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137. 宴のあと
しおりを挟むアルコール耐性があるのか。
ハイエルフの肉体は二日酔いや悪酔いとは無縁だ。
とはいえ、睡眠不足は普通にキツい。
ハイボールのグラスを手に欠伸を噛み殺していると、何やら視線を感じる。
振り返ると、パジャマ姿のシェラが呆れたようにダイニングの入り口に立っていた。
「おはようございます、皆さん」
「シェラ、おはよう……えっと、昨夜遅い時間に到着したレイな」
「うむ。黄金竜のレイだ。よろしく頼む」
にっこりと爽やかな笑顔を浮かべる美貌のドラゴンに、シェラの表情がほんの少しだけ柔らかくなった。
「シェラです。よろしくお願い致します、レイさま」
「うむ。そうだ、シェラも飲むか? このビールという酒はとんでもなく美味いぞ?」
上機嫌で手にした缶ビールを掲げてみせるレイ。
宴会に誘われた少女は途端に表情がスン…ッとなった。
(ああああ……レイのアホ)
アクアマリンカラーの瞳がダイニングテーブルを一瞥する。
深夜から早朝──たった今まで宴を楽しんでいたテーブルの上には空の酒瓶やビールや酎ハイの空き缶が転がっていた。
作り置きの食事は全て平らげて、ツマミにしていたポテチや乾き物、おかず缶なども所狭しと散らばっている。
「……あいにく私はお酒は得意ではないので。あと、朝から飲むのはちょっと、分別のある大人とは思えませんよ? ね、トーマさん」
「はい……。可及的速やかに片付けます」
笑顔のまま、声のトーンも変えずに一息で喋る女子こわい。
まぁ、同居人がいるのに朝まで飲み明かしている自分たちが全面的に悪いので、きちんと謝罪しておこう。
呆れるシェラからの冷ややかな視線からそっと顔を逸らした。
視線を向けた先には黄金竜のレイがいる。
巨体のドラゴンだからか、彼も同じく二日酔い知らず。
シェラの怒りを理解していないようで、きょとんと首を傾げている。
「……トーマよ。何かやってしまったか……?」
「やっちゃったねぇ……。とりあえずは誠心誠意謝って、ちゃちゃっと後片付けするぞ」
「うむ。分かった」
最強の神獣を顎で使いながら、どうにかダイニングテーブルを片付け、朝食も用意する。
シェラの好物であるパンケーキを大急ぎで焼いた。ホイップクリームとフルーツを添えて提供すると、ほんの少しだけ機嫌が上昇するのが分かった。
この調子だ。勝機を逃さず、無心でメイン料理を作る。
オーク肉ベーコンは分厚いステーキ状に切り分けて、焼き目を付ける。
半熟目玉焼きはコッコ鳥の卵を使う。
野菜は最低限の量にしぼり、茹でたブロッコリーで皿に彩りを加えてみた。
ポテトサラダをハイオーク肉から作った生ハムで包んでワンプレートに納めると、シェラはぱっと顔を輝かせた。
「んー! 美味しいですっ。こんなに分厚いベーコンのステーキは初めてです!」
「だろ? 街外れの肉屋に持ち込んだオーク肉を加工して貰ったからな」
ちなみに持ち込んだのは、オークキングのお肉である。「こんなに良い肉をベーコンに加工⁉︎」と正気を疑われたのは良い思い出だ。
ハイオーク肉もジェネラルクラスだったため、生ハムも絶品に仕上がった。
本当はレイの慰労会で出す予定の肉だったが、シェラの機嫌を直すために大盤振る舞いだ。
(この生ハム、酒の肴にピッタリだよなぁ……。いい仕事をする肉屋だ)
これは、街にいる間にたくさん仕込んでおいて貰わねば。
生ハム、ベーコンにウインナー。ジャーキー的な物も頼めば作ってくれるだろうか?
