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175. 案内したい場所
しおりを挟む大型の燻製器を購入してから、すっかり肉の加工にハマってしまった。
ベーコンやジャーキーを仕込むだけでなく、ソーセージ作りも楽しんでいる。
ホームセンターでは、大型家具店でも取り扱っていなかった業務用のミンサーや塊肉用のカッターなども売っており、見つけた瞬間、歓声を上げてしまった。
ソーセージメーカーも業務用の良い物があり、ホームセンターは侮れないとあらためて感心する。
「キャンプブームもあったからか、趣味系の道具の充実度がすごいな」
アウトドアグッズの大半を占める、野外調理用の道具類のラインナップが頼もしすぎる。
ポイント残高に余裕があるため、つい財布の紐が緩んでしまっているのは分かっていたが、実用品なので問題ない。
魔獣肉を使ったソーセージ作りは趣味と実益を兼ねている。皆に大絶賛されているので、買って良かった品のひとつだと思う。
「そういや、アイツらもホームセンターを褒めていたな」
【召喚魔法】に新しいショップが追加されたと報告した際には、ホームセンターだと聞いてガッカリしていたのだが。
「ホームウェアを送ったら、てのひら返したように褒めてきたよな。そんなに嬉しかったのか、服」
特に夏希にはものすごく感謝されてしまった。
女の子なので、特に服装にはこだわりがあるのだろう。もっと早く、真面目に相談に乗ってやれば良かったと反省した。
アウトドアブランドのホームウェアには俺もお世話になっている。
もっぱら、家の中でしか着ないけれど、やはり地球産の衣服の方が肌に合う。
目立たないように、と。何枚か、こちらの世界の服を買って腕を通してみたが、着心地はあまり良くなかった。
結局、人目の多い街を歩く際には日本製の衣服を身に纏ったまま、ダンジョンでドロップしたローブを羽織って誤魔化している。
ドロップアイテムなため、これも魔道具だ。温度調整が可能な装備なので、冬も夏もこれがあれば快適に過ごせる。
「ドロップアイテムと市場に出回ってる物の品質の差がエグいよな、異世界」
物が少なく、発展途上な世界のためにこの世界の創造神はダンジョンを与えて、資源や物資を出回らせているのだとか。
召喚勇者たちが快適に過ごせるように、トイレや携帯用の家、コンロなどを魔道具化してドロップさせているらしい。
ドロップアイテムである、それらの魔道具をお手本にして職人に作らせて普及させるのが狙いだとか。
何年計画になるのかは謎だが、魔道コンロは既に民間にもそこそこ出回っているらしい。
「この調子でどんどん便利な魔道具を増やしてもらわないとな」
従弟たちはもちろんだが、邪竜を封じた後の世界で生きていくこと確定の俺としては、快適な旅を楽しみたいのだ。
創造神にハイエルフへと転生させられたおかげで、とんでもなく長命になったようだし。
清潔で快適な異世界生活を楽しむためにも、魔道具職人の皆さまには期待している。
「ん、よし。半熟玉子の燻製は完成だな。スモークチーズも良い匂いだ」
早朝から、家の外で燻製作りに励んだおかけで、今日の朝食は豪華だ。
クロワッサンに燻製玉子とスモークチーズに生ハムを添える。生野菜サラダにはカリカリのベーコンチップを散らした。
スープは野菜たっぷりのポトフを夜のうちに仕込んである。具材のソーセージはオーク肉から作った自家製だ。
「ん、うまい。このソーセージも燻製にしたら旨そう」
最近は何でも燻製器に放り込む癖ができてしまった。
大森林内なので、木の実は豊富。
クルミなどのナッツ系はこれまで見向きもしなかったけれど、燻製ナッツの味を知ってからは、見かけるとせっせと採取するようになった。
「昼食はアイツらが送ってくれたサーモンをスモークするか」
刺身で食べても美味なサーモンを燻製にして食べるとは、なんて贅沢な。
だが、スモークサーモンは格別に美味しい。もっちりした食感が楽しめるのはもちろん、凝縮された旨味はそれだけで値千金と叫びたくなるほど、絶品だ。
レイなんて、スモークサーモンの一切れで缶ビール三本を空にしていた。
が、男共が気に入っている燻製が、紅一点のシェラはあまり得意ではないようで。
「んー……私は普通に焼いた方が美味しいと思います。なんだか、苦い…煙い? 不思議な味でちょっと苦手です」
「燻製はクセがあるからな。シェラはスクランブルエッグを食べればいい」
「はい! 肉厚なベーコンも美味しいです!」
笑顔でステーキにしたベーコンを切り分けて口に運んでいる。
従弟たちにも試しに送ってみたのだが、ナツとアキは気に入り、ハルはダメだったようだ。
燻製は味の好みがはっきりと分かれるのが面白いと思う。
スモークされた食材がすべて苦手かと思いきや、ジャーキーは好物なシェラのような特例もいるので、よく分からないが。
たぶんシェラは肉なら大抵のものが好きなのだと思う。ぶれない、肉食女子だ。
「このスモークチーズとやらも、面白い味をしているな。ねっとりと歯に絡みつくような食感も変わっている」
「お、レイはイケる口だな。スモークチーズで飲むのも結構楽しいぞ?」
「ふむ。なら、今夜は宴だ」
「ははっ。この少人数でパーティか? 微妙に寂しいな」
「……そうか? そうなのか。ならば……」
「ん?」
何やら考え込んだレイは放置して、朝食を堪能する。ナッツの燻製があるのなら、ドライフルーツもイケるのでは?
