召喚勇者の餌として転生させられました

猫野美羽

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178. エルフの里 3

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 空が夕暮れの赤紫色に染まり始めた頃合から、歓迎の宴が開かれた。 
 家の中だと、里の民が入りきれないので、共同の炊事場周辺で飲み食いすることになった。
 各家から持ち寄った食料を調理が得意な人々が炊事場で料理する。
 炊事場内にあるテーブルとベンチでは足りなさそうだと考えていると、エルフの男性たちがテーブルやイスをどこからか運び込んできた。
 
「俺も出します」

 慌てて【アイテムボックス】からテーブルセットを取り出した。
 ポイントにまだ余裕もあるので、こっそりホームセンターで長机とベンチをいくつか購入して並べていく。
 暇そうなレイに手伝わせると、設置はあっという間に終わった。

 エルフの里の宴のメインは肉料理だ。
 おそらくはダンジョンでドロップした肉塊を大串に挿して、直火で焼いていく。
 焦げ付かないよう、表面を炙るように焼いているため、食べる際にはナイフで肉を削る必要があるようだ。
 
(シュラスコみたいだな。旨そう)

 ブラジル生まれの肉料理を連想した。
 塊肉はオークのようで、食欲をそそる匂いがたまらない。
 時間をかけてじっくりと焼き上げているため、余分な脂が地面に落ちて、肉の旨味が凝縮されているようだ。

 里長のサフェトが里秘蔵の酒樽を開けてくれ、皆に木製のカップが回される。
 なみなみと注がれたのは、ぶどう酒だ。

「稀なるお客人に」

 朗々とした美声でサフェトが乾杯の挨拶をすると、わっと歓声が上がった。
 大人はぶどう酒を、子供たちは果実水を美味しそうに口にしている。
 シェラとコテツには小皿に入れた果実水が出され、俺の手にはぶどう酒が渡された。
 先に「成人済みなので」と申告しておいたおかけで、堂々と酒が飲める。
 ぶどう酒からは濃厚な果実の香りがして、美味そうだ。エルフの里の秘蔵の酒ということで、否が応でも期待は膨らむ。
 さっそく、木の杯に口をつけたのだが──

「っ、んん?」

 酸味とえぐみがキツい。口に含んだ一口をどうにか飲みこんだ。
 酒精アルコールはかなり強いようで、飲み干したエルフたちは酩酊感を楽しんでいるようだ。

(どうしよう……。これは飲みにくい)

 酒は嫌いではないが、どちらかといえばビールや酎ハイなどの炭酸系が好みなのだ。
 ワインなどの果実酒の類は甘くて飲みやすいものばかり選んで飲んでいたので、エルフの酒は正直かなりキツかった。

(残すのは失礼だよな? せっかくの秘蔵酒なのに。……よし、こっそり炭酸で割ろう)

 皆がオーク肉料理に群がっている間に、隙を見て、ぶどう酒にサイダーを混ぜた。
 舐めてみると、甘くて飲みやすい。アルコールも薄まったようで、胸を撫で下ろす。
 そ知らぬ顔で炭酸割りのぶどう酒に舌鼓を打っていると、ニヤニヤと笑いながらレイが傍らに歩み寄ってきた。

「どうだ? エルフの酒の味は」
「……知っていたな、レイ」

 じろりと睨み付けると、くつくつと楽しそうに笑われた。

「まぁ、これはこれで味わい深い。トーマが馳走してくれる酒には到底敵わないが」
「何が言いたい?」
「つまり、商売のチャンスということだ」
「は? え、まさかエルフに酒を売り付けろってことか?」

 思わず声を荒げたところで、サフェトが近寄ってきた。

「おや。トーマさんはお酒を売ってくださるんですか? それはありがたい」

 にこにこと何の含みもない笑顔を向けられて、断れるわけもなく。
 
「お酒? 外のお酒は久しぶりだわ」
「たまには、ぶどう酒以外を飲みたいな」
「うふふ。楽しみだわー」

 里のエルフたちにも期待の眼差しを向けられて、トーマはため息を吐いた。

「分かりました。取ってくるので、少しお待ちを」

 さすがに、この場で【召喚魔法ネット通販】を使うわけにはいかないので、そう断って借りている家に急いで戻った。

「缶ビールは売れないな。瓶入りの酒にしよう。……エルフって炭酸飲めるよな?」

 コンビニではなく、ホームセンターで購入することにした。ホームセンターなら箱買いで安く購入ができる。
 エルフの里の住民は五十人ほど。そのうち子供たちが十五人。なら、三十五本は最低でも買っておけばいいか。
 三ダースほど箱買いした瓶ビールを【アイテムボックス】へ。

