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186. 労働の対価
しおりを挟む縫製を頼んでいた服を受け取り、持て余していたケートスの魔石と龍涎香を引き取ってもらい、エルフの里を後にした。
「じゃあ、また」
名残り惜しんでくれる面々に手を振って、別れを告げる。
ラーシュさんは里長であるサフェトさんにも俺がハイエルフであることは黙っていてくれた。
『黄金竜さまと行動を共にされているということは、なにがしかの使命があられるのでしょう』
そう言って、詳しく聞き出そうともしなかった。
俺にとってはちょうどいい距離感を守ってくれる稀有な人だ。とてもありがたい。
里を離れる際、ミーシャちゃんが少しだけ涙目となってしまったが、そっとクッキーを握らせると笑顔に変わった。
うん、別れる時にはその方がいい。
何も今生の別れではないのだ。
エルフの人たちは長命だし、またいつか会える。というか、定期的に来たい。
(エルフの里縫製の服をアイツら、めちゃくちゃ気に入っていたからなぁ……)
布や糸はこっちが工面したが、あの技術は長命のエルフならではなのだろう。
人の何倍もの時間を生きる彼らは趣味にかける時間がたくさんあるので、もはや職人と言っても遜色ないほどの腕前を誇っている。
サフェトさんからもまた酒や菓子を売りに来て欲しいと頼まれた。
里の結界も問題なく通れる俺なので、基本的にはフリーパス状態。
ただ、里の場所を惑わす効果のある魔道具も使っているため、布製の腕輪を渡された。
アラクネシルクの糸に魔力を込めて編み上げたミサンガに似た腕輪で、これを身に付けていれば里の場所が分かるらしい。
これがあれば、レイの案内がなくても里を訪れることができる。
『素敵な場所でしたね、エルフの里』
シマエナガ姿のシェラがピチチと鳴く。よほど居心地が良かったのだろう。一番名残惜しそうな表情をしている。
「シェラはいっぱい貢いでもらっていたもんな」
『エルフさんたちの干し肉、すごぉく美味しかったんです……』
ふわふわの愛らしい小鳥が干し肉にがっつく姿に引かなかったエルフすごいな。
シマエナガの見た目だと、木の実を啄むイメージしかないのに。
『幻獣ですからね!』
「珍獣の間違いじゃ……?」
『ひどい! トーマさんひどいですっ! こんなに愛らしい小鳥さんに何てことを!』
「愛らしい小鳥は干し肉を毟ってモリモリ食わないと思う」
軽口を叩きながら、のんびりと森を歩く。
木々が密集しているため、この場ではドラゴンの姿に戻ったレイに乗せてもらうのは難しい。
ラーシュさんはエルフの里では長老のような役割を担っているらしく、里長よりも権限は上だった。
ケートスの魔石や龍涎香の代金として、数多の魔道具を譲ってもらえたので、懐は温かい。
便利な生活用の魔道具のほか、魔法武器に結界の魔道具、あらゆる術式を仕込んである魔法のアクセサリーなど。
どれも希少で高価な品ばかりである。
(使うも売るも自由とは言われたけど、これは売るとかなりの財産になりそうだな……)
結界の魔道具は特に人気がある。
もっともその性質はピンキリなようで、低ランクの魔獣の攻撃を十回ほど防ぐことのできる低級のものから、ワイバーンの攻撃に耐え切るものまで様々だ。
ちなみに譲ってもらった結界の魔道具は高級品。おそらく、冒険者ギルドに持ち込めば金貨200枚にはなるはず。
(いざという時の換金用に持っておこう)
あいにく、というか。幸いにも、俺は創造神特製の結界に守られているので、これらが必要になることはないだろう。
【召喚魔法】内の『異世界不動産』で購入した家も結界付きの安心安全仕様。
それを考えると、かなり恵まれた異世界転生だとは思う。
勇者召喚に巻き込まれて命を落としたが、結果オーライと考えるしかない。
「……ま、俺はアイツらのエサとして精々楽しく生き延びてやるよ」
転生した自分は仕方ないが、従弟たちは召喚されての転移なので、破壊神の封印が成功すれば元の世界に戻れる。
彼らの帰還を見届けるのが、きっと自分の使命。
見届けた後は、のんびりとこの世界を楽しむつもりだ。
寂しくはなるけれど、創造神から与えられた魔法やスキルのおかげで、生活に困ることはない。
