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146. 〈バレンタインSS〉 夏希のトリュフチョコレート
しおりを挟むもうすぐバレンタインだ。
スマホの待ち受け画面を睨みながら、夏希は腕組みする。
異世界に転移させられてからも、何故だか使えるスマートフォン。
待ち受け画面に表示される日付けは日本でのカレンダーだった。
ゴールデンウィークの初日に召喚されて、もう十ヶ月も経っているのか。
電波が無いため、ネットも通信もできないスマホだが、神さま仕様で充電不要となっている。
おまけに召喚された兄と従兄たちとは、神さまネットワークとやらで連絡が取れるようになっていた。
それは、この世界を救う勇者として召喚された夏希たちの巻き添えを喰らった従兄──冬馬とも、だ。
これに関しては感謝しているが、その肝心の従兄は召喚の際に命を落としてしまい、今は新しい肉体に転生している。
かの従兄は元々、顔面偏差値は高い方で、飄々とした性格とは裏腹に面倒見がとても良かった。
おかげで、年下女子からの人気が凄まじく、夏希はとても苦労していたのだ。
(なのに、まさかハイエルフに転生するなんて!)
美女と名高い母親似の彼が、さらに美形度を上げてしまったのだ。
この異世界でも、また彼に寄ってくる虫を追い払わないといけないではないか。
「本当なら、ずっと側で見守りたいところだけど……」
創造神に願いを叶えてもらうためには、邪竜を封印しなければならない。
残念だが、もう少し時間は掛かりそうだった。
大手を振って彼と過ごせるように、今はまだ力を蓄えるべき時なのだ。
「そのためにも、細かなアプローチは大事」
決戦の日は、明日。
今夜のうちに、冬馬に渡すチョコレートを用意しなければ。
◆◇◆
調理が苦手な夏希が作れるレシピは少ない。
小学生の中学年までは市販のチョコレートを買っていた。
高学年ともなれば、手作りに挑戦するようになったが、スポーツは得意でも家庭科は苦手な彼女にはハードルが高かった。
「そんな私でもどうにか作れたレシピ。溶かして固めただけの中学時代から、これでも成長したんだから……!」
溶かしてアルミホイルに流し込んだチョコにアラザンやトッピング用のカラフルなシュガーを散らして固めたチョコレートを、冬馬はちゃんと受け取ってくれた。
お返しは手作りのチョコクッキー。市販の物と変わらないくらいに美味しかった。
大物を作ろうと奮起した年は失敗した。
本命チョコだとすぐに分かるように、大きなハート型のチョコレートを渡したくて、大量の板チョコを溶かして固めたのだが。
「……生クリームを入れなかったから、ガチガチに硬くなっていたのよね」
知らずに口にした冬馬の歯はほんの少し、欠けてしまった。
涙目で謝る夏希の頭を撫でて、硬かったけど美味しかったと慰めてくれたことを今でも覚えている。優しい。だいすき。
(おかげで、二度と忘れないで済むわ。手作りチョコレートには生クリームが必要。今度こそ美味しいチョコを!)
そうして辿り着いたレシピが、チョコレートトリュフだった。
調理に必要な材料はたった三つ。
ミルクチョコレートと生クリーム、ココアパウダー。
手順も簡単だ。
「耐熱ボウルにミルクチョコレートを刻んで入れておく。鍋に生クリームを入れて、沸騰直前まで温めたものを、チョコ入りの耐熱ボウルに入れて……混ぜる!」
エプロンを身に付けて、真剣な表情でキッチンにこもる夏希を、兄と従兄はサムズアップで応援してくれた。
ちょっとイラッとしたのは内緒だ。
ちなみに材料は全て、冬馬から手に入れた物だ。
本当は自力で手に入れたかったが、唯一ダンジョン内で採取できたのはカカオの実だけで。
加工法なんて知るわけもない女子高生は床に膝を付いてしまった。
潔く諦めて、カカオを売ったお金でチョコレートや生クリーム、ココアパウダーを買ってもらった。
「本当に大事なのは、気持ちだから」
この気持ちだけは誰にも負けない。
耐熱ボウルを抱えて、丁寧に生クリームとチョコレートを混ぜていく。
美味しくなりますように、と呟きながら。
「綺麗に混ざったら、冷蔵庫で三十分冷やす」
魔道冷蔵庫の奥に慎重にボウルを仕舞う。
冷やしている間にキッチンを片付けた。元の世界では面倒でも丁寧に洗っていたが、今は便利な生活魔法が使える。
「浄化魔法」
少しの魔力で、キッチンは使用前と同じくらいにピカピカになる。
「あ、ラッピングの準備もしておかなきゃ」
さすがにラッピング材料まで冬馬に注文するのは気が引けたので、チョコレートトリュフを詰めるための箱は自力で用意した。
雑貨屋で見つけた、宝石箱にクッキングシートを敷いて、そこに入れるつもりだ。
銀で飾られた宝石箱には青い石が埋め込まれていた。それが、冬馬の瞳の色と同じで、一目で気に入ったのだ。
スマホのアラームが鳴る。
魔道冷蔵庫から取り出した耐熱ボウルの中身はちょうど良い頃合だ。
