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163. ホームセンター 1
しおりを挟むぺちぺちぺち。優しく、だが容赦なく頬を誰かに叩かれている。
柔らかな肉球の感触から、愛猫であることは分かったが、いつもと違って起き上がるのが辛い。
(これはアレだ……久しぶりの筋肉痛)
何でだ、とぼんやり考えて。
そういえば、昨日はダンジョンで魔族の女と戦ったことを思い出す。
転生してから、一番ハードな一日だった。
一晩ぐっすりと眠ったはずなのに、疲労が取れていないのだ。
疲れはもちろん、節々が痛い。そして何よりも眠くて仕方ないのだが──
「にゃーん」
可愛い子猫が容赦なく起こそうとしてくるのだ。
お腹が空いたよ、ご飯ー! などと、にゃあにゃあ切なく訴えてくるのだ。
そうして、ざらりとした舌で顔を舐めてくるのだから堪らない。嬉しいけれど、これが地味に痛いのだ。
「…っ、かった…分かったから、起きるよ……」
「ニャッ」
気怠い体をどうにか動かし、起き上がる。
筋肉が悲鳴を上げているのが分かるが、ここで治癒魔法を使えば、せっかく負荷が掛かって鍛えられた筋肉が台無しになりそうなので、我慢する。
(筋肉痛は動けば治る!)
快適なベッドから、どうにか起き上がると、もそもそと普段着に着替えた。
素足にスリッパを引っ掛けるようにして、欠伸をしながらキッチンへ向かう。
「あ、おはようございます、トーマさん!」
「おー……朝から元気だな……はよ」
ダイニングテーブルで菓子パンを頬張っていたシェラに挨拶された。
朝食を我慢できずに、以前に渡してあった菓子パンを食べていたのだろう。
「悪いな。起きるのが遅くなって」
「あれだけ働いて、疲れない方がおかしいですよ。気にしていません」
「さすがに今日は疲れているから、何もしたくない気分だけど……」
そういうわけにもいかない。
何せ、アンハイムダンジョンでドロップしたアイテムを売り捌きに冒険者ギルドへ向かう、大切な用事があるのだ。
それに、お腹を空かせた二人と一匹をどうにかしないといけない。
「シェラは菓子パンを食ったんだよな? レイは……」
「コーヒーを飲んで、空腹を誤魔化している」
真顔で胸を張るイケメンが鬱陶しい。
「いや、お前。飯は食わなくても平気だろ。単なる嗜好品って言っていたくせに」
「そうだったんだが、異世界の……トーマの作る飯は美味い。一度味わうと、我慢するのは困難だ」
「褒めても朝食しか出さないからな」
褒め言葉には弱いので、いそいそとキッチンへ向かう俺。
シェラがずるいです、と嘆いている。
「菓子パンは食べましたけど、全然足りないですぅぅ」
獣化すると腹が減るのだとは聞いていたが、昨夜しこたま食った姿を俺は覚えている。
コイツらの胃はブラックホールなのか。
「分かった分かった。コテツのリクエストもあるし、皆の分を用意するよ」
小腹を満たせるために、コンビニショップで購入したシリアル食品を皿に盛り付けてやる。
コーンフレークにフルーツが入ったグラノーラと牛乳。
コテツが大喜びでグラノーラに食い付いた。カリカリみたいで美味しい、と上機嫌で食べている。
シェラとレイもそれぞれ好みのシリアルを牛乳でふやかして食べ始めた。
その間に、朝食を作る。
パンケーキを今から作るのは面倒なので、クロワッサンをコンビニショップから買ってバスケットに山盛りにしておく。
あとはひたすら、ベーコンに卵、スライスしたジャガイモなどを焼いていった。
成形だけしておいたオーク肉のハンバーグも蒸し焼きにする。
サラダは千切ったレタスとスライスしたトマトだけ。野菜があるだけ上等だ。
スープはインスタントのコーンポタージュ。ほんのり甘くて、皆大好きなスープです。
取り分けるのも面倒だったので、大皿に盛り付けて各自で食べることにした。
「ニャウニャウ」
さっそくオーク肉ハンバーグを頬張るコテツ。
シェラとレイもシリアルはとっくに完食していたようで、クロワッサンと朝からガッツリ系のおかずを満喫している。
「平和だなぁ……」
コーンポタージュを啜りながら、ほうっと息を吐く。
ダイニングの窓から眺める、アンハイムの街は平穏そのもの。
前日までダンジョン氾濫の危機に陥っていた土地とは思えないほど、長閑な様子に苦笑する。
「トーマよ。今日はギルドに行く予定だったな?」
「ああ、せっかくの稼ぎ時だからな」
「いくらになるんでしょうねー?」
シェラも嬉しそうだ。
