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198. 情報収集
しおりを挟む加工肉の完成を待つ二週間。
俺たちはモーカムの街でそれなりに忙しく過ごした。
街中グルメを楽しみつつ、王国内の魔族の動きを探るための暗躍だ。
ダンジョンについて詳しいのは、冒険者。
なので、俺は冒険者がよく集まる飲み屋街に足を運んで情報収集した。
酒が入ると、口の滑りが良くなる。
夕方から深夜近くにかけて、居酒屋や屋台に出向いた。
夜に女の子が出歩くのは危険なので、シェラは留守番だ。
レンタルした倉庫内のコンテナハウスで、のんびりと俺の帰りを待ってくれている。
ちなみにコテツもお留守番。シェラの護衛役として、拠点に残ってもらった。
シェラもそこらの冒険者より強くはなったけれど、心配だからね。
冒険者御用達の居酒屋、酒の出る宿の食堂などに顔を出し、田舎から出てきたばかりの新人冒険者のふりをして、話し掛ける。
冒険者は稼げる場所を探して放浪することが多いので、生の情報に強い。
飯や酒を彼らに奢り、笑顔で話を聞き出した。
酔っ払いの話を聞くのは、実は嫌いじゃない。愚痴やくだらない冗談まみれの雑談に垣間見る本音に触れる瞬間が面白いのだ。
何度も繰り返されるヨタ話には適当に相槌を打って聞き流す。
怒られることもないので、気楽である。
この世界に転生させられたばかりの頃、誰とも話すことがなかった時期の方がキツかった。
(コテツと出会うまで、ずーっと一人だったからなぁ……)
あの時は、丸一日黙ったままの日もあって、久しぶりに独り言を喋ったら、噛んでしまった。独り言で噛むとか。
あれはショックだった。
なので、それからはなるべく独り言でも声を出すようにしてリハビリしたものだ。
ダンジョン内でコテツを拾った時には、自分以外の意思ある生き物だ! って、めちゃくちゃ嬉しかったことを覚えている。
よく考えなくても、ネコ相手に喋っているのはヤバかったかもしれないが、問題ない。
だって、コテツは猫の妖精。
念話でちゃんと話せるので、俺はネコチャンとお喋りするヤベー奴ではない……はずだ。
ともあれ、そんな風に意外と楽しく情報収集をしていた。
今はもっぱら、屋台街に足を運んでいる。
街の外れにある、さびれた通りには夕方になると安酒と飯を求めて冒険者が集まってくるのだ。
屋台では串焼き肉やスープ、エールや安ワインを売っている。
道端に木製のベンチやテーブルが置かれており、フードコート形式で飲み食いを楽しんでいるようだ。
なので、基本的にそのテーブルでは持ち込みが自由となる。
屋台の飯は当たり外れが多いし、安酒は飲めたものじゃないから、ありがたい。
もっとも、この国では屋台だけでなく、それなりの高級店でも飯の当たり外れがある。
当たればラッキー。基本はハズレ。
旨い飯と酒をこよなく愛する元日本人としては、そんな博打に付き合いたくはない。
なので、自前の飯や酒を持ち込める屋台街にすっかり落ち着いてしまったのだった。
「おう、また来たのか、おまえ」
「待ってましたぁ!」
日が暮れかけた頃合いに屋台街に向かうと、気付いた顔見知りの冒険者たちが手を振ってくる。
まだ夜には早い時間なのに、すっかり出来上がっているようだ。
「こんばんは。ご機嫌ですね?」
魔道具を使っているので、今の俺は茶髪、黒目の気の弱そうな若者に見えている。
腕自慢の冒険者からはバカにされそうな外見だが、そこは袖の下が物を言う。
ちなみに俺の袖の下は金ではなく、酒だ。
なにせ、異世界の酒はまずい。
ビールを飲み慣れた身には、この世界のエールは飲めたものじゃなかった。
麦と水で醸造されたのは同じでも、香りや味わいが全く違う。
農家などでは自家製のエールを飲むらしく、出稼ぎ屋台で売っていたものを一口ためしに飲ませてもらい、ギブアップした。
