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184. ハイエルフの血脈 2
しおりを挟むラーシュさんにハイエルフの血族だと指摘され、咄嗟に言葉を返せなかった。
不意打ちすぎるだろう。ここは何と返せば正解なのか。
逡巡しながら、ラーシュさんを見据えて──適当に誤魔化すことを諦めた。
『トーマさん。貴方は、ハイエルフの血族なのでしょう?』
疑問系ではあったけれど、これは確信して問い掛けている表情だ。
冗談や嘘で流していい話題とも思えない。
どこか思い詰めた表情をしているのも気になる。
俺はゆっくりと深呼吸して、落ち着きを取り戻した。
自分から口にはしなかったが、絶対に秘密にしておきたいというわけでもない。
この里の外──特に、亜人差別の激しいシラン国周辺では正体を秘匿しておきたいが、ここは『外の世界』とは隔絶された、エルフの隠れ里。
ラーシュさんが言いふらすようにも見えないし、問題はないだろうと納得して。
俺は何でもないことのように、頷いてみせたのだった。
「ええ。ご明察の通り、俺にはハイエルフの血が流れています」
正確には、この世界の創造神にハイエルフとして転生させられたのだが。
「ああ……やはり……!」
ラーシュさんは口元を手で覆い、ぶるりと身を震わせた。
その場で膝をつき、真摯な眼差しで俺を見上げてくる。
「まさか、この時代にお目に掛かれるとは思いませんでした」
「そういうのはやめて下さい。貴方からしたら、俺なんて生まれたての赤ん坊に近いでしょう?」
放っておいたら、このまま拝み出しそうだったので、慌てて止めた。
「まぁ。お幾つなのでしょうか?」
「二十一歳だった」
「……だった?」
「あー……微妙に複雑な境遇なんだ」
つい享年で答えてしまうが、実際、体感的にもその年齢が正しい気がする。
ハイエルフになってから、外見年齢は十五歳くらいになったけれど。
(実際は生後一年未満だけどな!)
さすがに、そこらへんの事情は説明が難しい。適当に誤魔化すと、幸いにもそれ以上は追求されなかった。
そんなことよりも、俺がハイエルフだという事実にやたらと感動しているようだ。
「……そんなに、ハイエルフって特別な存在なんです?」
「もちろんです。私たちエルフの祖先なのですから」
ハイエルフを祖として、脈々と続いてきた血が薄まり、エルフと呼ばれる存在に至ったらしい。
エルフは魔力量が膨大で、魔法を得意とする希少な種族であるが、祖先であったハイエルフはその十倍は魔力量を有していたとか。
「この里を守る結界の魔道具も、ハイエルフのお方が作ってくださったのです」
「……そのハイエルフのお方って」
「残念ながら、身罷られました」
「そっか……」
もう三百年は前の話らしい。
ラーシュは懐かしそうに、翡翠色の瞳を細めた。
「溢れんほどの魔力をその身に秘めた、とても麗しいお方でした。幼い私を随分と可愛がってくださって……」
「え、ちょっと待って。三百年前に、ラーシュさんがその人と直接、話していたってこと?」
「? はい。うちが長の家系でしたので、尊き方のお世話係をしておりました」
「待って待って。ラーシュさん、いくつ⁉︎」
動揺のあまり、ついつい女性に年齢を問うというマナー違反を犯してしまう。
「あら」
だが、当のラーシュさんは目を瞬かせると、くすくすと笑い出した。
「まぁ、私のことをいくつだと思われたのかは分かりませんが……随分と若く見誤られていたようですね」
年若く見られていたことは、どうやら彼女にとっては嬉しいことだったようだ。
ホッと胸を撫で下ろした。
「いくつと言うか……あの、ラーシュさんはミーシャちゃんのおばあさんなんですよね?」
「あらあらまぁまぁ!」
とうとう、お腹を抱えて笑い出すラーシュさんを前に途方に暮れてしまった。
やがて、涙目ではあるが、どうにか笑いを抑えた彼女がにこりと笑う。
「あいにく、私はミーシャの祖母ではありません。サフェトの曽祖母ですよ」
「サフェトさんの……」
ミーシャちゃんではなく、サフェトさんの──しかも曽祖母だった。
俺は頭を抱えて叫んでしまう。
「エルフの年齢、わっかんねぇ!」
「ふ、ふふっ。魔力量が多く、魔力制御が得意なエルフは長生きなのですよ」
「……それだけじゃないですよね? 俺のことを見抜いたのは、貴方だけだ。何らかのスキル持ちだとか?」
【鑑定】持ちを疑っての問いだったが、ラーシュさんは首を横に振った。
