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180. エルフの里 5
しおりを挟む「これはすばらしい。とても美味な菓子です」
「焼き菓子はもちろんですが、この飴も美味いですね。こちらも購入させていただいても?」
サフェトとその母親らしき女性は試食した菓子が気に入ってくれたようだ。
頬を上気させて、ほうっとため息を吐いている。
二人の間に座った、エルフの幼女も夢中でクッキーをかじっていた。
が、アルミ箔に包まれたチョコレートにはなかなか手が出ないようで。
もしかしなくても、銀紙を不審に思ってしまったのか?
(そういえば、昨夜は皿に盛り付けて出したから……)
仕方ない。未知の物に手を出すのは誰でも躊躇するものだ。
誰も手を伸ばそうとしないので、チョコレートは俺が食べることにしよう。
銀紙を剥いて、板チョコをかじる。
パキッと音を立てて、ひとかけらずつ食べていると、視線を感じた。
下の方から投げかけられる、熱い眼差し。
そっと目を向けると、ミーシャと呼ばれた女の子が熱心にこちらを見上げていた。
いや、こちらというよりは、俺の手元に視線が固定されているようだ。
「……チョコ、食べてみる?」
尋ねてみると、そっと首が上下する。
大人よりも子供の方が好奇心は旺盛なようだ。
ちょうど俺が毒味をした形になったが、板チョコを半分に割ると、ミーシャに渡してあげた。
「どうぞ」
「……ありがと」
小鳥が囀るような、愛らしい声音でお礼を言われて、ほっこりする。
受け取った板チョコを、ミーシャは夢中で舐めていた。
もしかして、飴と勘違いしているのだろうか?
が、ひとしきり味わったところで満足したのか、小さな口にはぷりとチョコを咥えた。
ポリポリとリスが木の実をかじるような可愛らしい音が響く。
ちいさな手を頬に当てて、ミーシャが「ふわぁ」とつぶやいた。
翡翠色のくりくりの瞳が輝いている。
とても分かりやすい反応で、つい噴き出しそうになってしまった。かわいすぎだろ。
「チョコ、気に入った?」
「ん!」
こくこくと必死に頷く様が、いとけない。
「そっか。じゃあ、これあげるよ」
マジックバッグから、板チョコを何枚か取り出して、ミーシャの手に握らせてやる。
「いいの? ありがと」
「トーマさん、それは……」
慌てたサフェトがチョコを返そうとするのを、そっと拒んだ。
「ええと、たくさんお酒を買っていただいたので、そのおまけってことで」
「……よろしいのですか?」
「ええ、もちろん」
酒やジュースの他に、菓子類も里の分をまとめて購入してくれた。
チョコレートはどうかな、と思ったが、ミーシャの食いつきっぷりから美味しい物だと理解したようで、こちらも多めに買ってくれた。
「飴もですけど、このチョコレートも熱で溶けやすいので保管には気を付けてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
さて、ここからがお楽しみの物々交換だ。
酒や菓子の代わりに、エルフの里が用意してくれた物は何だろう?
「では、私どもからはこちらの品を」
サフェトが何もない場所から、次々とテーブルに物を並べていく。
【アイテムボックス】から取り出したのだろう。魔道具に魔法武器。
その価値が分かりやすいのは、黄金細工のアクセサリーか。
こっそり【鑑定】スキルで確認してみたが、どれも価値ある品物だった。
(むしろ、俺の方が貰いすぎでは?)
