召喚勇者の餌として転生させられました

猫野美羽

文字の大きさ
上 下
131 / 203

130. 〈幕間〉勇者たち 3

しおりを挟む
「この頃、帰って来るのが遅いね」
 シンクに溜まった洗い物を片付けている僕の背後で、アルビーはコーヒーを飲んでいる。
「イースター休暇前に、レポート提出があるから」
 僕は振り返ることなく応える。仕方なさを装って。
「家ですればいい。見てあげるのに」
「いいよ。きみだって忙しくしているじゃないか。自分で何とかできることで、誰かをわずらわせる訳にはいかないよ」
「僕はちっとも構わないのに」

 背中にアルビーの視線を感じる。僕は身を竦ませて、ぎこちなく洗い物を続ける。彼のコーヒーの香りが纏い付く。この洗剤の香りで消してしまいたい。

 僅かしかない洗い物を、時間をかけて何度も擦った。アルビーがコーヒーを飲み終わって部屋に戻ってくれるのを祈りながら。解っているのに。アルビーの方こそ、僕が洗い終わるのを待っているってこと。

「コウ」
 うなじにかかる彼の息にびくりと肩が震えて、手にしていた皿を取り落としそうになる。
「僕の部屋に来る?」
 ぶんぶんと首を振る。
「レポートが残っているんだ」
 肩から抱き抱えられるように廻された腕が邪魔で、上手く洗えない。
「じゃあ、早く終わるように手伝ってあげる。コウの部屋へ行こうか?」
 密着される躰に身動ぎもできない。首を小さく横に振る。
「それなら、今、ここでする?」

 冗談とも本気ともつかない甘い囁きが耳を擦る。

「アルビーの部屋に行く」
 掠れた声で囁くと、アルビーはくすりと笑った。もう僕は、こんな時、彼がどんな顔をするか良く判っている。獲物を捕らえた猫のような、満足そうな瞳でぺろりと顔を舐めるのだ。僕の……。
 僕は剥製はくせいにでもなったかのように動かない。されるがまま。



 マリーのいない金曜日の夜が来ることが、辛かった。友人の家に泊まりに行く彼女の都合が急に変わって、約束をキャンセルされたから夕食を一緒にたべましょう、とか、相手が風邪で泊まれなくなったとか、そんなメールか電話がないものかと、この瞬間まで願っている。


 
 洗い物を終えたら、今度は自分の躰を念入りに洗う。直ぐに浴室に向かわなければならない。ぐずぐずしていると、彼は「一緒に」って言い出すから。あの日のような恥ずかしい想いは、もう二度と味わいたくない。

 初めての時は本当に何も知らなくて、まさかあんなことをされるなんて想像すらしていなくて、途中で慌ててシャワールームに駆け込んだ。そんなムードも何もぶち壊しなことを、アルビーが許してくれる訳はもちろんなくて……。シャワールームで、こういうことの礼儀と作法を懇切丁寧に実地で教えられた。
 思い出す度に顔から火を噴きそうだ。

 でも彼に言わせると、僕は素直で覚えの良い生徒らしい。言われるままにする。繰り返す。それだけで、僕の躰は僕の意志を離れてアルビーの望むままに作り変えられ、どんどん彼に馴染んでいた。もう、あの時のように、歩けないほど痛いと感じることもない。それどころか……。

 心の中では、もうこんな事は嫌で嫌で仕方がないのに、彼のあの瞳を見る度に、エレベーターで高層ビルの天辺に昇っていっているような、背骨を這い上がり頭頂から突き抜ける欲望に支配される。
 まるでマリオネットのように意志は消え去り、操られるままに踊る自分に吐き気すら覚えるというのに。

 それでも、アルビーが僕を求め、僕が応えていさえすれば、彼をあの闇の中に攫われることはないのではないか、と、そんな希望があったから。だから僕は何とかこの現状を耐えられるんだ。
 ぽっかりと空いたアルビーの心に巣くう巨大な虚空。あんなものに、彼を奪われたくない、その一心だけで。


 熱いシャワーで丁寧に躰を洗い、泡を落とし、禊を済ませる。

 まるで神に捧げられた生贄の供物。僕を支配する美しい神に、こうして幾度となく喰い散らかされても、僕はまたすぐに再生する。何度でも喰われるために。天上の火を地上に与えたプロメテウスのように。果てしなく、この残酷な儀式は繰り返される。

 こうして今日も僕は彼の部屋のドアを叩くんだ。
 痺れるほどに甘美で、虚しい、僕を蝕む毒をこの躰の隅々まで浴びる、それだけのために。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *無断転載、無断翻訳を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

処理中です...