「私が持っているのは、【真贋】の目だけです。ただ、私は祖先の血が濃く出たようで……」
「祖先の……ハイエルフの血か」
なるほど、と納得した。
ラーシュさんは先祖帰りというやつなのだろう。
その【真贋】スキルがどういったものかは分からないが、すっかりお見通しだったようだ。
「ちなみに、さっきの話はサフェトさんには……」
「していません。私だけが知っております。もちろん、お望みでしたら、ずっと秘密にしております」
「そうしてくれると嬉しいかな。ハイエルフだとバレると、皆の態度が変わるんでしょう? せっかく仲良くなったのに、それは寂しい」
意外そうに片眉を上げたラーシュさんだが、すぐに柔和な笑顔を浮かべて頷いてくれた。
「ありがとう。……で、俺にこんな話をしたってことは、何か頼みたいことでもあるんですか?」
「お見通しのようですね」
「俺にできることは限られているけど、協力はしますよ」
行商人もどきとして、物々交換で大量の物資は融通した。
他にも頼みたいことがあるのか、と不思議に思っていたいたが。
「結界の魔道具が寿命を迎えようとしているのです」
「えっ! それは大事では」
説明がてら、結界の魔道具を見せてもらった。
里の中央にある、建物の中に設置してあるようだ。
余所者の俺が見ても大丈夫なのか、と心配だったが、押し切られるようにして結界の魔道具の元まで連れてこられてしまった。
里を覆うほどの威力のある結界の魔道具。鑑定してみところ、魔道具自体には傷ひとつなかったが──
「これは……魔道具を発動するために組み込まれた魔石にヒビが入っていますね」
魔道具の動力源である魔石は『中』の魔力を使い切れば、新しい魔石と交換するか、空になった魔石に誰かが魔力を込める必要がある。
エルフたちは幸い、魔力量には自信がある。毎日、交代で魔石に魔力を込めていたので、この三百年ほどは結界はきちんと維持できていたのだ。
だが、肝心の『器』の方の魔石がダメになっていれば、話は別だった。
「この場合は、新しい魔石に交換するしかないのでは」
「私もそう思いますが、あいにく、これだけの魔石が我が里では手に入らないのです」
これだけの魔石、とラーシュさんが示した魔道具の動力源はたしかに滅多にないほどに大きな魔石だった。
ここは大森林内だが、しばらく魔の山で暮らしていた身からしたら、魔素も薄い『浅い』場所か。
「ダンジョンは……」
「五十階層までは到達していますが、まだ下層へ至れるほどの実力者はおりません。恥ずかしながら……」
「そっか。五十階層までなら、そこまで強い魔獣や魔物はいないか」
エルフたちも、命がけでダンジョンに挑んでいるわけではないのだ。
資源を得るために、ダンジョンを利用しているだけならば、そこまで熱心に命を賭けることもないのだろう。
「んー……手持ちの魔石、あったかな……?」
【アイテムボックス】の収納リストを確認していく。
ドロップした魔石や素材は、よほど欲しい物以外は売ってしまうか、【召喚魔法】のポイントに変えてしまうので、在庫は少ない。
「このクラスの魔石に筆頭する魔石だろ……?」
結界用の魔道具に使われているとは、エメラルドに似た巨大な風属性の魔石だ。
大人の男性が両腕でどうにか抱え込むことができるくらいの大きさを誇っている。
「ん? これ、同じくらいの大きさじゃなかったか」
売り払うことも、ポイントに換えることもできずに放置していた魔石が【アイテムボックス】内に眠っていた。
その中から、特別大きな魔石を取り出してみる。
ずしり、と重い。
あいにく風属性ではなく、水属性だが、魔石の大きさはほぼ同じ。
「これは……! なんて濃い魔力……」
「ケートスの魔石です。うん、これなら大丈夫そうだな。これを差し上げます」
ケートスとは、クジラと似た巨大な魔獣だ。
従弟たちが船旅の最中に討伐した、災害級と恐れられている魔獣らしい。
自分たちは肉だけが欲しいから、と。
肉以外の素材を解体と調理代金として譲ってくれたのだ。
(自分で倒したやつじゃないから、ポイントに換えられないんだよなー)
冒険者ギルドに売り払うにも説明が面倒くさい。そのまま放置していたので、エルフの里に寄付しても懐は傷まないのだ。
「よろしいのですか」
「ん、持て余していたやつだし。ついでに、龍涎香もどうですか?」
さりげなくセールストーク。正確には押し売りとも言う。
目を白黒させながらも、ラーシュさんは大喜びで頷いてくれた。
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