127 / 203
126. アンハイムダンジョン 1
しおりを挟むアンハイムダンジョンは街の端、大森林側にその入り口がある。
ある日、地面に大穴が開いてダンジョンが発生したそうで、当時の領主が入り口である大穴を囲い、冒険者ギルドの建物を上に据えたらしい。
そのため、アンハイムの街の冒険者ギルドは圧倒されるほどに大きい。
早朝、しっかりと朝食を堪能して二人と一匹は冒険者ギルドを訪れていた。
昨日の内に下見はしておいたが、人が多すぎて早々に撤収したため、興味深く周囲を観察する。
(この世界に転生して、ここまでの大きさの建物は初めて見たな)
ダンジョンの上に建つギルドは煉瓦作りのしっかりとした造形で、何と四階建てだ。
敷地面積もかなり広く、大勢の冒険者が集まっているが、まだまだ余裕はありそうに見える。
一階は依頼受付の専門部署で、壁一面に依頼票が貼られていた。
二階は事務所兼、登録用の受付部署。冒険者を希望した者がまず訪れる場所だ。
三階には食堂と売店がある。食堂はアルコールが禁止されているため、治安は悪くないと聞いてホッとしている。
売店は武器や防具の他にも、野営用の道具や雑貨類、携帯用の食料などが売られていた。
「四階が冒険者専用の宿泊所か。大部屋のみで素泊まり一泊銅貨五枚。微妙に高いな」
眉を顰めて値段表を眺めていると、シェラにも同意された。
「アンハイムの街は宿が少ないから、他所よりも宿代は高いようですね」
大部屋食事風呂なしの部屋、日本円で五千円はそれでも良心的なお値段の方らしい。
しみじみと、商業ギルドで土地を借りて良かったと思う。
受付の女性スタッフに聞き出したシェラが奥の方を指差して教えてくれた。
「買取り場所は裏の解体場所兼倉庫へ直接行くみたいですね。ダンジョンから出てすぐの場所だそうです」
「合理的だな。昨日も少し見たけど、一応依頼票を確認しておくか」
「はい!」
人混みをすり抜けて、掲示板に向かう。
木造の壁一面に様々な依頼が貼り付けられている様は圧巻だ。
「薬草採取依頼、希少な素材の買取り希望。お、魔道具の高額買取まである」
「どれも二十階層より下のフィールドですね」
「だな。俺たちは初めてのダンジョンだし、一階層からコツコツと頑張るしかないな」
「そうですね。『転移』が使えるようになるのは十階層以下みたいですし、そこを目指しますか?」
「ん、低階層は突っ切って行こう」
十階層のフロアボスを倒せば、アンハイムダンジョン限定の『転移用バングル』がドロップする。
このバングルを身に付けておけば、踏破したフロアの好きなフィールドに転移が出来るのだ。
今のところ、野営なしの日帰りを予定しているため、まずはこの魔道具を手に入れたい。
「初ダンジョンでは受けられそうな依頼もないし、素材の買取りだけしてもらうか」
「そうですね。トーマさんはポイント? っていうのに変えるんでしたっけ」
「ああ。スキルのショップで使える大事なポイントだからな」
それは大事、とコテツも真顔で頷いている。日本製の猫オヤツは召喚魔法でしか手に入らないからな。
シェラも真剣な表情で「とっても大事ですね、ポイント」と呟いている。こちらも日本製お菓子やアイスの虜ならではのセリフだ。
「気兼ねなく買い物が出来るように、しばらく真面目に働こう」
「そうですね。オリヴェートでサハギン狩りと貝掘りを頑張ったから、今のところお金に余裕はありますし」
「シェラが倒した魔獣はポイントにならないから、そっちはギルドで売ればいいぞ」
「……いいんです?」
「もちろん」
コテツが倒した場合は、従魔だからかポイントになる。
本猫がショップでの買い物に使いたいと訴えてくるので、ありがたくポイントに変えさせてもらっていた。
むむ、とシェラはしばらく悩んだ後で「じゃあ、いつものようにお金を払うので、代理でお買い物をお願いします!」と、笑顔で宣言してきた。
「分かった。じゃあ、取り分についての話し合いもついたし、そろそろ行くか」
「はい!」
いつものように肩にコテツを乗せて、ダンジョンの入り口に向かう。
氾濫対策なのだろう。地下への入り口は頑丈そうな石塀に囲まれており、階段の前ではギルドの職員が冒険者たちのランクをチェックしている。
ギルドの会員証であるタグを見せて、つつがなく通り抜けることが出来た。
ちらりと肩の上のコテツを一瞥されたけれど、「従魔だ」と告げれば、特に文句もなくスルーしてくれた。