レイの方は、稼ぎよりも別のことが気になっているようで。もどかしそうな様子に、ぷはっと笑ってしまう。
「焦らすつもりか、トーマ」
「いや、そんなことはないって。帰ってきたら、一緒に確認しよう」
「……約束だぞ?」
デカい図体のイケメンが拗ねた口調で念押ししてくる。
妙なところで愛嬌のあるドラゴンだ。
「何を確認するんです?」
首を捻るシェラに、【召喚魔法】で異世界から購入できる店が増えるのだと説明する。
「ホームセンターが追加されたんだ」
「……そこでは、美味しい食べ物が買えるんです?」
「えっ、食べ物……? どうかな。ホームセンターにもよるけど、多分コンビニの方が美味しい物はあると思う」
「なぁんだ。じゃあ、私はお部屋で休んでいますね」
「えー……」
あっさりと振られてしまった。
ホームセンターによっては、テナントが入り、フードコートのようなお食事処があるのだが、あまり期待はしないでおく。
取り扱っている品の中に、缶詰や無洗米や飲み物などはありそうだが。
「まぁ、それは帰ってからのお楽しみだな。とっとと売り払ってこよう」
「そうだな。トーマが倒した魔物や魔獣素材はポイントにして、残りを買い取ってもらえば良い」
一応、心惹かれる魔道具や魔法武器などは自分たち用に避けてあるので、魔石や素材は全て手放すつもりだ。
もちろん、美味しいお肉はその限りではない。しっかり【アイテムボックス】に確保してある。
「便利な『家』があるから、宿に泊まることもないし、必要ないと思っていたけど。今回みたいに長期滞在する場合には、土地を借りるためにも現金は大事だな」
「うむ。安心できる拠点があるのは良いことだと思うぞ。特にこの家は清潔で快適だ」
土地の賃貸料はもちろん、旅先の楽しみである名物料理も食べてみたいし、珍しいお土産も買っておきたい。
うん、お金も大事だな。
精々良い値段で買い取ってもらえるよう、交渉を頑張ろうと思う。
◆◇◆
そんなわけで、溜まりに溜まったドロップアイテムを冒険者ギルドで換金し、ほくほくしながら帰宅しました。
想像以上の高値で引き取ってもらえたので、二人とも機嫌が良い。
一人だと怪しまれそうなので、高ランク冒険者であはりレイと一緒にギルドへ向かって、本当に良かったと胸を撫で下ろした。
彼ならば、このくらいは余裕で倒せる! 冒険者ギルドのマスターの鶴の一言で、変に疑われることなく、素材を全て買い取ってもらえたのだ。
「さすがだな、レイ。おかげで手続きも早めてもらえてラッキーだった」
「うむ。冒険者のランクとやらも、たまには役に立つ」
二度寝を楽しんでいるシェラとコテツは起こさずに、帰宅した二人はさっそく【召喚魔法】を確認することにした。
「ホームセンターのショップ……あった、これだな」
ショップを開くと、通販用の画面が開く。項目ごとに検索ができるようだ。
「おお、カテゴリが多い……!」
ガーデニング用具、農業関係。
DIYと一括りにされている項目には木材や金物、建材に工具類、塗料や補修用品など多岐にわたっている。
レジャー用品にはアウトドアグッズやキャンプ用品の他にも、なんと自転車まで扱っていた。
残念ながら、バイクや軽トラは売っていなかったが、マウンテンバイクはありがたい。
「ペット用品が充実しているから、コテツも喜んでくれそうだな」
特に猫用オヤツやオモチャを気に入りそうだ。
暮らし関係の物は大型家具店とかぶっていたが、ホームセンターらしくワークウェアは充実している。
「ふむ。シェラが熱望していた食品類はないのだな?」
「んーと……いや、少しはあるな。キャンプ飯のレトルトとか。結構、美味そうだぞ」
コンビニとはまた違った品揃えなので、意外と楽しめそうだと思う。
何より、キャンプ飯は野外での食事の際に簡単で便利なのがいい。
「米も売っているな。コンビニより断然安い。これは買いだな。大袋の菓子や飲み物も結構ある。酒もあるぞ」
種類は少ないが、カップ麺もコンビニより安い。
「あと、防災用品コーナーでも食品を扱っているみたいだ。フリーズドライの非常食セットや缶詰のパン。ちょっと試してみたくなるな、これ」
何せ、今は倒した魔族の魔石のおかげで、1億ポイント以上あるのだ。
気になる品を片っ端から購入しても、懐に余裕がある。
「うむ。良い考えだな。私も興味があるから試してみたい」
好奇心旺盛なドラゴンの後押しもあり、俺は笑顔で大量の商品をカートに突っ込んだ。
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