魔道具はランタンやテント、マジックバッグに収納用のアクセサリーが幾つか。
結界石のような貴重な物も何点か含まれている。
認識阻害の術が組み込まれたローブや、風魔法を仕込んだブーツなどは面白い。
特にブーツは魔力を込めると、軽々と飛び跳ねることができるようだ。
ハイエルフの運動神経と合わせれば、五メートルくらいの塀なら軽々と飛び越えられるだろう。
黄金の装飾品も本物だ。ダンジョンでドロップした品らしく、古めかしいデザインではるが、いちばん換金がしやすい。
指輪や腕輪には魔法が付与されている物もあり、興味深い。
シェラに貸し与えている魔法の杖のように、生活魔法程度にはなるが、便利な魔術が刻まられている。
「着火と水作成が使える指輪ね。魔法が使えない冒険者には高く売れそうだ」
「冒険者相手なら、こちらもおすすめですよ。十回ほど魔法を弾く、結界効果のあるネックレスです」
「へぇ。たしかに、冒険者に売れそうですね」
その他にもダンジョンでドロップした素材が山積みされている。
特別に目を引いたのは、布の束だろうか。
「これは……」
「ああ、アラクネシルクですよ。私どもにとっては普段使いの布ですが、森の外では高く売れると聞いたので」
美しい光沢を放つシルクは、たしかに高級品だろう。手触りもいい。
だが、シルクの布を貰っても、使い道に困ってしまう。鑑定すると、エルフが紡いだ布は最高級品質とある。
(ありがたいけど、これを売りに出せば、どこで手に入れたのか、詮索されそうだよなぁ……)
目を付けられるような行動は却下だ。
残念だが、シルクは遠慮しようかと思案していたが──
(……そういえば、ナツが服を欲しがっていたよな)
着心地が良くて、動きやすい服。できれば、この世界でも違和感なく着られるデザインの、なるべく可愛らしい服が欲しいとナツは言っていた。
微妙に面倒くさいリクエストだが。
じっと目の前の二人を眺める。
アラクネシルク製の衣装はゆったりとしており、着心地は良さそうだ。
女性はワンピース姿で、コルセットのような拘束着とは無縁そう。おまけにデザインもかわいい、と思う。
すらりとした体躯のナツとエルフの女性の体格はよく似ている。
「うん、それがいいな。すみません、アラクネシルクの代わりにお願いがあるんですが……」
「お願い、とは?」
「あ、ちゃんと賃金はお支払いしますので! 布や糸はこちらで準備するので、服を縫って欲しいんですが」
「服を?」
かわいい従妹が熱望していた、異世界でも違和感なく着て歩ける服を、エルフに仕立ててもらうことにした。
◆◇◆
こちらで用意した布を、エルフの女性たちがはしゃぎなから眺めている。
シルクの服ばかり身に纏っている彼女たちからしたら、コットン素材の布は珍しいのだろう。
「このくらいの大きさの布しかないんですが、足りそうですか?」
「充分よ。柔らかくて、とっても素敵な布ね」
ちなみに、この布は【召喚魔法】の大型家具店から購入した。
布なんて売っているのか? そう、思うだろう? うん、布単品では売っていない。
が、他の商品としてなら大量に扱っているのだ。
ちなみに、目の前でうっとりと布を撫でている女性──里長サフェトの母親、ラーシュさんの手にあるのは、シーツである。
そう、寝具のシーツを何枚も購入して、彼女たちに見本として渡したのだ。
シングルサイズだと心許なかったので、ダブルサイズのベッド用のシーツを、白、オフホワイトにブルー、ピンクと各色を取り揃えて手渡してある。
コットンシーツ以外にも麻の素材のものなどもこっそり混ぜてみた。
「せっかくだから、色を染めましょうよ。こんなに素敵な布なのだし」
「いいわね。私が刺繍を担当するわ」
「なら、裁断は私が」
「皆で手分けして作りましょう」
意外にも、女性陣は皆この仕事に乗り気らしい。ありがたいことだ。
裁縫仕事に立候補してくれたのはちょうど十人。せっかくだし、何着か作ってもらうことにした。
(ナツの服を三着、ハルとアキにも一着ずつ作ってもらうか。俺もこっちの世界風の服は欲しいから、ついでに頼もう)
裁縫仕事の報酬を渡そうとしたが、金貨は遠慮されてしまった。
「素敵な服を作ってあげるから、同じような布を報酬にして欲しいわ」
「私もこの布が欲しい!」
「私は針と糸も欲しいわね。これ、とっても質がいいもの」
ここでも物々交換となってしまった。
無心でベッド用のシーツをカートに突っ込んでいく。
そのうち、ふとイタズラ心が芽生えてしまい、シーツの中にカーテン生地を混ぜて渡してみた。
レースカーテンと厚みのあるビロードのような豪奢なカーテンだ。
てっきり、こんなのは使えないと却下されるかと思いきや、歓声を上げられてしまった。
「とっても素敵だわ! こんなに繊細で美しいデザインのレース生地、初めて見たわ……」
「この光沢のある美しい布もすばらしいです。まるで王族が身に纏う特別なドレスみたい」
うっとりと生地に見惚れる女性たちに、いまさらそれはカーテン生地だとは言いにくい。
戸惑っていると、思い詰めた表情の女性たちに詰め寄られてしまった。
「この二種類の布地も報酬に欲しいです」
「足りなければ、物々交換できそうな品をダンジョンで探してくるから」
「「「お願い!」」」
いずれも花のように美しいエルフの女性たちに真顔で迫られて、頷く以外、俺にできることはなかった。
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