(まぁ、ダンジョンに普通の子猫を連れて行くわけがないしな)
普通の猫ならば、ダンジョンの気配に怯えて近寄ることさえないだろう。
大森林内のダンジョンで散々鍛えられたコテツが、今更アンハイムダンジョンを恐れることはない。
「ニャー!(狩るぞ!)」
何なら、ものすごくやる気に満ち溢れ、やたらと好戦的に鳴いているくらいだが。
「お手柔らかに、な?」
「んにゃ?」
こっそり囁くと、こてんと首を傾げられてしまった。かわいいが過ぎる。
◆◇◆
一階層はスライムのいる岩窟。二階層はホーンラビットが駆け回る草原フィールド。三階層はワイルドフォックスが潜む山林だった。
どこも駆け足で通り抜け、向かってくる魔獣だけ倒していく。
低階層の魔獣のドロップアイテムは買取り金額はもちろん、ポイントとしてもあまり期待は出来ないので、なるべく時間を掛けずに駆け抜けた。
「ダンジョンって不思議ですね。倒した獲物が素材になるなんて」
「解体の手間が省けるのはありがたいけどな」
「それは本当にありがたいです。今はトーマさんからお借りしているマジックバッグがあるけど、普通の背嚢しか無ければ、持ち帰るのが大変でした」
スライムの魔石に初級ポーション、ホーンラビットは魔石と肉、ワイルドフォックスは魔石と毛皮をドロップする。
これがダンジョンの外で倒した魔獣だったなら、剥ぎ取りと運搬の労力に悲鳴を上げたことだろう。
「トーマさんは【アイテムボックス】があるから、気にせず丸々持ち帰っていましたけど。普通なら魔石と剥いだ毛皮だけ持ち帰りで、肉は泣く泣く捨てて帰ったと思います」
シェラなら、捨てずにその場で焼いて食べそうだが。
「ドロップアイテムだと、取捨選択に迷わなくて済むのはいいかもな」
魔石は小さくて軽いので持ち帰りしやすい。毛皮も綺麗に鞣された状態でドロップするので、背嚢に放り込んでも臭くない。
肉は中型サイズまでの魔獣だと、大抵が1キロほどの枝肉をドロップする。
持ち帰るか、その日の食材として使うか。或いは、捨てて帰るかを選べば良い。
「私はもったいないから、頑張って持ち帰るか、食べちゃいますけどね!」
「それでこそシェラ。だけど、今回の肉はギルドに売ろう。もっと良い肉の在庫はたっぷりとあるし」
「もっと良いお肉……」
「脂が特別に甘いと評判のフォレストボア肉に、安心美味なオーク肉。ブラックブルの霜降り肉は絶品だぞー?」
「売ります」
判断が早いのはシェラの良いところだと思う。迷いなく頷いた少女のために、今夜の肉料理は奮発しよう。
「さて、四階層は何が出るかな」
昼までには六階層に辿り着いていたい。
五階層までは鉄級の冒険者たちの狩り場らしく、人目が気になって仕方がないので。
「お、次のフロアは平原だな。【気配察知】スキルによると、地面にうじゃうじゃといるみたいだ」
「大蜥蜴の魔獣ですね。……美味しいんでしょうか?」
真剣な表情で大蜥蜴を睨み付けている少女に、おそるおそる尋ねた。
「……食うの?」
「蜥蜴の尻尾のお肉は珍味だと聞いたことがあったので気になって……」
えへへ、と可憐に笑う肉食美少女。
尻尾の肉……ササミっぽいのか? 確かに、ちょっとだけ気にはなるが。
「料理するのは俺になるんだよな……?」
「えへへへ?」
「…………」
同情するように、コテツが小さく「ナーン」と鳴いた。
279
お気に入りに追加
2,577
あなたにおすすめの小説

いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~
イノナかノかワズ
ファンタジー
助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。
*話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。
*他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。
*頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。
*無断転載、無断翻訳を禁止します。
小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。
カクヨムにても公開しています。
更新は不定期です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる