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149. 浄化の杖
しおりを挟む「そうだ。コレはシェラにやるよ」
そう言って、何でもない物のようにホイっとトーマさんから手渡されたのは、木製のシンプルな杖。
白茶けた色合いの杖は、よく見ると繊細な装飾が施されている。
確か、コレはハイオークキングを倒した際にドロップした魔道具だ。
「良いんですか? 魔道具なら、ギルドの買取額もポイントも高いんじゃ……」
「まぁ、希少ではあるけど。それはシェラが使ってくれた方が俺は嬉しいな」
「あ、ありがとうございます……!」
ハイオークキングからドロップした、他の魔道具や装飾品の類はギルドに売り払っていたが、これはシェラの分の取り分とのことで、ありがたく受け取った。
「ちなみに、それは『浄化の杖』な。俺やコテツが使っている生活魔法、浄化に似た魔法が使える杖だ」
「浄化の杖……!」
それって、物凄く貴重な物なのでは?
少し不安になったけれど、彼は笑顔で使い方を教えてくれた。
「浄化と名付けられた、この聖なる杖だけど。実は洗浄と解呪の力がある。洗浄は俺たちが汚れを落とす際に使う浄化と似たようなものだな、うん」
「生活魔法……」
あると便利だから、という理由で【生活魔法】は何度も教えてもらっているが、あいにくシェラには素質がないようで。
簡単な着火の魔法さえ使うことができなかったのだ。
それが、この杖があれば【生活魔法】でも特に難しいと言われている洗浄が使えるようになるとは。
「浄化と呼び方が違うんですね」
「ああ、それなー。聖職者とかにバレたら叱られそうだけど……」
「はい?」
「実は、浄化って汚れを落として綺麗にする魔法じゃなくて、本来は魔素が濃くなり過ぎて瘴気に犯された地を浄化させるための魔法みたいなんだよな……」
「え……っ」
あまりの衝撃的な発言にシェラは固まってしまった。
「でも、トーマさんとかてっちゃんはその、普通に汚れを落とす魔法として使っていますよね……?」
「うん。だってピカピカになるし……」
「…………」
「えっと、そう! そういう場合こそ洗浄なんだってさ。そう唱えながら魔力を込めると、綺麗にしたい場所が新品同様にピカピカになる」
「ふわぁー……すごいです」
さっそく使ってみたのだが、確かに浄化と同じく、肌がピカピカになった。
着ていた服も洗濯いらず、だ。
「すごい! 私でも使えました!」
「ん、良かったな。あと、この浄化の杖は呪いを解くこともできるみたいだ。便利だよな」
「……それはもう本当に聖なる何とか、的な魔道具なのでは?」
お風呂代わりに便利に使っても良い代物なのでしょうか。
「便利だから良いと思う。シェラだって、男の俺に毎日、浄化魔法を掛けられるのは嫌じゃないか?」
真顔で尋ねられたので、つい頷いてしまった。だろぉ? と嬉しそうな笑顔を向けられて戸惑う。
(ごめんなさい。実は特に嫌じゃなかったです。何なら、水浴びの手間がなくてラッキーとしか思っていませんでした……)
何せ、細々と世話を焼いてくれるトーマさんは、実の母親よりもよほど優しく、面倒見が良かったので、素直に甘えてしまっていた。
彼がシェラに掛けてくれる浄化魔法は温かくて、とても心地が良い。
暗い気分でいても、不思議と心が軽くなった。
(でも、ずっと面倒なことをお願いしていたらダメですよね? ちゃんと親離れができるように、私も自分のことは自分でしないと!)
シェラのことを妹扱いしているトーマだが、実は「おかあさん」扱いされていることは内緒です。
優しくて綺麗で、美味しいご飯を作ってくれる。
シェラがダメなことをするとちゃんと叱ってくれるし、マナーにはそこそこ厳しい。
うん、お母さんだよね?
