ちょっと待っててね」
 カポードさんと隅にある椅子に座り、ちょっと待つと本当にすぐにできてきた。
「はい。これがタグね」
 銀でできた幅一センチ、長さ三センチくらいの棒状のものを手渡される。先に穴が開いていて、鎖が付けられていた。何か細かく文字が刻まれている。
「首にかけておいた方がいいわよ。失くしにくいから。これが身分証にもなるからね」
「はい」
「はあぁ~・・・。可愛いわ~。こんな妹が欲しかった・・・。うちね、弟ばかりなのよ。しかも五人も」
「しゅ、凄いれふね~」
 てことは、六人姉弟か。お母さん大変だったろうなと、多美江も感心しながら頷く。
 何故かほっぺたを、ぐにゅぐにゅされながらの会話だ。ちょっと力が強くて、地味に痛い。
「玄関入ったところに依頼書があるから、それを見て受けれそうなのがあれば、カウンターまで持ってきてね」
「はふ」
「・・・・・・いい加減、止めてやれ。マリリーネ」
「あら・・・・・・いつの間に」
 自分のしていたことにも自覚していなかった事実に、こっちは驚きだよ。
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