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195.〈幕間〉勇者たち 11
しおりを挟む従兄が大森林内にあるエルフの集落で世話になっている旨は、定期報告で知っていた。
同族以外には排他的なイメージのあるエルフだが、こころよく受け入れてもらったようだ。
「トーマ兄のことだから、餌付けしたんだぜ、きっと」
「だろうな。腹を空かせた子供がいたら、ほいほい飯を食わせてやっている姿が目に浮かぶ」
兄と従兄が少しだけ呆れた表情でボヤいているが、同感だ。
「異世界でも、人たらしスキルを発揮しなくてもいいのに……!」
とはいえ、そのおかげでこんなに素敵な服が手に入ったので、それ以上は追求がしにくい。
夏希は複雑そうな表情で手にした衣服を見下ろした。
「ちゃんと帝国風なデザインの服だな」
「秋冬用の衣装なのもありがたい」
シラン国で手に入れた服はどれも肌触りが微妙だった。
日本製の衣服に慣れた身からしたら、生地も縫製も眉を顰めてしまうレベルで、着心地も悪い。
冬馬の【召喚魔法】で購入してもらった下着やインナー、Tシャツにジャージが無ければ、とっくに根を上げていたかもしれない。
「ミリアの街で買った服よりも、生地がいいな」
「作りも丁寧だ」
「分かる。袖口や襟の刺繍を見て。とんでもなく繊細な手仕事だわ」
「さすがエルフ。職人技だな!」
従兄が【アイテムボックス】経由で送ってくれた三人分の衣装。
どうやら、生地や糸を提供したのは冬馬らしい。
手芸ショップが【召喚魔法】に追加されたのか、と期待したのだが。
「これ、どうやらシーツやカーテン生地を使ったらしいぞ?」
「それで手触りに既視感があったのか」
メッセージを読んだ春人がギョッとしている。秋生は何となく察していたようだ。
あらためてワンピースに触ってみた夏希も納得した。これは、たしかにカーテン素材。
光沢のあるベルベット生地のワンピース。付け襟の縁にはレースが縫い込んであり、クラシカルなデザインだ。
貿易の盛んな、ここミリアの街でも上流階級のご令嬢が着ている服とよく似ている。
もう一着のワンピースはそれよりも普段着に近い。
これはおそらくリネン。柔らかな肌触りからして、シーツ生地で仕立てられたものだ。
チュニック風のワンピースで袖口がふわりと広がっており、腰のあたりはコルセットで調節するようだ。
細いリボンできゅっと絞ると、綺麗なシルエットになる。
リネンシーツを草木染めで染め上げているため、柔らかな優しい色合いだ。
深緑色の服が多いが、中には淡い赤紫色のスカートもある。
春人と秋生の服はチュニックとパンツ。
パンツは濃い深緑色か、黒ばかり。これは汚れが目立たないようにするためで、街の人々も濃い色のズボンを着ている。
夏希の令嬢服ワンピースと同じく、ベルベット生地のジャケットとパンツ、ベストのセットもあった。
「高級宿や店に出入りする際に使えそうだな」
「そうね。アキの言う通り。こっちの世界でも、いえ、こっちの世界の方が見栄えが重視されている気がするわ」
「金を持っていても、薄汚い格好でいたら、宿の入り口で追い払われるみたいだしなー」
幸い、というか。
日本人な三人は身嗜みに気を付けているため、あっさりとフロントまで通してもらえたが、頓着しない冒険者などは嫌われそうだ。
「このエルフ製の服を着て、しばらくは情報を集めよう」
「おう。合間にこっちの冒険者ギルドも覗いてみようぜ。依頼内容が気になる」
「魔族に関してと、ダンジョンの情報を集めないといけないものね」
上級ダンジョンを踏破した三人は、レベルが上がりにくくなっている。
魔族を倒せば停滞していたレベルも上がるし、邪竜の力を削ぐことができるのだ。
さっそく三人は冬馬が送ってくれた衣服に着替えると、街で購入したコートを羽織って、まずはギルドを目指すことにした。
◆◇◆
港町の冒険者ギルドは、魔獣退治や薬草採取などの依頼はほとんど無かった。
いちばん多いのは護衛依頼。しかも、海上。
浅瀬にはいないが、漁場にはサハギンが跋扈するらしく、船や漁師たちの護衛が冒険者の花形任務だった。依頼料もすこぶる良い。
他にも船からの荷下ろし作業は良い稼ぎになるらしい。
人の出入りも多いため、経済もほどよく回っているようで、活気がある。
「冒険者ギルドって言うより、職業斡旋所って感じ?」
「街中依頼は、元々そんなものじゃない? 討伐依頼は今のところ無し。海の近くは魔獣が少ないのかしら」
夏希は嘆息する。
女性冒険者の募集はほとんどが接客業だ。飲食店の臨時店員が特に多い。
「……この街では冒険者活動は休むことにしよう」
秋生の提案に、二人とも賛成した。
「なら、ここでは調べ物をするのね?」
「情報収集には、やっぱ酒場だろ!」
「ハル……」
じろりと秋生に睨まれるが、春人はからりと笑って受け流す。
「ギルドマスターのおっさんも言ってたぞ。口が硬い冒険者でも、酒で湿らせてやれば上機嫌で秘密を漏らしてくれるってな」
「うわ、最低……」
「そうは言うけど、酒の力でも借りなきゃ、そうそう都合よく情報は得られないと思うぞ? ナツは男の口を割らせることができるのか?」
「それは……」
珍しくも強気の兄に詰問され、夏希が怯んだ。男嫌いな彼女にそんなことができるはずがない。
「ハル、そういうのは俺たちの仕事だ。ナツを危険な目に遭わせるわけにはいかないだろ」
「分かってるさ、アキ。ナツにそんな真似をさせたことが分かったら、トーマ兄に半殺しにされちまう」
「だが、酒に酔わせて聞き出すのはアリだな」
「でもさー、そういう場所では俺らも飲まなきゃいけないんだろ?」
「飲んだふりをすればいい」
「えぇ? そんなこと、できるのか」
「トーマに協力してもらえば、できる」
また悪いことを考えている──夏希は胡乱げな表情で秋生を見やった。
冒険者たちがたむろする酒場は確かに最前線の情報が集まる場所だろう。
ただでさえ苦手な男性が、しかも大勢が酔っ払っている場所なんて、夏希が行けるはずもない。
秋生がスマホを取り出して、冬馬に送ったメッセージの内容から何を頼むのかは理解した。
(……なら、私は私でしかできない方法で情報を仕入れよう)
冒険者ギルドだけでなく、商業ギルドや宿の近くの雑貨店などに足を運び、注意深く観察していたので、ひとつ思い付いたことがあるのだ。
(これもトーマ兄さんの協力が必要なんだけど……)
対価は何がいいだろう?
異世界の食事に興味を持っている彼のことだ。帝国料理を送ってあげれば、喜んでくれるのは確実。
「シュニッツェルは持ち帰りができるのかしら……?」
美味しかったので、持ち帰りができるのなら、自分たち用に何食分か、購入しておきたい。ついでに、りんごのコンポートも。
他にも美味しい料理を見つけたら、従兄への交渉材料として確保しておきたい。
後日、従弟たちからは大量の酒とノンアルコール飲料を。
従妹からは紅茶と焼き菓子を大量に注文されて、大いに戸惑うことになることを、冬馬は知らない。
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