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152. アラクネ戦
しおりを挟むセーフティエリアには、魔獣や魔物から人の気配を隠す効果があるのだと聞いた。
ダンジョン内での安全区域では、どうやら彼らには『見えない』上に『認識できなくなる』らしい。
その上、魔物たちにとっては忌避すべき魔除けの結界が張られているため、窮地に陥った冒険者たちが駆け込める、唯一の聖域だったのだ。
それが、今では──
「気を付けろ。アラクネどもは狂乱状態だ。ダンジョンボスに成り代わっている者に命じられ、我を失っている」
人型の冒険者スタイルに変化したレイが淡々と言う。
「命じられたら、セーフティエリアも無視して突っ込んでくるのか?」
「そう、今の彼奴等にはセーフティエリアが『見えなく』なっており、『認識できていない』。そのため、己の身をすり潰しながらも進行を止めないのだ」
グガ、ギギギ。
鳴き声らしき音を立てながら、押し寄せてくる黒い奔流のようなアラクネ。
そいつらに向けて、セーフティエリア内からひたすら魔法を放った。
白銀の鳥に変化したシェラが風魔法の竜巻を起こし、アラクネを空高く跳ね上げる。
コテツは水の刃をアラクネの大群に放ち、十匹近く細切れにした。
狂乱した相手に火魔法は使えない。
平原や森林に延焼を起こす可能性が高い。火達磨になりながらも、アラクネたちは命を落とすまで、こちらに押し寄せてこようとするだろう。
アラクネのようなランクの高い魔獣は倒しにくい。
上半身の人型部分はまだ攻撃が通りやすいが、下半身の蜘蛛がそれを邪魔する。
頑丈な体躯と、八本の長く器用な脚がまるで漆黒の甲冑のように上半身を守るのだ。
粘着性の糸を放ってくるのも厄介だ。
絡め取られたら、逃げ出すことは難しい。
幸い、可燃性の糸なため、飛んでくる糸や矢を焼くのはレイに任せておいた。
(セーフティエリアがどれだけの間、保つのか。結界が壊される前に終わらせたい)
魔の山ダンジョンでドロップした、魔道武器を使ってアラクネを削っていく。
魔力を尽きない矢に替えて放つことのできる魔法の弓。これに光魔法を付与して、五本同時に放つのだ。
幸い、固まって移動しているため、光の矢で十匹近くは仕留めることが可能。
直接、魔法を放つこともできるが、魔道武器は少しの魔力で同威力の攻撃が可能なため、省エネ目的で使っている。
(この階層のアラクネを倒したとしても、まだ下層がある。そこでも狂乱状態の魔物がいるかもしれないから、ここで力尽きるわけにはいかない)
見上げるような長身で恵まれた体型の美丈夫に姿を変えたレイをほんの少し、恨めしそうに見やる。
(誰かさんがドラゴンブレスを放ってくれたら、それだけで収束するのに)
だが、それは当人に断られている。
創造神と破壊神の代理戦争に、中立の立場である黄金竜は介入ができない。
人の叡智の結晶──美味しい食事に心躍る文化にどっぷりとハマらせて、どうにか人寄りになるようグレーな立ち回りをお願いできていたが、今回は難しい。
「目撃者がいるからな」
それが理由らしい。
この場にいるのがレイ一人なら、とっととドラゴンに戻り、最下層の魔族をブレスで焼いて終わりだったと聞いて、膝から崩れ落ちそうになったのは内緒だ。
ならば、今からでもシェラとコテツを連れてダンジョンから離脱を、と考えたが、目撃されているため、それもアウトで。
仕方なく、真正面から対峙している。
冒険者としてならば手助けは可能とのことで、自慢の大剣に炎を宿してアラクネが放つ蜘蛛の糸を防いでもらっていた。
「……まぁ、本来なら召喚勇者たちの仕事だし、仕方ないか」
なにせ、これでもアイツらの不肖の従兄なのだ。
半分ほど、せっせとアラクネの群れを削ったところでポーション休憩。
ついでにカロリーバーをかじって魔力の回復と空腹を満たしていく。
