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106. シマエナガはかわいい
しおりを挟む真白い小さな鳥に変化したシェラ。
シマエナガにそっくりな、その小鳥は俺の指先を止まり木にして、チュイチュイと愛らしい声音で囀っている。
(うん。何を言っているのか、さっぱり分からない)
創造神から与えられた【全言語理解】スキルは動物の声は翻訳してくれないようだ。
(ダンジョンから『ソロモンの指輪』がドロップすれば良いのに)
ピチピチチュイッ!
甲高い声音で鳴く小鳥を観察する。
全長は十センチほど。シマエナガと違うのは体色が真っ白なところか。シマエナガは黒い模様があったような気がする。
それと、つぶらな目の色がシェラと同じ、綺麗なアクアマリンカラーだ。
純白の羽毛も良く見ると、白銀色っぽい。
「なるほど、纏う色がシェラの色そのものなんだな」
体重も数グラムしかないだろう。小さくて軽くて、このまま握り潰してしまいそうで、ちょっと怖い。
しげしげと眺めていると、不思議に思ったらしき小鳥がこてん、と首を傾げた。
その破壊力ときたら!
「かっ……!」
どうにか噛み締めた。
昂る気持ちのまま「かわいい!」と叫んでしまったら、きっとこの小さな愛らしい鳥を驚かせてしまう。
可愛いが過ぎる姿の小鳥には残念だが、元の姿に戻ってもらうことにした。
◆◇◆
シェラの着替えのために、テントを張ってやり、地面に散らばる衣服類をまとめて運んでやった。
念のため、コテツに付き添いを頼んでおいた。
「すみません、トーマさん。着替え終わりました」
「ん、じゃあテントを回収してくる」
ローブを羽織ったシェラが戻って来た。
テントを回収し、今日のところは街に戻ることにする。
一日の稼ぎとしては充分な獲物の量だ。
せっかくなので、シェラが俺のために採取しようと頑張ってくれた果実を食べながら、街に向かう。
赤紫色のテニスボールサイズの果実はたっぷりと水分を含んでおり、皮がはちきれそうなほど熟していた。
慎重に歯を当てて噛み締めると、甘酸っぱい果汁が口の中いっぱいに広がった。
「ん、うまいな」
「でしょう? この時期にしか実らない、美味しい果実なんです!」
「んみゃ」
シェラもコテツも幸せそうに果実を頬張っている。ちなみにこれらは、ハイエルフの身体能力を活かした俺が採取した。
ひょいひょいと、軽々木を登っていく俺をシェラは何とも言えない表情で見上げていた。
(まぁ、これでもハイエルフですから!)
おかげでかなりの数を採取できたので、しばらくはデザートに困らないだろう。
大きさはかなり違うが、味はプラムに近くてとても美味しかった。
大きな種は道々に捨てていくのがマナーだとか。
どのくらいで立派な木に育つのかは分からないが、プラムの小道になると楽しそうだなと思う。
「……で、その【獣化】スキルで変化するシェラのことを集落の連中が執着している、と?」
「執着、かどうかは分からないんですけど……。有翼人の中で、鳥の姿になれる者は滅多にいないらしくて。集落の長が言うには【獣化】する者は聖獣と呼ばれて、守り神として崇められていたと聞きました」
「その割には扱いが良くなさそうだよな? 守り神さまなら、ちゃんと食わせてやれよ」
「っ、ですよねっ! でも、聖獣に不浄の肉は厳禁だとか言われて、私……!」
「落ち着け、シェラ」
勢いこんで訴えてくる少女を慌てて宥めた。うん、食い物の恨みは深いんだ。
彼女の求める物をちゃんと与えて大事にしていたら、きっと集落から逃げ出すことはなかっただろうに。
「聖獣か……」
それがどんな代物かは分からないが、名前からして神々しい。
俺が知っているのは神獣の黄金竜だけだが、何か関係があるのだろうか。
黄金竜はデカくて圧倒されそうな神気に溢れていたが、シェラが変化したシマエナガからは特に何も感じなかった。
しいて言えば、めちゃくちゃ可愛かった。
これがシェラでなければ、きっと両手でそっと包み込むようにして頬擦りしていたことだろう。
ふわふわの初雪のような羽毛に包まれた、つぶらな目をした小鳥。
とうとい、という言葉が脳裏を占める。
