召喚勇者の餌として転生させられました

猫野美羽

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185. 〈幕間〉勇者たち 10

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「地面が揺れないって素晴らしいな」

 大型旅船から降り立った春人はるとがしみじみと言う。
 同意するのは癪だが、秋生あきみも軽く顎を引いてみせた。

「ああ、そうだな。安心感が違う」
「それは私も思った。船の中でも『携帯用ミニハウス』内だと揺れを感じないし、安全だと分かってはいたけど……。やっぱりストレスは感じていたみたい」
「現代日本のフェリーならともかく、木造の船だったからなー。しかも、海にはモンスターがうじゃうじゃ」
「まあ、ぜんぶ糧になってもらったけどね」

 ふっと夏希なつきが笑う。いい笑顔だ。
 海に現れる魔獣や魔物は食用になるものが多く、サハギンのような宝箱持ちもいる。
 おかげで三人は旅の途中にも関わらず、かなり稼ぐことができたのだ。

「サハギンの宝箱の中身も、たくさん買い取ってもらえてラッキーだったわね」
「ああ。商人が多かったのと、貴族も何組かいたからな」

 自分たちには不要な金銀財宝系は主に貴族連中に、便利な魔道具類は商人たちがこぞって購入してくれた。
 大物の魚介類は自分たちが食べるために確保したが、暇を持て余した秋生あきみ春人はるとと共に魔法で魚を捕まえて遊んでいたところ、船長に買い取ってもらえることになったのだ。
 船客に新鮮な食事を提供したい、とのことで。金額はそこまで高くはなかったが、客と乗組員を合わせるとそれなりの人数がいる。
 おかげで、船を降りる頃には結構な金額を稼ぐことができた。

「ざっと計算したら、三人分の船賃以上に稼いでいたぞ。得したな」

 お財布を握っている秋生あきみがニヤリと笑う。

「魚以外にも、肉も売ってやったからなー」
「私たちはもう食べない肉だから、在庫処分もできて良かったわ」

 船長に売り払ったのは、ダンジョン低階層の魔獣肉だ。
 ホーンラビットにボア、ディアなどのドロップアイテムで、すっかり口の肥えた三人は見向きもしない肉だった。
 冒険者ギルドに売りに行くのも面倒で、そのまま【アイテムボックス】に放置していたら、ものすごい数になっていたのだ。
 水魔法の底引網漁で得た魚をありがたがって受け取ってくれる船長に、ふと夏希なつきが肉はいらないのか、と尋ねたところ、血相を変えて縋られたのだった。

『肉を譲っていただけるので⁉︎   喜んで引き取らせてもらいます!』

 そんなわけで、三人はここぞとばかりに低ランクの魔獣肉を放出した。
 冒険者たちは食べ飽きている肉だが、海の男たちや一般客には物珍しかったようで大歓迎されてしまう。
 いくら新鮮で美味しい魚介料理だとて、毎日食べていれば飽きるのだ。
 そんなわけで魔獣肉は大喜びで受け入れられたのだった。

 三週間から一ヶ月の旅程の船旅だ。
 大型帆船なので、船員も客もそれなりの人数がいる。当然、食料も予備を含めてしっかりと用意はされていたが、どうしても鮮度は落ちてしまう。
 最初の一週間は新鮮な肉料理が食べられたが、魔道冷蔵庫にも限りがある。
 やがて、出されるメニューも燻製肉や干し肉を中心にした肉料理や魚料理がどうしても続いてしまい、特に貴族客からクレームが相次いでいたらしい。
 三人から買い取った魔獣肉料理は特別料金で提供したようだが、あっという間に売り切れたと聞く。
 
(私たちから買い取った分、損をしていないか心配だったけど、ちゃっかり儲けていたみたいね)

 なかなかできる船長だった。

 ともあれ、一ヶ月近く滞在した大型帆船ともこれでお別れだ。
 日本では考えられないほどの長旅だった。
 たぶん向こうだと、一ヶ月もあれば世界一周ができてしまうのではないだろうか。
 感慨に耽っていると、秋生あきみに呼ばれた。

「ナツ、ぼうっとするなよ。すぐそこで国境越えの手続きが必要だ」
「ん、分かった。……緊張するわね」
「堂々としていろ。俺たちは冒険者。ダンジョンで稼ぐために帝国を訪れた出稼ぎだからな」

 そういう設定で乗り切るのだ。
 実際に、高ランクの冒険者は国を跨いで出稼ぎに精を出すらしいので、堂々と検問を受けることにした。


◆◇◆


 入国料は一人、金貨五枚。
 三人は拍子抜けするほどアッサリと入国審査をクリアできた。
 日本円にして、一人五十万円ほどは必要だったが、ダンジョンで荒稼ぎした自分たちには余裕で払える金額だ。

「……あっさり通れたな?」
「もう少し、詳しく突っ込まれるかと思ったが、想像以上にザルだったな」
「ありがたいけど、逆に不安になるわね」

 ここは帝国領にあるミリアという港街だ。
 大型帆船が寄港できる、かなり大きな港で、とても賑わっている。
 家屋はどれも煉瓦造りで、オレンジ色の屋根瓦が愛らしい。
 同じデザインのこぢんまりとした建物ばかりだが、それぞれ鉢植えなどで個性を出しているようだ。
 二階の窓からぶら下げられている黄色の花の鉢植えが目を引く。
 帝国領は冬が厳しい北国だと聞くが、南寄りの港街はまだ温暖な気候なのだろう。
 
