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112. 採取は楽しい 1

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 行列の出来ていた屋台のスープはなかなか美味しかった。
 味はシンプルな塩味だったが、魚のアラを大量にぶち込んで作っているため、良い出汁が出ていたように思う。
 漁師が作る潮汁うしおじるに近い料理なのかもしれない。
 香辛料は乾燥させた唐辛子を使っており、これがまた味を引き締める役割を担っていたようで、後を引いた。

「美味しいけど、口の中がヒリヒリします……」
「あー…慣れてないと痛いよな。無理して食べなくても良いぞ?」
「平気ですっ! 色んなお魚が入っていて、面白いスープですね」
「捨てる部分のアラで出汁を取ってるけど、ちゃんと食える身の魚も入っているから、ありがたいよな」

 海鮮市場でもアラ部分は手に入れることが出来るのだろうか。
 屋台のスープも旨かったが、やはりアラ汁は味噌で堪能したい。

「私は串焼きが気に入りました!」
「じゃあ、また食いに来よう。宿からも近いし、滞在中に何度か寄れば、全メニューが制覇できるかも」
「うーん、それも楽しそうですけど、どうせならトーマさんのご飯が食べたいです」
「ニャン!」
「お、どうした? 屋台は飽きたとか?」
「いえ、お肉料理があれだけ美味しく作れるんですもん。きっと、お魚料理もトーマさんが作った方が美味しいと思って!」

 笑顔で断言するシェラの肩に座るコテツもこくこくと頷いている。
 魚は美味いが、基本的に塩味オンリーなので、色んな調味料を使い、多彩な調理法で仕上げる俺の料理に軍配が上がったのか。
 出会ったばかりの頃は、とにかくお腹を満たしたい一心だったシェラの成長に感心する。
 どうせなら美味しい物を食べたい、は人の欲としては正しい。

「そうだな。じゃあ、これから行く海で採取できたら、魚料理を作るよ」

 ポケットに突っ込んでおいた依頼書を取り出して、シェラとコテツに見せてやる。
 商業ギルドオリヴェート支店出張所、冒険者ギルドからの常設依頼だ。

「岩場で食用の貝の採取と魚の捕獲依頼ですね。分かりました。貝という生き物は見たことがないですが、魚だったら弓で射れるので大丈夫です!」

 魚は捕獲依頼なのだが。
 初めての海での依頼に張り切っているようなので、水を差すのはやめておくことにした。

「まぁ、仕留めた魚は俺たちが食えば良いか……」

 商業ギルドの受付嬢に教えてもらった岩場を目指して、二人はのんびりと歩いて行った。


◆◇◆


 さくさくとした白い砂を踏み締めながら歩く。
 足が沈む独特の感触が物珍しかったようで、シェラはおっかなびっくり地面を踏み締めていた。
 時折、キュッと音が立つと生き物を踏んだのかと、慌てて飛び退く様が面白い。

「それは砂が擦れて立った音だから。生き物じゃないから。コテツも砂を掘らない! 何も出てこないから」
「ニャッ」

 真剣な表情で、シェラが踏み締めた場所を掘っていくコテツを叱ったのだが、タイミング悪く、小さなカニが這い出してきた。

「ニョウ~?」
「いたじゃん、って。いたけど! それは、たまたま!」
「これが貝です?」
「あっ、手を出したら……」
「いたっ! 痛いです! 貝に咬まれましたっ」

 小さなカニのハサミに指先を挟まれたシェラが、驚いて手を振り回した。
 カニはそのまま海に落ち、波に流されていく。

「今のはカニな」
「カニ……とは、まさか。あの美味しいカニカマと関係が?」

 自炊が面倒な時に、コンビニショップで召喚購入したサラダを食べたことがあるシェラが、かっと目を見開いた。こわい。

「あー…カニカマは魚のすり身だから、正確にはカニじゃないけど。カニの肉はめちゃくちゃ旨いぞ? 食用の大きいのが採れるといいな」
「めちゃくちゃ美味しいお肉なんですね、さっきのアレ」
「小さいのは食えねーぞ? 大きいやつな。まぁ、こんな岩場にはいないと思うけど……」

