召喚勇者の餌として転生させられました

猫野美羽

文字の大きさ
上 下
115 / 203

114. 海鮮バーベキュー

しおりを挟む

 宿の裏手には空っぽのうまやと枯れた井戸があるだけで、普段は宿泊客の冒険者たちが鍛錬するために使う広場らしい。
 空が朱く色付き始めたこの時間に使う物好きもいないようで、宿の女将には快く許可をもらえた。

「人の気配もなさそうだし、ちゃちゃっと準備するか」

 広場の中央に手際良くテーブルや調理台、魔道コンロにバーベキュー用グリルなどを並べていく。
 いつもの肉中心なバーベキューなら、ソースに漬け込んで味を染み込ませるなどの下拵えをすることもあるが、今回は海鮮バーベキュー。

「魚はホイル焼きに、貝はそのまま焼いて食べよう。バターと醤油、レモンがあれば充分だし」

 本当は刺身を食べたかったけれど、いきなり生で食べるのは、いかに食いしん坊のシェラとは言え、ハードルが高い気がした。
 なので、まずはバーベキューで慣れてもらう計画だ。

 鮭に似た魚は切り身にして、スライスした玉ねぎとキノコ、レモン一切れをホイルに包んで焼くことにした。
 味付けは料理酒とバター、塩胡椒のみ。
 三食分をセットして、じっくりとグリルで焼いていく。

「トーマさん、トーマさん! こっちの貝はどうやって食べるんですか?」

 わくわくした様子を隠すことなく、笑顔で尋ねてくるシェラに苦笑しながら、魔道コンロにフライパンを置いた。

「アサリの味噌汁! ……と言いたいところだけど、今日のところはバター焼きにしよう。シェラに任せても良いか?」
「はいっ! 頑張ります!」

 砂吐きを済ませたアサリを浄化魔法クリーンで綺麗にして、バターを落としたフライパンで焼いていく。
 シェラにはその見張りを頼んだ。

「二枚貝の口が開いたら、火が通った証拠。貝殻を割らないように気を付けながら、ゆっくり混ぜてくれるか?」
「分かりました。ちゃんと見張ってますね」
「ん、よろしくな。……コテツも一緒に見ていてくれるか?」
「くるるっ」

 仕方ないなぁ、とコテツがシェラの元へ歩いていく。俺の横をすれ違いざま、ぱしりと尻尾で膝を叩かれてしまった。
 あいにく、ふかふかの毛皮なので全く痛くないどころかご褒美でしかない。

「あとは魚の串焼きだな!」

 アジそっくりの魚を鉄串で焼くことにした。内臓を取り出して、ちょいと塩化粧。あとはシンプルに網焼きである。
 グリルがいっぱいになったので、火が通るまでは他の魚介類の下拵えだ。
 そうしている内に、シェラに呼ばれた。

「トーマさん! 貝のお口が開きましたっ! 完成ですか?」
「ん、どれどれ? おー、完成完成。さっそく食べよう」
「んー! バターがとっても良い匂いです」

 アサリのバター焼きのレシピには、料理酒やみりんを入れる物が多いが、面倒だし素材の味を信じてバターのみ投入した。
 マーガリンじゃなくて、ちょっとお高い良いバターなので、絶対に美味しいと確信はあったが。

「んんっ、あひっ」

 豪快に指で摘んで貝の身を頬張る。熱さに眉を寄せながら、夢中で汁ごと啜った。

「うまっ! すごいな、海の旨みを凝縮したみたいだ」
「んななっ」
「待て待て、コテツ。今、身を取ってやるから……」

 我も我もとねだられて、大急ぎで小皿にアサリの身を取り分けてやった。
 猫舌の彼が火傷しないよう、ふぅふぅと息を吹き掛けてやって、恭しく差し出すと、にゃあんと可愛らしく鳴きながら美味そうにかぶりついている。

「んまっんまっ」
「だろ? さすが異世界のアサリ、身もたっぷり肥っていて美味いよなー」

 いつもは美味しいと騒がしい少女が大人しいことに気付き、そっと横目で伺うと。

「……っ、はふっ……んっ!」
「おお……フライパン直喰い……」

 鬼気迫る顔つきで、アサリのバター焼きを食べていた。
 小皿によそってお上品に食べていたのが、ちょっと恥ずかしい。

(いや、直喰いのシェラの方が恥ずかしいのでは? まぁ、別に店で醜態を晒しているわけじゃないし良いのか……?)

