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107. 幻獣
しおりを挟む『ほう。【獣化】スキルか。それは珍しい』
ひととおりシェラのことを説明すると、黄金竜のレイは瞳を細めて、くつりと笑った。
手鏡の通信魔道具を覗き込むようにして、レイはまっすぐこちらを見詰めてくる。
『直接、見た方が分かりやすいが……魔道具越しでもある程度は鑑定できるだろう』
「なら、シェラのこと見てくれるか?」
勢い込んで尋ねると、レイは不思議そうに首を傾げた。
『鑑定なら、トーマも出来るだろうに』
「それはそうだけど、何となく仲良くなった相手を俺が鑑定するのはどうかと思って」
『そういうものか?』
「そういうものなの! 少なくとも、俺は」
敵対する相手や、胡散臭い連中になら積極的に【鑑定】スキルを使うとは思うが、親しくなった少女の秘密をこっそりと暴くような真似はなるべくしたくない。
(一度でも、そんなことをしたら、顔を合わせにくくなるよな……)
自分が秘密をたくさん抱えているからこそ、そう思ってしまう。
知られたくないくせに、他人の秘密は暴く。
もう二度と会わない相手ならともかく、親しくなった友人には、そんな行為はしたくないと強く思う。
『ふむ、分かった。では、連れてくるが良い』
「ありがと、レイ。あー……くれぐれも正体は秘密で」
『……む。黄金竜とは名乗らない、ただのレイ、だな?』
「只人には見えないのがアレだけど。いっそ、ハイエルフのフリでもする?」
『ハイエルフはお前だろうが』
「そうだけど。なんとなく、レイのビジュアルの方が俺の中のハイエルフのイメージにぴったりなんだよ……」
黄金色の長髪を靡かせた、紫水晶色の瞳の美貌の麗人。
神秘的な空気を纏った、どこか浮世離れした印象のレイはハイエルフと呼ばれるに相応しい外見の持ち主だと思う。
(中身は日本の漫画やゲームが好きな、ちょっと変わったドラゴンだけど)
うちのコンテナハウスに居候していた時はしこたま食っていたが、今はちゃんと食事を取っているのだろうか。
そう言えば、神獣である黄金竜は食事は必要ないと聞いた気がする。
食いっぷりが良すぎて、すっかり忘れていたが。
ともかく、今はシェラだ。
手鏡をポケットに突っ込んで、隣のシェラの部屋のドアをノックする。
「シェラ? トーマだけど、今いいか?」
「はい、どうぞ!」
鍵を開けたシェラに招かれて、部屋に足を踏み入れた。一応、気を遣ってコテツにも同行して貰っている。
年若い女性の部屋に夜中にお邪魔するのは、かなりのマナー違反だが、そこは許してほしい。
「紹介したいって言っていた相手と通信の魔道具で繋がっているんだ。スキルや魔法に詳しいから、きっと【獣化】についても知っていると思う。話してみないか?」
「えっ、あ……はい。あの……」
戸惑う様に気付いて、慌てて説明する。
「あ、コイツはレイって言うんだけど、普段は大森林の奥に籠っているひきこもりで、シェラの秘密を誰かにバラすようなことは絶対にしないから!」
ぱちり、と大きく瞬きをして、シェラはくすりと微笑った。
「はい。信用します。トーマさんの紹介ですもん。きっと信頼できる方なんだと思います」
「ありがと、シェラ。これが通信の魔道具の手鏡だ。映っている相手が、レイ」
「わぁ……! 自分じゃなくて、知らない人が鏡に映っている。魔道具って凄いですね、トーマさん」
「うん、凄いのは知ってる。とりあえず、コイツがレイだ。えーと、俺の友人で師匠みたいな? 見ての通り長生きのハイエルフだから、色々と詳しいんだ」
「ハイエルフ……! すごいですっ! 私、エルフさんさえ見たことないのに!」
手鏡を握り締めて、シェラは興奮で頬を赤らめている。
ハイエルフと紹介したレイを疑うこともなく、キラキラと瞳を輝かせていた。
尊敬の眼差しを向けられて落ち着かないのか、レイが小さく咳払いする。
「あっ、すみません! 私、シェラと言います。有翼人です。出来損ないですけど……」
『出来損ないなどと言う存在はない。すべて創造神さまの愛し子だ。必要以上に己を卑下する必要はないぞ』
「あっあっ、ありがとうございます……!」
手鏡に向かって、シェラは頭を下げて礼を言っている。涙目だが、嬉しそうだ。
そっけない口調のレイだが、嘘は口にしない。思ったことをそのまま語る人柄であることは、シェラにも何となく伝わったのだろう。
『トーマから少し聞いたが、シェラ嬢は【獣化】スキル持ちか』
「はい……。集落では聖獣の生まれ変わりだと言われていました」
『ふむ。スキルは神が慈悲で与えた特殊な技能であり、生まれ変わりというのは関係はないはずだが……。シェラ嬢、鑑定をしても?』
ストレートに頼むレイはいっそ清々しい。
シェラは驚いたようだが、特に嫌な様子も見せず、こくりと頷いた。
『ふむ……鑑定はしたが、やはり聖獣ではないな。有翼人の末裔で、神に祝福された【獣化】スキル持ちだ。強いて言えば、幻獣か』
「え?」
「……は? 幻獣って、何だ?」
ほっとしたのも束の間で、新たな爆弾発言。せっかく聖獣ではないと分かったのに、幻獣とはいかに?