「ほら、今朝はデザートもあるぞ」
「わぁ……! これは、プリンですか?」
「これはクレームブリュレ。まぁ、食ってみたら分かる」
「トーマ。私も食べたいぞ」
「はいはい。お前のもあるから」
コンビニ限定のクレームブリュレ。
表面はパリッとしたキャラメリゼで滑らかなクリーム生地部分と合わせて食べると、絶妙に美味い。
パリパリの食感部分はほんの少しビターな風味があり、甘くて濃厚だ。
「おいしーい!」
「うむ。美味いな。これは良い物だ」
あれだけ肉や菓子を食ったくせに、ドラゴンの腹は底なしのようで、ぺろりとデザートまで完食する。
とっておきのスイーツはシェラの心を蕩かせるには充分だったようで、いつもの笑顔を浮かべてくれていた。
ほっと胸を撫で下ろす。
「てっちゃんは、まだ寝ているんですね」
ソファの片隅で、コテツは熟睡している。二時間前まで酒盛りに付き合ってくれていたが、限界だったようでパタリと眠ってしまった。
いつもなら食事の時間に遅れることはないのだが、こんなに夜更かししたのは初めてなため、疲れてしまったのだろう。
「まだ子猫だし、仕方ない」
「付き合わせて悪いことをしたな」
「でも、仲間に入れなかったら、絶対に拗ねていたと思うぞ?」
「ああ……」
レイが苦笑する。
「私だって拗ねますよ?」
「あ……」
ぽつりと呟かれたシェラの一言に、びくりと肩を揺らしてしまう。
「そうだな。誘わなくて悪かったよ。遅い時間だったし、もうシェラは休んでいたから」
「気を遣ってくれたんだって分かっているので、それはもう良いです。でも、寂しいので次回からは絶対に誘ってくださいね? 起こされても怒ったりしませんから」
「分かった。次は絶対に声を掛ける」
「ふふっ。絶対にですよ? 楽しみです!」
ようやくお姫さまのご機嫌が完全回復したようで、ホッとする。
とはいえ、酒を飲まないシェラを混ぜるなら、紅茶やスイーツを用意した方がいいのだろうか。
(シェラなら肉料理を用意しておけば大喜びしそうだけど……)
ともあれ、今夜はシェラも大好きな魔獣肉メインの慰労会が控えている。
料理は予定の半分を終わらせているので、時間的余裕は充分だった。
「今日はダンジョン探索はお休みですか?」
シェラの疑問も、もっともだろう。
「んー。もうちょい下層に挑戦したいんだよな。美味い肉を手に入れたい」
「でも、トーマさん。徹夜ですよね?」
「一日くらい寝なくても平気」
「なら、私も一緒にダンジョンへ行こう」
心配そうなシェラを見兼ねてか、レイがそんな提案をしてくる。
「や、俺たちは転移するから一緒の階層には行けないだろ」
「ふっ……。私を誰だと思っている?」
美貌のドラゴンがニヤリと笑う。
お上品な外見をしているが、そんな表情を浮かべると、途端に獰猛に見えるのが不思議だ。
レイは己の収納から何かを取り出してみせた。それは見慣れた冒険者ギルドのタグと転移の魔道具である、銀のバングルだった。
「え? ここのダンジョンに入ったことがあるのか、レイ」
「あるぞ。再氾濫の兆しがないか、確認のために一度潜ったことがある」
「ちょっ……トーマさん…このギルドのタグ、金級なんですけど?」
「マジか……」
「百年くらい前に入会したからな。ランクとやらも、成果に合わせて上がったぞ」
「あー……そういや、冒険者のフリをして氾濫を鎮めたんだっけ……」
国を越える際や税を取る街へ足を踏み入れる際には、この冒険者ギルドのタグが大いに役立っているらしい。
ちなみに種族はエルフで登録したのだとか。
長命種だし、纏う色彩がそれっぽいので。
「俺よりもよっぽどエルフっぽいもんな、レイ」
黄金色のサラサラな髪と澄んだ紫水晶の瞳はいかにもエルフのサラブレッドに見える。
夢見る乙女が妄想する美貌の騎士そのものだ。
こんな優美な外見のくせして、戦う際には魔法ではなく長槍を使うらしい。
(エルフ詐欺じゃん!)
ドラゴンの姿に戻って『ぷちっ』としないだけマシだが。
「とりあえず、三人で行くか。ダンジョン」
爆睡しているコテツはそっと抱き上げて、連れて行くことにした。
そのまま寝かせておくと、先ほどまでのシェラのように盛大に拗ねそうなので。
「美味い肉を狩りに行くぞ!」
「おー!」
ミノタウロス肉は無理でも、ユッケや刺身で味わえる肉を是非とも手に入れたかった。
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