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183. ハイエルフの血脈 1
しおりを挟むエルフの里で過ごす、最後の一日。
この日は朝から、里近くのダンジョンに挑むことになった。
年若い青年エルフたちに誘われたのだ。
シェラもコテツも張り切ってついてきた。里の生活は穏やかで心地良いが、単調すぎて、少しだけ飽きてしまったらしい。
自分も似たような気持ちだったので、苦笑するしかない。
(スローライフ、俺たちにはあんまり向いてないみたいだ)
のんびり穏やかに過ごしたいと考えたこともあったのに、いざその状態になると、退屈で仕方ない。
「血湧き肉躍るようなハードな生活は勘弁してほしいけど、そこそこ緊張感と楽しい驚きのある生活を送れるのが一番なのかもな」
独り言のつもりだったが、耳聡いドラゴンがくつりと笑う。
「トーマはそれなりに波乱な人生を送っていると思うが、まだ刺激が足りないのか?」
「そういうわけじゃないけど、ひとつの場所にずっと落ち着いて暮らすのは飽きそうだなーと……おい、別にフラグじゃないからな? 刺激いっぱいの場所に連れて行ってやろうとか言って、最難関ダンジョンとかダークエルフの拠点に誘導するなよ?」
「くっ……ははは! そんなことをするわけがなかろう。だが、トーマがそれを望むなら協力するのもやぶさかではないが──…」
「ぜっっったいに望まないから!」
そうか、と笑うレイの背中をべしっと叩いて、前を歩くエルフの青年たちに並ぶ。
十代後半の年齢に見える彼らは、黄金竜をぞんざいに扱う自分のことを驚愕の眼差しで見ている。
「すごいな、おまえ」
「ニンゲンって怖いもの知らずなのか……」
「いや、友達だから! 友達だったら、こんなもんだろ?」
「黄金竜さまと友達……」
余計にざわつかれてしまった。
ともあれ、ダンジョンだ。
エルフの里近くのダンジョンは、岩で築かれた遺跡を入り口としていた。
苔むした岩の隙間を隠すように、蔓性の植物が天然のスダレのように垂れている。
外から目にしたら、ダンジョンだとは誰も気付かないだろう。
もちろん、この場所も里の結界の範囲内にあるので、侵入者は滅多にいないと思われるが、ダンジョンの下層に潜む魔族の例もある。
岩の隙間から中に入ると、独特の浮遊感。ダンジョンの転移扉だ。
一階層は見渡す限りの平原フィールド。
「ここはチビたちが魔法の練習に使うことが多い。出没する魔獣がホーンラビットだけだからな」
最弱はスライムかと思ったが、ここではホーンラビットらしい。
額に鋭く長いツノがあり、それなりに危険な魔獣だと思うが、魔法が得意なエルフたちにとっては幼子の練習台にぴったりなようだ。
「ほら、いたぞ。トーマ、倒せそう?」
「ん、じゃあ」
せっかくなので仕留めてみよう。
ハイエルフであることは告げていないので、この里では人間だと思われている。
ならば、魔法はあまり使わない方がいいかもしれない。
そう考えて、弓で倒すことにした。
背負っていた魔法武器の弓を構えて、突進してくるホーンラビットを射る。
この魔道具の弓は魔力を込めると魔法の矢を放つことができるので、重宝していた。
矢を補充しなくて済むので、経済的で気に入っている。
あっさりとホーンラビットを倒した俺を、エルフの青年たちが見直してくれたようだ。
「やるな、トーマ」
「さすがに里まで来れるだけはある」
どれだけ頼りなく見えていたのか。
苦笑しながら、どうもと答えておく。
ハイエルフに転生して、見た目は十代半ばに作り替えられてしまったので、彼らからしたら、まだ小さな子供扱いなのだろう。
とは言え、じろじろと顔を眺められることのない里での暮らしは居心地が良い。
少女──それも、とびきりの美少女だ──と見間違えられることの多い『外』での暮らしは落ち着かなかった。
それが、エルフの里では皆無なのだ。
なぜなら、彼らが美形を見慣れているから。それに尽きるだろう。
(俺程度の美形、珍しくもないからな!)