どうやら麦芽と水とイースト菌で作られているようで、飲み口はオートミールの粥に近い。端的に言って、すこぶる不味かった。
(甘さのない、甘酒みたいな? うん、まぁ栄養はありそうだったけど……)
とにかく、もう二度と飲みたくない味なのは確かだ。
屋台で売っているワインも渋くて酸味が強いものばかり。
そんな酒を飲み慣れている連中のところに、美味い酒を奢ってくれる存在がいたら、そりゃあヒーローになるってもので。
「たった今、お前さんが来たからご機嫌になったよ!」
「おう、ここに座れ! 串焼き肉を食え、オレの奢りだ!」
「ずるいぞ、お前。独り占めは許さねぇ」
やんやと賑やかに迎え入れられて、苦笑する。目当ては酒だと分かってはいるが、悪い気はしない。
ちなみにここで提供するのは、【召喚魔法】のホームセンターで購入した安酒だ。
ビールではなく、第三のビール。あとは格安焼酎に、ワンコインで買えるパック入りのワインを持参してある。
大抵がいい感じに酔っている連中なので、見たことがないパッケージや瓶に気を取られることもなく、酒盛りに突入した。
串焼き肉を頬張り、こっそり自分だけノンアルのドリンクを飲みつつ、最近のダンジョンで妙なことはないか、などと水を向ける。
少ない出費で、色々な情報が集まるので面白い。魔族に関する噂以外もどんどん集まってきた。
中には隣国に召喚された勇者サマの情報もあり、興味深い。
冒険者ギルド間で連絡を取れる通信の魔道具があるらしく、他国の情報もそれなりに入ってくるようだった。
魔族や勇者の情報の他にも、どの街のギルドの受付嬢が美人かだの、儲けの大きい街の情報も得ることができた。
どこそこのダンジョンで金銀財宝が詰まった宝箱がドロップしたという話がいちばん盛り上がったのは当然か。
その他にも、どこの街の魚料理が旨いとか、チーズならあそこの村が一番だ、などという旅情報もゲットできた。
(うまいチーズが欲しいから、王都に向かう途中に寄っていくか)
肉料理とチーズが格別に旨い国なので、期待が持てる。忘れないようにメモを取った。
「じゃあ、俺はここで帰るよ。ほどほどにしとけよ?」
「おう! また来いよ、兄ちゃん」
「お前の持ってくる酒はサイコーだからなー」
べろんべろんである。
宵越しの金は持たない酒好きが多いので、ちょっと心配になるが、笑顔で別れた。
たまに俺の持つ酒を目当てに、後を付けてこようとする連中がいるので、【気配察知】スキルで警戒しながら帰宅する。
暗がりの細い小道にわざと足を踏み入れて、ほど良いところで姿を消すのもお手のもの。
高い塀を飛び越えて、身軽く屋根の上に登ると、大抵の尾行は撒くことができる。
もともとパルクールにハマっていたこともあるし、今はハイエルフなのだ。
近道も兼ねて、ひょいひょいと屋根伝いに突っ切って、拠点に戻った。
「ただいま」
すっかり遅い時間になってしまったので、小声でコンテナハウスに入る。
さすがのシェラもタイニーハウスに戻って、先に休んでくれていた。
音を立てないように静かにドアを閉めると、足元にぬくもりを感じる。
「ニャア」
キジトラ柄の愛猫が出迎えに来てくれていた。足元に体をすりつけて、おかえりと懐いてくれる。
そっと抱き上げてやると、喉を鳴らしながら首にしがみついてきた。かわいすぎる。
「遅くなってごめんな。風呂に入って休むか」
顔を寄せると、イヤイヤと前脚でガードされてしまう。ちょっとだけ飲んでしまったので、酒臭かったようだ。
「結構、有用そうな情報も仕入れることができたし、明日はのんびり過ごすか」
肉屋との約束は三日後だ。
加工の得意な肉屋謹製のオーク肉の生ハムにベーコン、ソーセージを思うと、だらしなく口元が緩みそうになる。
明日は肉屋で買った生ハム料理を作ることにしよう。
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