「ビールだけじゃつまらないから、他の酒も買うか。果実酒がいいな。お、これは色んな果実酒の詰め合わせか。いいかも」

 りんご、桃にいちご、みかんに梨、パイナップルとマンゴーもある。
 ざくろ酒にヤマモモ酒、ぶどうにマスカットと多彩な果実酒の詰め合わせは見ているだけでもワクワクしてきた。

「大人はコレでもいいけど、子供たちが飲むものがないな。ジュースも買っておこう」

 オレンジジュースとぶどうジュース、りんごジュースを買ってみた。
 百パーセント果汁の贅沢なやつだ。
 気に入ってくれるといいのだが。

「待てよ。あの、ぶどう酒。度数が高かったよな。ビールやリキュールじゃ物足りないか……?」

 念のために、ブランデーやウイスキーなども購入しておこう。赤ワイン、白ワイン、ロゼワインもお試しで。それほど高くなくて口当たりの良いものをチョイスした。
 口に合わなくても料理に使えるだろうし、何なら果汁で割ってカクテルにして楽しんでもいい。

「よし、行くか」

 念のためにショルダータイプのマジックバッグに中身を移して、持っていくことにした。


◆◇◆


 見たこともない文字が書かれたラベルを怪しまれるかと不安だったのだが、既に酔いが回っていたエルフたちは全く気にした様子もなく。

「なんですか、この酒は! とんでもない甘露ですな!」
「このシュワシュワした酒は最高です! お食事がすすみます」
「ワインがこんなに飲みやすいなんて! これまで私たちが飲んでいたのは、酸っぱい水ですわ!」

 大盛り上がりで、トーマが提供した酒を浴びるように飲んでいる。
 甘党は果実酒を絶賛し、肴と共に酒を楽しむ連中にはビールが人気を誇っていた。
 てっきり、さきほどのぶとう酒のように熟成されたお高いワイン系の味を好んでいるのかと思ったが、そういうわけではないらしい。

「エルフたちが作るのは、ぶとう酒と蜂蜜酒ミードだが、どちらも味は単調でな。異世界の酒とは比べようもない。絶対にエルフどもは虜になると思ったのだ」

 ドヤ顔で説明するレイの手にはウイスキー。ちゃっかり、ご相伴に預かっている。
 
「エルフって酒好きだったんだな……」

 ドワーフなら納得だが、霞を食って生きている風情の楚々としたエルフが瓶ビールをラッパ飲みしている姿を目撃することになろうとは。

「酒を好むが、あまり強くはないぞ。ドワーフとちがって」
「そっかー。じゃあ、飲み過ぎなくていいかもなー……」

 ちなみにエルフたちには、酒のほかに肴も提供してある。
 昼食後に場所を借りて作った、各種燻製だ。ゆで卵の燻製に、スモークチーズ、スモークサーモン。干し野菜や漬物も燻製にしてみた。ドライフルーツやナッツの燻製は物珍しいらしく、どれも人気だ。

「美味い! 匂いは独特だが、口に含むと旨味が凝縮されていてクセになるな」
「気に入ってくれたようで、良かったです」
「酒もすばらしい。ぜひ、買わせてほしい!」
「あ、はい。ありがとうございます。じゃあ、詳しい商談は明日にでも」
「おお、そうですな。では、明日に」

 穏やかな里長、サフェトがすっかり陽気なおじさんに変貌している。酒、こわい。
 酔っ払いと化した大人たちとは裏腹に、子供たちは大人しくジュースをくぴくぴと飲んでいる。
 肉料理を美味そうに食う様子が微笑ましい。
 コテツとシェラは酒よりも肉を求めていたので、子供たちのテーブルで宴を楽しんでいるようだ。

「皆、ジュースは口にあったか?」
「うん、おいしいよ。この、りんごの味がするやつが好き」

 金髪巻毛の天使が笑顔で教えてくれる。そうか、と目尻を下げていると、青みがかった銀髪の美幼女が「わたしはこれ! 甘くておいしいの」とぶどうのジュースを掲げて宣言した。

「ぼくは、このオレンジのやつが好きだな」
「どれもおいしいよ。お兄ちゃんはどれがすき?」

 美味しいジュースのおかげで子供たちとの距離が近くなった気がする。
 かわいいやら嬉しいやらで、つい財布の紐も緩むというもので。

「よし。お兄ちゃんがお菓子を奢ってあげよう!」
「お菓子!」
「食べたい!」
「ははっ。分かったから、落ち着いて」

 買い置きしていたお菓子を【アイテムボックス】から大放出だ。
 クッキーにキャンディ、チョコレート、スナック菓子。
 わあっと歓声をあげる子供たちにせっせと配ったところまでは覚えている。

 感謝の言葉を繰り返しながら、次々とぶどう酒を注ぎにくるエルフの皆さんを断りきれず、結構な量を飲み干すことになった俺は、翌日の昼過ぎに二日酔いの頭を抱えて呻くことになるが、大いに宴を楽しんだのだった。
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