 依頼書に記された地図を頼りに歩き、到着した場所には大小の岩が海中から顔を出しており、飛び石のように沖へ向かうと十メートルサイズの小さな岩島があった。
 この岩場で牡蠣やアワビが生息しているらしい。
 足場はかなり悪いので、シェラには砂浜から援護してもらうことにした。
 猫の妖精ケット・シーのコテツはさすが、猫の王様と称される身のこなしで、あっという間に岩島に辿り着いている。
 岩の隙間から見下ろしてみたが、大小の魚の影があり、獲物は豊富にいそうだ。

「景色も良いし、のんびり釣りを楽しむのも良さそうだけど……」

 あいにく、今回はギルドの依頼なので、真面目にお仕事をしなければならない。
 周囲を見渡しても、自分たち以外誰もいなかったので、遠慮なくスキルが使える。

「魚獲りに使える道具はあるか……?」

 コンビニショップには残念ながら、なし。大型家具のショップも言わずもがな。
 結局、いつもの百円ショップで道具を手に入れることにした。

「まずは収穫物を入れるバケツをいくつか。お、釣竿があるな。んんん? 結構、充実していないか……? 侮れないな、百均」

 玩具としか思えない物も多いが、投げ釣り用の仕掛けなど多彩なラインナップだ。
 千円の釣竿など、そこそこ良い物に見えてきた。釣り道具用のストレージボックスもあり、釣り糸や錘、狙う魚ごとの針まで売られている。

「とりあえずは千円の釣竿と魚獲り用の網を買っておくか。さすがに銛は売ってないよなー……」

 貝の殻剥き用のナイフがあったので、これもカートに放り込む。ついでに貝掘りに使えそうなミニ熊手とスコップも見つけたので買うことにした。
 豊かな海なので、波打ち際で貝掘りが出来るかもしれない。
 銛の代わりにダンジョンでドロップした短槍を使えば、魚も突けるだろう。たぶん。

(低階層で見つけた、鉄製の槍。ポイントに交換しないで持っておいて良かった……)

 たぶん、銘入りだったり、魔道武器であったら、きっと突いた瞬間に魚は爆散すると思うので。
 威力がありすぎる武器は、人里で使うのは危なすぎる。

「採取中にサハギンが襲ってくる可能性があるから、シェラは見張りを頼む」
「分かりました。見つけ次第、射落としますね!」
「ん、頼む。あと、暇だったら、この道具であそ…じゃなくて! これで砂を掘って、貝を見つけてくれるか?」
「貝掘り……! やってみたいです!」

 ためしに砂浜を【気配察知】スキルで確認してみたが、やはり大量に生息している。
 ミニ熊手でしばらく濡れた砂場を掘っていくと、さっそく第一貝類発見。

「ほら、これが貝。アサリだな」
「これが貝……! 石みたいですけど、生き物なんですね」
「ちなみに食用。スープにしたら良い出汁が出るし、バター焼きにしても美味い」
「バケツいっぱい採ります!」

 シェラの目の色が変わる。
 やる気が出たなら良いことだが、見張りは忘れないように。
 休憩用に折り畳み用のチェアを出しておく。陽射しが強いので、麦わら帽子をかぶせてやり、ペットボトル入りのクーラーボックスも近くに置いておいた。

「じゃあ、俺は岩島に行ってくる」
「行ってらっしゃい! 気を付けてくださいね!」
「おー」

 ひらりと手を振って、身軽く岩を飛び越えていく。
 ゴツゴツした岩は足場としては最悪だが、レベルアップしたハイエルフの身体能力に取っては何てことない。
 目当ての気配を感じ取り、足を止めて海を覗き込んでみた。

「お、いるいる。結構デカいな。これは期待が出来そうだ」

 岩に張り付いて擬態しているのは、牡蠣だ。久しぶりの好物を前にして、自然と喉が鳴った。
 
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