「あとは、簡単。スプーンですくって、てのひらで一口サイズに丸めて、ココアパウダーをまぶすだけ!」
簡単かつ、それなりに見栄えが良くて美味しくできるのが、チョコレートトリュフなのだ。素晴らしい。
一心に捏ねて丸めて、大きめのバットに並べていく。たくさん作って、綺麗な形のものを冬馬に送るのだ。
せっせと形を整えると、ココアパウダーをまんべんなく、まぶしていく。
「よし、完成!」
真剣に選り分けた、形の良いトリュフを宝箱に詰め込んで、綺麗なリボンを結べば完成だ。
「我ながら、良い出来栄えじゃない?」
嬉しくて、つい写真を撮ってしまう。
そうこうしていると、春人と秋生がキッチンへやって来た。
「お、できたのか、ナツ」
「今回は成功したのか」
「二人とも失礼」
きっと睨み付けると、ごめんごめんと軽く謝られた。
まぁ、許してあげよう。
今日の夏希は機嫌が良いのだ。
「お、14日になったぞ。日本じゃバレンタインかぁ……」
感慨深そうに呟く兄を、秋生が揶揄う。
「ハル、チョコを貰えなくて残念だな」
「そういうアキこそ、毎年大量に貰っていたじゃねーか」
「……そういえば、二人とも女子には人気だったか。でも、手作りのチョコは食べていなかったよね?」
ふと思った疑問を口にすると、二人とも顔を見合わせて苦笑する。
「あー……手作りはなぁ……」
「無理だな。よほど親しくて信用できる相手でないと」
「潔癖症のアキなら分かるけど、ハル兄さんも?」
意外に思っていると、ため息を吐かれた。
「全員がそうじゃないって知っているけどな。手作りは何が入っているか、分からないから無理」
「何って、チョコでしょ?」
「俺が貰ったチョコレートには髪の毛が入っていた」
「え……」
ぼそりと呟く秋生に、ぎょっとする。
慌てて兄の方へ視線を向けると、大きく頷かれた。
「俺は爪が入ってた。ちなみにトーマ兄へのプレゼントには血が入っていたみたい」
「なにそれ! 気持ち悪い!」
「だろ? 恋が叶うおまじないだか知らないけど、食い物に異物混入は勘弁してほしいよなー」
「知らなかった……」
「まぁ、一部の女子だけどな。でも、そのおかげで手作りチョコにはトラウマがある」
「…………」
それは仕方ない。夏希でも無理だ。
「そうなんだ……。乙女心を無碍にする冷たい男だと思ってた」
「妹が辛辣」
「まぁ、普通は考えないからな。仕方ないだろう。ナツの周囲にそんな女がいなくて良かったと思おう」
「……そうだね。私の周りの子は友チョコも市販品だったな」
「そりゃいいや」
だが、それなら冬馬も同じように手作りチョコにトラウマがあるのでは?
ざっと血の気が引くのを感じた。
「どうしよう……冬馬兄さんにトリュフを作っちゃった……。きっと、手作りのチョコなんて食べたくないよね?」
途端、ぶはっと二人に笑われてしまった。
むっとする夏希に、ひーひー腹を抱えて笑いながら、兄が言う。
「んなわけないだろ。可愛い従妹が作ったチョコなんて、大喜びで食うに決まってる」
「でも、血が入ったチョコを食べさせられかけたんでしょ?」
「匂いと色ですぐに気付いて、突っ返していたから食ってないし」
「ああ。それに、今後手作りチョコは受け取らないって宣言して、断っていたからな。トラウマまではいっていないだろう」
その言葉にホッとする。
「それに、最初に言っただろ? よほど信頼できる親しい相手からしか、手作りの品は貰えないって」
「……うん」
「あれは、トーマのセリフだ。つまり、ナツは信頼できる親しい相手。唯一、手作りチョコを受け取れるのがお前だってコト」
「……!」
ため息まじりに説明してくれた秋生。
ぱっと顔を輝かせた夏希は、トリュフチョコレートを【アイテムボックス】に収納し、そのまま「えいっ」と冬馬に送り付けてやった。
「えへへ。送っちゃった……」
照れ笑いで報告してくる夏希を前にして、男二人は呆れ半分、苦笑半分で褒めてやった。
「あ、そうだ。はい、これ」
「ん? チョコ? 俺らにもくれるのか」
「ちょっと形が悪くなったやつだけど、味は同じだから。優しいナツに感謝して食べるように」
今年のバレンタインは残念ながら、異世界で過ごすことになったので、さすがのモテ男たちもチョコは貰えない。
二人ともじっとトリュフを見下ろして、やがて同時に破顔した。
「さんきゅ!」
「そうだな。じっくり味わおう」
その日のうちに、冬馬から手作りのフォンダンショコラが三人に届けられた。
「フォンダンショコラって、手作りができる物なんだ……」
女子力では完全敗北した夏希が少しだけ落ち込んだが、「トリュフ美味かった」の一言にこっそり口許を綻ばせたのは内緒だ。
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1日遅刻しましたが、夏希のバレンタイン小噺でした! 背中を押してくださって、ありがとうございます♡
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