「トーマさん?」
押し黙った俺のことを心配してか、シェラがそっと下から見上げてきた。
微かに首を傾げた、上目遣いで。
澄んだ湖水のように美しい双つの宝石に見詰められ、息を呑む。
「かっ……」
「か?」
「んんっ、…なんでもない。えっと、今日はギルドに寄ってから宿は俺が取っている所に泊まると良い。あ、もちろん別に個室を用意してもらうから。金も俺が払う」
どうにか、かわいいを飲み込めた。
呆れたような視線を向けてくるコテツと不思議そうなシェラから、そっと顔を背ける。
「えぇっ? そんなの悪いです! ちゃんと宿代は払います、けど……あの、もう少しランクを落としたお宿だとありがたいのですが……」
「だから、それは俺が払うって。シェラに紹介したいヤツがいるんだ。聖獣とか、そういうのに詳しいから、きっとシェラの力になると思う」
そう、そういうのに詳しい知り合いが俺にはいるのだ。
今は遥か遠い国で、神獣のお仕事に勤しんでいる黄金竜サマ。
通信の魔道具を使い、彼に相談することにした。
◆◇◆
冒険者ギルドで狩った獲物を換金し、二人で俺が泊まっている宿に戻った。
街で一番の宿なため、宿泊料金はそれなりにするが、市場で儲けている俺には余裕で支払えます。
隣の個室をシェラのために押さえて、まずは夕食を済ませることにした。
食事は二人分、俺の部屋に運んでもらう。
宿の食堂だと人目があるから、勝手に味変をしにくい。
自室なら、味の薄いスープにコンソメを足したり、肉料理にソースを追加出来るからな。
「まずは飯にしよう」
「はい!」
分厚めのボア肉ステーキとスープ、パンはカゴいっぱいに詰められた物が運ばれてきた。
ご馳走だ、とシェラは無邪気に喜んでいる。
スープを一口舐めてみて、俺は無言で【アイテムボックス】から取り出した粉末状のコンソメの素を使うことにした。
スプーンで丁寧に混ぜて味をみて、大きく頷く。
「ん、マシになった。シェラもどう? スープが旨くなる魔法の粉」
「魔法の粉……!」
こくこくと頷くシェラのスープにも振りかけてやる。
ついでにハーブが添えられた、塩味オンリーのステーキにも日本製のソースをかけてやった。ガーリック味の旨いやつ。
パンは焼き立てなので、それなりに美味しいはずだ。固いけど。
百円ショップで購入したジャムと一口サイズのマーガリンを出しておく。
「お肉美味しいです! スープも!」
「ん、そうだな。コテツも食うか、これ?」
「ンミャ」
ふるふると首を振って拒否するコテツ。
宿の夕食は要らない、と主張して作り置きの飯をねだってきたので、彼だけは別メニュー。
鹿と猪のミンチ肉を使ったミートボールはラード油でじっくりと揚げて、照り焼きソースに絡めたやつ。
ホットミルクを添えてミートボールを皿いっぱいに盛り付けて出してやると、ご機嫌で食べている。
宿の料理人が作ったボア肉ステーキはあまり丁寧に処理されていなくて、筋が気になるが、ステーキソースのおかげでどうにか食えるようになった。
スープもコンソメのおかげで味が深まっている。パンは意外と美味しい。固いけど。
贅沢な日本の味に慣れた身には微妙だったが、シェラには贅沢なディナーだったらしい。
美味しい食事に上等な宿の部屋。すっかり気分が良くなったシェラから、スキルのことや集落の話などを聞き出すことができた。
満腹になったシェラをひとまず部屋に戻して、レイを呼ぶことにした。
通信の魔道具の手鏡を取り出して、魔力を込める。
呼び出しても、すぐにその場で繋がるわけではない。
空を飛んでいる最中だったり、魔物と戦っていて取り込み中の時もあるのだ。
だが、今夜は運良くすぐに通信が繋がった。
手鏡に映る自分の顔が消えて、代わりに金色の光に包まれる。
ゆっくりと光がおさまると、そこには黄金色の髪を靡かせた、美貌の男の姿があった。
「元気そうだな、レイ」
「神獣に元気も何もないだろうに」
紫の瞳を細めて、男は微笑う。
黄金竜のレイはトーマをまっすぐ見つめて、何かあったのか、と静かに尋ねてきた。
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