「これからどうするの?」
「今日のところは、この街で宿を取ろう。帝国内の情報も手に入れたい」
「あと、この国で目立たない服も買っておいた方がいいかもな」

 春人はるとからの指摘で、周囲の人々の服装に気付いた。
 シラン国とは全く違う意匠デザインの服だ。

「……そうだな。あっちは南国、こちらは北国。ダンジョン内ならともかく、街中では人目を惹きそうだな」
「なら、宿を決めてから買い物に行きましょう」
「ついでに、どこかで飯を食おうぜ。帝国の名物料理はどんな味か気になる」
「……あまり期待はしない方がいいと思うが」

 とりあえずの予定が決まったので、三人は宿のありそうな大通りへと足を向けた。


「一泊、一人銀貨五枚の宿だから、まあまあ良い部屋だな」
「五万円の部屋なんて、日本でも滅多に泊まらないわよ」

 大通りで一番立派な店構えの宿を選び、三人部屋を頼んだ。
 二部屋が続きになっているため、男子部屋と女子部屋に分かれることができた。
 三人とも【アイテムボックス】持ちなので、荷物を置く必要もない。
 鍵を預かり、部屋を確認すると、すぐに宿の外に出掛けた。
 ちなみに、この宿は朝夕の二食付き。
 今は昼時なので外に食べに行くことにした。

「良さそうなレストランを見つけるか、屋台にするか」
「落ち着いて食べたいからレストラン一択で」
「俺もレストランがいい。ハルは屋台にするか?」
「うーん。そうだな、レストランでランチの後のおやつを屋台で買う?」
「どれだけ食べるつもりだよ、お前」

 軽口を叩きながら、大通りを見て回る。
 ちょうど昼時なので、どこの店も盛況だ。港街だけあり、物資は豊富なようで、魚料理だけでなく肉料理の店も多い。

「ずっと魚ばっかり食っていたから、肉が食いたい」
「私もお肉料理がいいな」
「なら、あそこはどうだ?」

 秋生あきみが見つけたのは、瀟洒なレストランだった。
 赤煉瓦の二階建ての店で、緑の蔦が壁を彩っている。
 他の店が冒険者や一般客で行列を作っていたのに比べて、この店の客層は裕福そうな商人が多い。
 商人の舌は肥えていそう、という適当なイメージで三人はこの店に入ることにした。
 結果、大当たりだった。

「おいしい! まさか、こっちの世界でカツが食べられるなんて……」

 さくさくの肉料理を噛み締めて、ほうっとため息を吐いていると、眉を顰めた秋生あきみに嗜められた。

「これはカツじゃなくて、シュニッツェルな」
「ドイツ語っぽいな、それ」
「たしか、オーストリア周辺の肉料理だったと思う。仔牛肉を叩いてパン粉をまぶして揚げ焼きした料理だ。まさか、異世界で味わえるとは……」

 この店で提供されたシュニッツェルはあいにく仔牛肉ではなく、鹿ディア肉のようだが、丁寧に肉を叩いて下処理したらしく、柔らかくて絶品だった。
 植物油ではなく、おそらくはオークのラードを使って揚げているため、旨味が凝縮されているようだ。
 ともすれば物足りないほどあっさりとした風味のディア肉が、ラードのおかげで食べ応えが増したのだろう。

「香辛料もふんだんに使われているわね」
「さすが銀貨二枚の肉料理だけあるな」

 声を潜めつつも、兄妹でこそこそと感想を言い合う。
 ちなみに支払いに充てている帝国金貨は、すべてサハギンの宝箱から失敬したものだ。
 帝国の海域に出没するサハギンは帝国金貨や銀貨を宝箱に集めていたようで、ありがたく使わせてもらっている。
 金貨は「黄金」の価値が一律なので、シラン国やグランド王国などの金貨でも帝国ではそのまま使えるようだが、ここは帝国金貨を支払いに充てることにした。

 デザートまできっちり味わい、三人は満たされた表情で店を後にする。
 りんごのコンポートもどきのデザートも及第点。これはすごいと思う。
 少なくとも、帝国はシラン国よりも料理のレベルが段違いだ。
 文化的にも進んでいるのは明らかだった。
 大通りのめぼしい店で普段着や雑貨類を購入してみたが、シラン国の物よりも質がいい。

「フード付きのポンチョコートがかわいい……」
「服の着心地は微妙だから、コートだけ帝国風のにするか」
「そうだな。冬服は日本製の方が断然暖かいし、着心地もいい」

 宿の中で購入した服を着ることにして、コート類を中心に衣装を揃えた。
 買い物とついでに屋台も回って、串焼肉などを買い溜めして宿に戻る。
 ベッドに腰掛けてスマホを手にしたところで、夏希は動きを止めた。
 待ちに待った、従兄トーマからのメッセージがある。

「エルフの里で服を作ってもらったぞ……? は?」

 慌てて【アイテムボックス】を確認して、夏希は嬉しい悲鳴を上げることになった。
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