 美味しい、と感想を述べる余裕もなく、シェラは次々とアサリを口に運んでいる。
 フライパンの横に置いておいたボウルには空の貝殻が山と積まれていた。
 結局、その勢いに気圧された俺とコテツが眺めている前で、シェラはフライパンいっぱいのアサリのバター焼きを完食した。
 頬を上気させ、うっとりとため息を吐くシェラ。

「ふはぁ……ッ! 美味しかったぁ……」
「そうか。満足したなら良かったよ。じゃあ、次は鮭のホイル焼きを食べようか」

 はっと我にかえったシェラが俺を見て、傍らのコテツを見て、慌てて空のフライパンに視線を向ける。

「すみませんっ! あんまり美味しくって全部食べちゃいましたぁ!」

 土下座せんばかりに恐縮するシェラを宥めたのは、意外にもコテツだ。
 美味しいご飯に目がない彼にしては珍しく、シェラの肩に飛び乗って頬に顔をこすりつけて甘えてみせる。

「コテツさん……?」
「シェラが美味そうに食っているのを見られたから、それで良いってさ。よっぽど気に入ったんだな、アサリ」
「っハイ! すっごく美味しかったです! 肉とも魚とも違う、不思議な食感でしたが、バターの風味と合っていて、もう手が止まらなくなってました……」
「分かる。アサリのバター焼き、手が止まらなくなるよなー…」

 俺も他人シェラのことを笑えない。
 一人暮らしの男なんて、フライパンや鍋からの直喰いは当たり前。
 アサリのバター焼きもデカいフライパンに山盛り作ったのをペロリと平らげていた。
 ビールに合うんだよな、あれ。
 バターとアサリの出汁スープはパスタに流用しても旨かった。明日、作ってやろうかな。

「これからしばらくは海で稼ぐつもりだし、アサリは多めに確保しよう」
「ですね! 私、たくさん掘り当てます!」

 やる気がすごい。
 これはまた追加のバケツを買っておくべきか。【アイテムボックス】に収納できないバケツやクーラーボックスを運ぶための台車も必要かもしれない。

「ま、それはともかく温かい内に食べよう。ホイル焼きもバターを使っているから、シェラの好みの味だと思うぞ?」
「いただきます!」

 平皿に載せたホイル焼きを開いて食べやすいようにして渡してやる。
 ちなみにコテツの分は玉ねぎとレモン抜き。ちゃんと骨を取ってほぐしてやった。

「んんんっコレも美味しいー! 海のお魚ってこんなに美味しいんですねっ、トーマさん!」
「ふふふ……これももちろん美味いけど、この後もっと美味いのを食わせてやるぞ」

 海で確保した魚介類はまだまだあるのだ。
 エビにイカにタコにハマグリ。そして、待望の牡蠣!

「エビはシンプルにグリルで焼いたやつな。ミソも忘れずに味わえよ? 甘辛ダレで味付けたイカ焼き、これがマズイはずがない!」
「ふわぁぁぁ!」

 次々と繰り出される海鮮バーベキューに、シェラはとっくに虜になっている。
 エビミソは苦味がダメだったようで、それは残念だが。コテツも同じく子供味覚なため断念していた。
 
「む、じゃあ牡蠣はやめておいた方がいいか? フライにしたら食べやすそうだな。タコもバーベキューよりは唐揚げやマリネにするか……」

 タコはそっと【アイテムボックス】に戻しておいた。だが、牡蠣は譲れない。皆が食べなくても良い。むしろ独占できて嬉しいかも。

「この、イカ? 新種の魔獣みたいな外見でしたけど、これも美味しかったです」
「イカはバター焼きやマヨネーズ醤油で食っても美味いんだよなー。よし、次は牡蠣とハマグリを焼こう。牡蠣は独特の生臭さがあるから苦手だったら無理しなくても良いぞ? アサリが好きだったなら、きっもハマグリも気に入ると思う」
「二枚貝……! アサリよりも大きくて、楽しみですっ」

 グリルでじっくり焼き上げて、口を開いたところでハマグリにはバターをひとかけら、お好みで醤油やレモンをどうぞ。
 シェラは牡蠣もバター醤油で口にしたが、やはりハマグリの方が気に入ったようで、夢中で食べている。
 コテツは牡蠣がお好みらしく、小さく切ってくれと甘えてきた。

「お前、なかなか良い趣味しているな。さすが相棒」
「ニャウ」

 味付けはオリーブオイルとガーリックをチョイス。玉ねぎはあまり好きではないが、最近ガーリックにハマっているのだ。

「んんっ、牡蠣うめぇ! ぷりっぷりだな!」

 噛み締めると、じゅわりと口の中に幸福の味が広がる。
 魔素を含んだ異世界産の牡蠣、想像以上に絶品だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *無断転載、無断翻訳を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

処理中です...