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179. エルフの里 4
しおりを挟む「うう……頭が痛い……」
「二日酔いというやつだな。キュアポーションを飲むといい」
昼前に目が覚めて、熱い湯で顔を洗ってみたけれど、頭痛はおさまらなかった。
リビングで頭を抱えていると、ふらりと現れたレイが助言してくれた。
普通のポーションは怪我を治すものなので、二日酔いには役立たずだが、解毒作用のあるキュアポーションは効果があるようだ。
ダンジョンでドロップしたキュアポーションなら、【アイテムボックス】に大量にある。
さっそく一本飲み干すと、途端に気分が良くなった。頭痛も胸焼けも吐き気も綺麗さっぱり消えている。
「すごいな、キュアポーション。ありがたい。これは売らずに確保しておこう」
ダメな大人の発言だとは我ながら思うが、浴びるほど酒を飲んでも翌朝すっきり過ごせるなんて最高すぎる。
「もう昼か。客人なのに失態もいいところだな。エルフの人たちが気を悪くしていないといいんだけど」
「その心配はないだろう。エルフたちは酒好きだが、あまり強くないからな。宴の翌日は皆、昼まで起きてこない」
「あー……耳に痛いな」
昨夜はどうやら宴もたけなわな頃、すっかり酔い潰れてしまった俺をレイが運んでくれたようだ。めんぼくない。
シェラとコテツは朝食を各自で済ませて、外に遊びに行ったらしい。
夕食を共にした子供たちと仲良くなったようで、一緒に遊んでいた。
「とりあえず昼飯を作るか」
「うむ。よろしく頼む」
酒を飲んだ後は、不思議と炭水化物が欲しくなる。あと、濃い味付けのスープ。つまりはラーメン! ラーメンが食べたい。
「トッピングが必要だな。肉ましましの野菜炒めを作ろう」
オーク肉の薄切りとキャベツ、もやしで野菜炒めを作る。
塩胡椒でさっと味付けただけの野菜炒めだ。
袋ラーメンはとんこつ味をチョイス。皆、一人前で足りるわけがないので、大量の湯を沸かしておく。
ちなみに本日は袋ラーメンを調理するため、共同の炊事場には行かなかった。
簡易キッチンで魔道コンロを使ってのクッキングだ。
レイがいそいそとテーブルに丼を並べてくれた。ラーメンをよそい、野菜炒めを盛り付けると、仕上げにオークのラードをのせる。
こってり背脂は好みが分かれるけれど、うちの連中は皆、大好物だった。
『ごはんですか!』
「ごあーん!」
トッピングを終えたところで、開けていた窓から白銀色のカラスが飛び込んできた。
キジトラ柄の猫も続けて入ってくる。
「ナイスタイミング! ちょうど昼飯だ」
「ふっ、鼻がいいな」
はらぺこの可愛いふたりのために、小皿にラーメンを取り分けてやる。
シェラはずっとカラスの姿でいることに、すっかり慣れていた。獣化スキルは肉体に負担はないようだ。
眠りにつく際にはさすがに元の姿に戻ったようだが、ここエルフの里での生活をカラスの姿で満喫している。
(幻獣さま、とちやほやされるのが嬉しいみたいだな……)
まぁ、微笑ましいので放置してある。
コテツも文字通りネコ可愛がりされていたが、まだ子猫ということで遊んでもらえて満足そう。
「うむ。ラーメンはやはり美味いな。コンビニのカップ麺も良いものだが、袋ラーメンもこれはこれで味わい深い」
瞳を細めて、幸せそうな表情でラーメンのスープを啜るレイ。イケメンは唇が背脂でテカテカでもカッコ良いから羨ましい。
「肉と野菜もてっとり早く食えるし、作るのも簡単だからな」
『美味しいですっ! ラーメン大好きです! お野菜はなくてもいいんですけど、スープが美味しいから食べれますね』
「シェラに野菜を食わすために選んだメニューだからな……」
器用に麺を食べるシェラ。食べる時くらい人の姿に戻ればいいのに。
コテツは野菜も肉も旨そうに食っている。いい子!