と言うよりも、黒髪に蒼い瞳の俺よりも、ブロンドでキラキラしいエルフの方が断然、美しいのだ。
老若男女、エルフは整った容貌をしている。先祖が精霊である、といった伝承にも納得しそうなほど、彼らは人間離れした美しさを誇っていた。
青年期に至るまで、エルフは男性であってもまるで少女のように可憐で儚げだ。
中性的というよりは、無性的。性別を超越したような外見をしている。
思春期を終え、青年期に至ってからは男性らしい体格へと変化するようだ。
(羨ましい。いや、俺もエルフだし? もしかして青年期とやらに至れば、マッチョに育つかも……!)
どれだけ鍛え上げ、レベルを上げても、何故だか、育たない筋肉が恨めしい。
エルフのその体質を信じて、地道に筋肉を育てようと思った。
◆◇◆
エルフの里ダンジョンは興味深かった。
下層は子供たちの遊び場兼鍛錬場として機能しており、その他にも様々なフィールドを生活に生かしていた。
暗い森林フィールドはキノコ、湖畔エリアでは淡水魚を採取する場所として重宝している。
里では希少な甘味は、ミツバチ系の魔蟲から蜂蜜をドロップするらしい。
もちろん、肉には困らない。魔素の濃いダンジョンには美味しい魔獣が狩り放題。
トレントは木工細工にちょうど良い木材になるらしく、競って倒す魔物だとか。
もっと下層に降りると、ゴーレムや厄介な魔物が多く出没するらしい。
厄介ではあるが、倒すと魔道具をドロップすることがあるので、高レベルのエルフたちの狙い目だとか。
「おもしろかったよ。案内してくれて、ありがとう」
「こっちこそ。昼飯のパン、うまかった!」
「ああ、甘いパンなんて初めてだったよ」
案内してくれたお礼に、彼らにもパンをご馳走したのだ。
惣菜パンよりも菓子パンが好みだったのが意外だが、甘味が少ないと聞いて、なるほどと思う。
ドロップする蜂蜜の量はあまり多くない。
ほとんどを、蜂蜜酒に加工するとのことで、嗜好品として口にすることは少ないらしい。
「蜂蜜酒も嫌いじゃないけど、僕は飴の方が好きかな」
「俺もさっきのパンみたいにして食べたいな」
「色んな酒を里長が買ってくれたから、しばらくは蜂蜜酒を仕込むことはないんじゃないか?」
嘆く様が気の毒で、こっそり教えてやる。
ぱっと顔を輝かせて喜ばれた。
「本当か?」
「それは朗報だ」
蜂蜜酒に回されていた分が、嗜好品として口にできるかもしれない。
さっそく、焼いたパンの実に蜂蜜を付けて食べるのだと喜んでいる。
ダンジョンを案内してくれた連中と別れて、里長の家に向かう。
午後を少し過ぎた時間帯なので、頼んでいた服を引き取るにはちょうど良い時間だろう。
ドアをノックすると、ラーシュさんが出迎えてくれた。
「こんにちは。服を引き取りに来ました」
「お待ちしていました。どうぞ、中へ」
サフェトさんとミーシャちゃんは出掛けているようで、家にはラーシュさんだけだった。
服を引き取るだけなので、レイやシェラ、コテツたちには借りている家で待ってもらっている。
「こちらが完成品です」
「おお! 素晴らしいですね」
ベッドシーツやカーテン素材を使ったとは思えないほど、仕立てられた衣服は見事な出来栄えだった。
特にナツ用のワンピースが目を見張るほどに美しい。
草木染めのグリーンと藍染めのインディゴブルー。鮮やかな色彩のワンピースはシンプルなデザインだが、丁寧に縫製されている。
それとは別にアイボリーのワンピースには見事な刺繍が施されていた。
進呈した刺繍糸を使い、存分に腕を奮ったようだ。
「ありがとうございます。きっと従弟たちも喜びます」
ほくほくしながら、完成した衣服を【アイテムボックス】に収納していると、ラーシュさんが控えめに微笑んだ。
「お気に召したようで嬉しいです。……ところで、お聞きしたいことがあるのですが」
「? なんでしょう」
テーブルを挟んで向き合うと、思いの外真剣な表情のラーシュさんと視線が合った。
深い森と同じく、美しい翡翠色の瞳がまっすぐこちらを見据えて、その質問を投げ掛けてくる。
「トーマさん。貴方は、ハイエルフの血族なのでしょう?」
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