ともあれ、せっかくの『分け前』なので、大事に使うことにした。
多分コレ、光魔法とか聖魔法が込められている気がするので、対魔族戦では役に立つと思う。
(幻獣になったら、瘴気を浄化する必要があるってレイさまに聞いたし、確かにこれは私には必要だよね)
まだまだ、卵の殻をお尻に引っ付けたままの幻獣のひよこだけど、勇者の──ひいては、トーマのためになるならば、頑張って浄化の旅に出るつもりだ。
弱々しい小鳥から、素早く飛べて風魔法を全身に纏うことができる美しい鳥へと進化できたことだし、今のシェラはやる気に溢れていた。
(進化した姿もトーマさんに可愛いって褒めてもらえたし!)
えへへ、とニヤけていると、夕食の時間だと呼ばれた。
「はーい! 今、行きます!」
今日の夕食はダンジョンで狩ったワイバーン肉のステーキだ。
大森林の集落に住んでいた頃にはボアさえ狩れなかった自分が、まさか空の暴君──亜竜であるワイバーンを単独で仕留めることが出来るなんて、思いもしなかった。
ウキウキとスキップしながら、ダイニングに向かう。
テーブルには既に黄金竜のレイと猫の妖精であるコテツが席について、今か今かと料理を待ち侘びていた。
「いい匂いがします!」
すん、と胸いっぱいに空気を吸い込む。
お肉の焼ける、素晴らしい匂いにお腹がきゅう、と切なく鳴いた。
大急ぎで席に着き、わくわくしながらキッチンに立つトーマを見守る。
「ほい。ワイバーン肉のステーキだ。シャリアピンソースで食ってみてくれ」
「しゃりぴあん……?」
「シャリアピンソース、な。玉ねぎの甘みと赤ワインのコクがワイバーンの赤身肉には合うと思う」
「うむ。美味そうだ」
すん、と匂いを嗅ぐと確かに美味しそうなソースだと思う。赤ワインと玉ねぎの他に、ガーリックと醤油の香りもする。
「パンも合いそうだけど、今夜は白飯で食おう。これ、ステーキ丼にしても多分美味いと思うぞ」
「ああ、それは食べてみたいな。ワイバーン肉の在庫はまだあるのだろう?」
「ん、幾つか売り払ったけど、まだまだあるぞ。明日の弁当はローストワイバーンのサンドイッチにしよう」
「ふわぁ…!」
ローストワイバーン!
あの、柔らかい赤身肉料理だ。絶妙な火加減で柔らかくジューシーに仕上げられた、とっても美味しい肉料理。
あれをワイバーン肉でも作ってくれるとは。
「トーマさま……」
「やめろ、それ」
「女神さま?」
「いや、ほんとやめてソレ?」
感謝の祈りはスルーされたので、そのまま本日の糧へのお祈りにした。
「いただきます!」
さっそくナイフとフォークでステーキに挑んだ。
ローストビーフほどではないが、切り分けたワイバーン肉は綺麗な赤身が見えている。
まるでバターを切ったかのように、するすると肉にナイフが沈んでいく。
別添えの小さめの皿に入ったソースに切り分けた肉をちょん、と付けてみた。
うん、美味しそう。
良いお肉にソースを付けすぎるのはもったいない、と教えてくれたのはトーマさんだ。
せっかくのお肉の味が、ソースのそれに塗り替えられたらもったいないだろ。
それは、そう。とても納得したので、ソースはちょん、がベスト。
お刺身に付ける醤油もちょん、がお約束です。
「んんっ」
はくり、と肉を口に含む。
じゅわっと口の中に広がる肉汁に溺れそう。美味しい。濃厚な肉の味を、赤ワインと玉ねぎから作られたというソースが更に引き立ててくれている。
シェラは夢中でワイバーン肉のステーキを食べた。
肉とご飯を交互に食べる。これは止まらない。
「美味しいです! ワイバーン肉!」
「ああ。素晴らしいな。これは明日にもまた狩りに行かねばなるまい」
「またかよ。いいけど、先に進まないなー」
ちょっと呆れられてしまったけれど、トーマさんも夢中で食べていたこと、知っていますよ?
ともあれ、明日はまた楽しいワイバーン狩りができるのだ。
シェラは笑顔で空の皿をおかあさんに差し出した。
「おかわり!」
◆◆◆
更新が遅れました。すみません!
確定申告終わりましたー!
_:(´ `」 ∠):_
◆◆◆
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