「せっかくの異世界転生。色んな街を旅してみたいしな」
そのためにも、従弟たちへのフォローを怠らずにしておかなければ。
具体的に言うと、彼らが快適かつ心身共に元気で過ごせるように物質的な援助が第一。
衣食住をなるべく日本に近い環境に整えてやり、この世界を救うためのモチベーションを保たせてやるのだ。
(あとは、破壊神の手先である魔族を減らす手伝いをするのが正解か)
そのためにもレベルを上げて、戦闘力の強化が必要だ。
「なぁ、レイ。これから向かうグランド王国にもダンジョンがあるんだよな?」
「ああ。数は少ないが、難易度は高いダンジョンだ。そこも魔族が侵入している可能性がある」
「そうか……。前回の時みたいに油断しているといいんだが」
正面から戦うのは厳しい。
なにせ、こっちは年若い成り立てハイエルフ。生後(転生)半年くらい。
闇堕ちした元ハイエルフの魔族は長命でレベルも高く、狡猾だ。
対峙するには、圧倒的に経験値が足りない。
「レイは中立な立場だから、俺が倒すしかないんだよな……?」
「そうだ。ダンジョンが魔物の氾濫を起こしたら、介入はできるが」
「それだとダメージがデカすぎるんだよなぁ……」
街どころか、国ひとつが壊滅するかもしれないダンジョンスタンピード。
被害に遭うと、そのやりきれない悪意の向かう先は魔族だけとは限らない。
(勇者のせいにするような輩が現れてもおかしくないよな)
有象無象に害されるとは思わないが、従弟たちはまだ年若い。高校生の男女に人々の悪意が向けられるのは業腹だ。
「力不足かもしれないけど、やるだけはやってみよう。できれば暗殺スキルとか生えてほしい、さくっと闇討ちできるようなの」
『トーマさん物騒です』
「物騒でも卑怯でもいいから、なるべくこっちにダメージなく倒したい」
『ええぇ……』
ドン引きされてしまったが、いいのだ。
俺は飽くまで勇者のエサなんだから。ちょっとだけ便利な魔法が使えるだけのモブなのだ。
主役は勇者であるアイツらに任せた。
「それに魔族を倒したら1億ポイントが手に入るんだぞ? シェラの好きなスイーツ食べ放題だ」
『スイーツ! じゃあ、特別な時にしか売っていない、丸くて大きなケーキもたくさん食べられるんですか!』
「コンビニショップのホールケーキな。もちろん食い放題だ。腹がはちきれるくらい食わせてやろう。アイスも業務用を買うぞ」
『ケーキにアイスまで……!』
カッ、とシマエナガが目をかっぴらいた。かわいいけどこわい。
そこへコテツが乱入する。ウニャウニャ訴えてくるのに、俺は重々しく頷いてやった。
「もちろん、コテツにも高級猫缶とちゅるるの食べ放題を約束する。特別に刺身の盛り合わせも提供しよう」
「にゃー!」
ぼくもあんさつ、てつだう!
かわいい声音の念話が届いて、にやけてしまう。うちの子かわいい上に優しい良い子。
物騒な発言はとりあえずスルーしておこう。
はしゃぐシェラとコテツを静かに眺めていた美貌の男がぼそりとつぶやいた。
「ずるい」
「……は? 何がだよ、レイ」
「私も欲しい。食べ放題の報酬」
「…………」
泣く子も黙る神獣、黄金竜さまの発言である。
目を瞠るほどの美丈夫がまるで我儘な子供みたいなことを言う。
少しばかり呆れてしまったが、よく考えたらチャンスでもある。
「報酬っていうのは労働に対して支払われる金銭や物品のことなんだよ、レイ」
「……つまり?」
「つまり、報酬が欲しければ手伝ってくれってこと」
「む……」
難しい表情で考え込むが、かなり心は傾いているようだ。
もうひと押しでいけそうか?
「黄金竜の職務に反することは頼まない。ほんのちょっとだけ融通してくれるだけでいいんだ」
「……アンハイムダンジョンの時のように?」
「そう! レイが魔族の前に現れるだけでも良い牽制になるからな」
魔族が気を逸らしている間にこっそり近付いて倒すという姑息な計画だ。
「ふむ……」
「ちなみに魔族を倒せば、一人100万ポイント分の食べ放題をプレゼント」
「乗った」
そんなわけで、頼れる仲間の言質を取ることができて、晴々した気持ちでふたたび大森林を駆け抜けることになった。
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