さっそく今夜にでも試してみよう。
◆◇◆
朝食を終え、身支度を整えると出発だ。
シェラは白銀色のカラスに姿を変え、コテツは定位置の肩の上に座り、レイはチビドラゴンに変化する。
「じゃあ、いつもみたく昼飯時の合流でいいか?」
念入りにストレッチをしながら、何の気なしにレイに尋ねる。
そうだ、といういつもの返事を想定していたが、チビドラゴンは首を横に振った。
『いや、今日は共に行く。お前たちに案内したい場所がある』
「案内したい場所? 何があるんだ?」
『ふ……行ったら分かる』
小さく笑うと、チビドラゴンは空高く舞い上がった。その後を白銀色のカラスが追う。
「あっ、こら! 置いて行くなっての!」
慌てて二階建てのコテージを【アイテムボックス】に収納し、空を飛ぶ二人を追い掛ける。
翼あるものたちは何の障害物もない空を真っ直ぐ飛ぶことができるが、あいにくこっちは地を這う二足歩行だ。
木々の合間を駆け抜け、たまに出くわす魔獣を倒しつつ、二人を追い掛ける。
気を遣ってくれているようで、遅れると周辺を旋回して待ってくれた。
「その気遣い、別の方向に働かせてもいいんじゃないか……ッ?」
さすがに肩で息をしつつ、恨みごとを口にしてしまう。
元のドラゴン姿で、その案内したい場所まで乗せていってくれれば、すぐだろうに。
『己の力で試練を乗り越えなければ、入れぬ場所なのだ』
なんだそれ。
気に食わないが、どんな場所なのかは気になるので、黙々と二人の後を追った。
そうして約三時間ほど。休みなしで駆けて辿り着いたのは、ぽかりと森が開けた場所で──そこには集落らしき人工物がぽつぽつと建っていた。
「……ここが、レイが案内したかった場所?」
「ああ、そうだ。私が用があるのは、この先のダンジョンだが、せっかくだからトーマを紹介しておこうかと思ってな」
チビドラゴンから人型に姿を変じたレイが意味ありげに笑う。
空から舞い降りてきたシェラのために、腕を差し出す。上手に着地したカラスの頬を指先でそっと撫でて労ると、キュアと甘えた声音で鳴かれた。
肩に乗っていたコテツは好奇心に瞳を輝かせながら、地面に降り立った。
すん、と鼻を鳴らしながら周囲を見渡している。
その集落はとても静かだった。
魔獣や魔物が多く棲息する大森林とは思えないほど静謐で、空気も爽やかだ。
(? 息が、しやすいような)
不思議な感覚に戸惑いながら、辺りを伺う。木造のコテージ風の建物が数十軒ほど。人の姿は見えないが、家の中には誰かがいる気配がした。
てっきり、こんな場所に住む物好きは血気盛んな獣人かと思いきや。
「おや。これは珍しい。お久しぶりですね、神獣さま」
ひときわ大きなコテージから現れた男性が、レイを目にして微笑んだ。
すらりとした長身に柔らかな金髪。深い森と同じ、澄んだ緑の目をした美しい男性はエルフだった。
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