『幻獣とは、文字通りに珍しい、幻とされる希少な獣だ。言葉を理解し、知能も高い。魔獣より数段上の存在だ』
「……シマエナガが、幻獣…………?」
理解できなくて、ぽつりと呟いてしまう。
と、手鏡の中のレイがぱっと顔を輝かせた。
『シマエナガだと! なんと、シェラ嬢はシマエナガに変化するのか! それは素晴らしい。是非とも見せてくれ』
そう言えば、レイはコンテナハウスでひたすら日本の本を読み漁っていたが、その中には癒しが欲しくて購入した、きゃわわな動物の写真集があった。
もちろん、可愛いの筆頭な小鳥、シマエナガの写真集も網羅している。
(あれを見たら、実物が見たくなるよなぁ……)
唐突にスキルを使うことをお願いされたシェラは戸惑っていたが、重ねてレイにねだられ、頷いてしまった。
「悪いな、シェラ。後で詫びの菓子を奢る」
「本当ですか! じゃあ、張り切って変化しますねっ」
チョロすぎて心配になる笑顔だ。
せめて、菓子は奮発しようと思う。
◆◇◆
「ピチチチッ!」
『おお! まさに、シマエナガだな! なんと小さく、いとけない存在だ……』
魔道具越しにも分かるほど、レイも興奮している。
気持ちは分かる。人の目からしても、小さくて儚げで愛らしい存在なのだ。
大きくてつよつよな最強ドラゴンからしたら、さらに尊く見えることだろう。
「チチュッ! ピチチッ」
『愛らしいな。そして美しい。さすが幻獣、生ける宝物に等しい……』
言葉を尽くして手放しで褒めてくれるイケメンを前に、シェラも張り切って可愛らしいポーズを取って見せている。
意外とノリがいいな、この子。
やがて、ようやく満足したらしきレイがシェラに礼を言った。
シェラは奥の寝室で着替えてから、再び手鏡を覗き込む。
「私は聖獣じゃなく、幻獣の一種なのですね? それを伝えれば、もう集落に帰らなくて済みます! ありがとうございます、レイさん!」
無邪気に笑うシェラに、なぜかレイが渋い表情をしている。
『いや、その……シェラ嬢。たしかに、今のシマエナガ姿の君は幻獣だが、どうやら君には多種族の血が流れている。【獣化】スキルは祖先の強大な姿に変化することが出来る技能なわけで……』
「まさか」
『そう。その、まさかだ。おそらく、シェラ嬢の力が強くなるにつれて、変化する姿が変わると思われる。数多の幻獣にな』
「ふぇ……?」
ぽかん、と口を開けるシェラ。
気持ちは分かるが、ここはハッキリと聞いておくべきところ。
「つまり、シェラはレベルアップにともない、スキルもレベルが上がり、シマエナガ以外の姿に変化できるようになるのか?」
『おそらくは。徐々に力強く、美しき幻獣に変化するだろう。もしや、その先に聖獣へと至る可能性もあるやもしれん』
「えぇっ⁉︎ そんな……。聖獣になるかもしれない、なんてバレたら……」
「あー……」
悲嘆に暮れる少女を慰めるため、【アイテムボックス】から、クッキーやらチョコレートなどの菓子とオレンジジュースを取り出すことになってしまった。
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