皆はそれからラーメンのおかわりをして、残ったスープにご飯を投入して締めていた。
シェラとコテツは遊び疲れたのもあり、しばらく昼寝をするらしい。
ふたりに留守を任せて、レイと二人で里長の家へ向かうことにした。
「商談って言っていたけど、どれだけ買ってくれるのかな。酒だけでいいのか」
「まずは酒だろう。あとは調味料も喜ばれるかもしれんな。昨夜、子供たちに食わせていた菓子も売れると思うぞ」
「そっか。まぁ、この里では手に入りにくい物を提案してみればいいか」
十軒以上の家の前を通ったが、見かけるのはエルフの子供たちばかりだ。レイが言う通り、大人たちは二日酔いで寝ているのだろう。
「エルフのイメージが……」
「集落によるが、ここの連中はこんなものだぞ?」
「そうなのか。まぁ、人嫌いの偏屈エルフよりはいいかな……」
酒好きで美味しい食べ物に目がないエルフの方が親しみやすい。
「サフェトの家はここだ」
レイに案内された家は三階建てのコテージだ。他の家よりも少しだけ大きい。
ドアをノックすると、女性が顔を出した。
「こんにちは。サフェトさんと約束をしているトーマですが……」
「……ええ、聞いていますよ。どうぞ、中へ」
プラチナブロンドのエルフの女性はサフェトの母親だろうか。
外見年齢は四十歳くらい。実年齢は不明だが、落ち着いた風情の美しい女性だ。
「レイさま! トーマさんもご足労ありがとうございます。さぁ、どうぞ座ってください」
笑顔でイスを勧められる。先ほどの女性がハーブティを入れてくれた。ペパーミントに似た良い香りだ。優しい口当たりで、気分がさっぱりする。
「酒の翌日にはよく効く薬草茶なのですよ」
「ああ、なるほど。うん、美味しいです」
薬草茶で和んだところで、さっそく商談だ。
昨夜のうちに里の住民たちの間で相談していたようで、かなりの量の酒を注文された。
「瓶ビールが30箱、果実酒のセットも同じく30箱。……こんなに? まぁ、すぐに傷むような物じゃないですけど」
「ふふ。私たちはエルフですから、収納スキル持ちはそれなりにいます。それに、ダンジョンから手に入れたマジックバッグも持っていますからね」
「ああ、それなら心置きなく渡せます」
エルフたちにはワインも人気で、赤白ロゼと各50本ずつの注文も入った。
ウイスキーやブランデーは高級品だと先に申告してあったので、ビールよりは控えめな量の注文だ。それでも各10本は購入するようで、支払額が心配になってくる。
ついでに子供たちが嬉々として飲んでいたジュースも評判で、こちらは酒が苦手なエルフたちが大量に注文してくれた。
「それと子供たちが、昨日食べさせてもらったお菓子をまた欲しいと言っておりまして……」
「ああ、いいですよ。どのお菓子かな。クッキーにキャンディ、チョコレート……」
実物がないと分かりにくいかと思い、マジックバッグに収納しておいた菓子を取り出してテーブルに並べていく。
さすがにラッピングは取り除いてある。クッキーは木皿にキャンディはガラスの瓶に詰め替えてある。
チョコレートだけは銀紙に包んだままだが、まぁ適当に誤魔化すつもりで。
見たこともない菓子類にサフェトと母親らしき女性が驚いている。
「まぁ、こんなの見たことがないわ」
「これは飴なのですか? こんなに綺麗な色の飴は初めて見ました」
カラフルなキャンディは見栄えがいいので、特に目を惹くのだろう。
「どうぞ、味を見てください。……そこの子も良かったら」
「え? ……まぁ、ミーシャ! 隠れてお客さまを見ていたの?」
ドアの影からそっと顔を覗かせたのは、五歳くらいの女の子だった。
肩の下くらいの長さの銀髪がさらりと揺れている。好奇心旺盛な瞳は綺麗な翡翠色で、エルフらしく整った容貌をしていた。
「クッキーは好き? 昨日も食べていたよね、たしか」
「…………」
恥ずかしそうに祖母のスカートの後ろに隠れて、こくりと頷いている。
昨夜、オレンジジュースを大喜びで飲んでいた女の子だ。
お気に入りらしいジュースを出して、手招きしてやると、おずおずと寄ってきた。
「はい、どうぞ。クッキーとチョコレートは食べた? このキャンディはお近付きの印にプレゼントしよう」
「良いのですか、トーマさん。甘味は高価でしょうに……」
「あー…ちょっとした伝手がありまして、安く大量に仕入れてあるんです。なので、ついでに菓子も買いませんか?」
にこりと笑って、すすめてみる。
日本が誇るコンビニお菓子だ。おそるおそる食べてみた三人がぱっと笑顔になった。
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