「ハイオークの集落を潰した、アレをやるぞ」
シェラとコテツに耳打ちする。
こそっと鑑定したところ、魔力はまだ大丈夫そうだ。
『分かりました。ひときわ大きな竜巻を作ります!』
「ニャッ」
巨大な竜巻がアラクネたちの頭上に発生する。そこにコテツの精霊魔法が加わり、激しいブリザードへ変化した。
地響きのような低く恐ろしい音を立てながらアラクネたちを翻弄していく。
そこへ雷を発生させれば、複合魔法の完成だ。狙いをつけて、指パッチン。
今回は静電気ではなく、雷そのものを天から落とすことができた。
神鳴り。天からの神罰のように、容赦なく地に落とされる雷により、アラクネの群れは殲滅された。
「ほう。雷魔法を操れるようになったのか」
感心したように呟くレイのおかげで、俺たちは全員無傷で助かった。
セーフティエリアを覆うように、レイが張った強力な結界のおかげで、雷の余波を防げたのだ。
魔力をごっそり使い、地面に倒れ込みながらニヤリと笑う。
「おう。ハイオークキングの集落を潰す際に静電気から雷を起こしただろ? あの後、ステータスを確認したら、雷魔法を覚えてた」
指パッチンは必須だが、強力な攻撃魔法を手に入れることができたのだ。使う魔力は膨大だが、素直に嬉しい。
(たぶん、創造神が手を貸してくれたんだろうけど……)
もしかして、今回のアンハイムダンジョンの騒動に気付いていたのだろうか。
(俺に、勇者の代わりに働けってことか? まぁ、帝国行きの船旅中のアイツらを呼び寄せるわけにもいかないから仕方ないけど)
雷魔法は強力だが、ハイエルフの豊富な魔力量を持ってしてもごっそりと魔力を消費する。
まさか、半分も持っていかれるとは思わなかった。
「疲れた。あと、腹がへった。アラクネのドロップアイテムを拾う元気もない」
地面に大の字でひっくり返った俺の腹の上には、同じく疲労困憊したコテツが丸まっている。白銀色のカラスもだらしなく翼を広げて地面に腹を付けていた。
『私もお腹がすきました……目が回ります…』
「みぅ……」
コテツの鳴き声も、まるで赤ちゃん猫のように弱々しい。
腕組みをして、一人平気な顔で立っている美貌の男を上目遣いで見上げた。
あざと可愛い、をこっそり教え込んでおいた鳥と猫がうるうるした瞳でレイを見詰める。
怯んでいる。よし、もうひと推し。
「あー…これだけの量のアイテムなら、ポイントもいっぱいもらえそうなのになー……」
棒口調。わざとらし過ぎたか。
だが、レイはぴくりと指先を揺らした。
「……仕方ない。私が集めてやろう」
やった!
心の中で拳を握り込んでいると、何やら呟いたレイの目前にドロップアイテムの山が築かれた。
「は? はぁ⁉︎ 今のナニ??」
「精霊魔法だ。精霊たちに頼んで代わりに集めてもらった」
「なにそれ便利……ッ!」
そんな方法が、とコテツも目を丸くしている。ほんと、それ。ぜひとも、覚えてほしい魔法です。
「魔石と蜘蛛の糸。ほう、これは上質のアラクネシルクだな。おそらく、高ポイントになるぞ」
「マジか! うん、魔石もシルクもざっくざくだな」
あれから数が増えて、七百匹近くいたようだ。中にはフロアボスもいたようで、ドロップアイテムの中には宝箱や魔道具も混じっていた。素晴らしい。
アイテムの確認や選別は後から行うことにして、とりあえずは──
「飯を食おう。死にそうに腹がへっている」
セーフティエリアの結界はどうにか保ってくれたが、少し頼りない。
久しぶりに創造神に祝福された、結界付きのキャンプ道具を出すことにした。
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更新が遅くなりました。
拍手いつもありがとうございます!
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