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97. 冒険者ギルド
しおりを挟む街の手前で拾った少女、シェラに案内された宿を取り、街中を散策することにした。
案内役のシェラは先に自分の宿を取りたいと言う。
「シェラは同じ宿に泊まらないのか?」
「む、無理です! 私みたいな新人冒険者が泊まれるような宿じゃないですから!」
慌てて首を振る様子から、一泊銀貨二枚の宿は新人冒険者には贅沢なのだと知れた。
朝食付き、風呂はないが、タライに湯を用意してくれると聞いている。
(あの宿が贅沢って、普通の冒険者はどんな宿に泊まっているんだ?)
純粋に興味を覚えたので、シェラの常宿を見学することにした。
ちなみにシェラには銀貨五枚を貸している。これだけあれば、十日は生活ができるらしい。
「絶対に返しますので! すみません、二週間待っていただけると……」
「俺としては滞在中の案内をしてくれれば、特に返してくれなくても良いんだけど」
「そういうわけにはいきません!」
「シェラは真面目だな」
だが、律儀な性格には好感を抱いた。
冒険者としてはあまり強くはなさそうだけど、街中のことには詳しいし、案内人としては優秀なのだ。
なんでも、冒険者に成り立ての頃に街中依頼で駆け回っていた為、詳しくなったのだという。
「私が使えるのは、弱い風魔法だけなので、魔獣の討伐はあんまり得意じゃなくて……。もっぱら採取依頼で稼いでいるんです」
ほっそりとした肢体の華奢な少女が持つ武器は腰に下げたショートソードだけだ。
メイン武器の弓は魔獣に襲われた際に全財産込みの荷物と一緒に無くしてしまったらしい。
唯一の武器であるショートソードも普段は採取の際に使うか、たまに仕留めることができた魔獣を解体する際に使うだけだと言う。
「シェラはソロより、パーティ向きなんじゃないか……?」
思わず、そう口にしてしまうほど、少女は頼りなかった。
「よく言われます……」
「だよな」
肩を落とす少女の頬をコテツが慰めるように舐めている。
明らかに自分よりも弱いシェラのことを、守ってやらなければならない存在だと認識していそうだ。
(うちの子、可愛い上に優しいとか、天使かな?)
「パーティは何度か組んだことがあるんですけど、その、あまり馴染めなくて……」
コテツをぎゅっと抱き締めて、視線を落とす少女の耳元が赤い。
怒りと恐れと羞恥が綯い交ぜになった、複雑な感情が横顔から見て取れた。
なるほど、と思う。
(綺麗な子だから、パーティ内で男達が取り合ったか。その中に女性冒険者がいたら、良い気分はしないよな)
意図したわけではなくとも、サークルクラッシャーならぬパーティクラッシャーのような存在になってしまったのかもしれない。
目立つ銀髪を隠し、顔を汚して、ひっそりと森で採取をしている理由が何となく分かった。
(まだ、成人したばかりくらいの年齢だろうに苦労しているんだな)
この世界の成人年齢は十五才らしい。
冒険者ギルドでは十五才なら、誰でも入会ができると聞いた。
日本だと中学三年生くらい。自分からしたら、まだまだ子供だ。
高校生の従弟たちでさえ、頼りない年頃なのに、とんでもないなと思う。
宿を利用していると言うことは、シェラは実家を出て独り立ちしているのだろう。
可愛い子には旅をさせろとは言うが、こんな華奢で頼りなげな少女を手放すなど、マトモな保護者かと小一時問い詰めたくなる。
「あっ、あそこです! 冒険者ギルドの三階にある宿泊所!」
「これが冒険者ギルドか。結構立派な建物なんだな」
シェラの常宿はギルド内の宿泊施設だった。新人のみ利用可能で、二階が男性冒険者用、三階が女性冒険者用なのだと説明してくれる。
「素泊まりのみで、個室は一泊が鉄貨二枚。相部屋だと鉄貨一枚なんです!」
「それは安いな」
個室が二千円、相部屋が千円は破格だ。
ただし、部屋は狭く、ベッドと小さなクローゼットしかない。
「でも、寝るだけですから、それで充分ですよ? 部屋の掃除は自分たちでしなきゃいけないんですけどね」
「はー…それは大変そうだが、新人が金を貯めるにはありがたい環境だな」
「そうなんです。街の宿だと、一番安い部屋でも鉄貨三枚以上はしますから」
一番安い部屋は大部屋で、ベッドもなくゴロ寝するしかないのだと聞いて、ぞっとする。
絶対に無理だ。
知らない連中と同室で、しかも土足の床で眠るなんて、耐えられそうにない。
「森の中で野営する方が断然快適そうだな……」
「トーマさんは無理だと、私も思います」
シェラの中では、どうやら自分は金持ちの商会の箱入り息子と思われてそうだ。
「とりあえず、部屋を取ってきますね!」
受付カウンターに向かう少女を見送り、冒険者ギルド内を興味深く観察する。
煉瓦造りの三階建で、ひときわ大きな建物なのは、さすが冒険者ギルド。
入り口には盾と剣が描かれた看板が立てかけられており、分かりやすい。
木製のスイングドアも雰囲気があって、わくわくする。
中に酒場があるのかと、少し期待してしまったが、木製のカウンターがあるだけで、どちらかと言うと役所のような雰囲気だった。
(それもそうか。現代で言う、職安だもんな、冒険者ギルドって)
壁際に依頼書らしき羊皮紙が貼られており、冒険者連中が眺めている。
木製のベンチが幾つか置かれており、待ち合わせ場所になっているようだった。
独立したカウンターが奥にあり、そこが買取場所なのだろう。大きな麻袋を背負った冒険者たちが並んでいる。
男性冒険者が七割、女性冒険者が三割といったところか。女性冒険者はほとんどが獣人だ。
「お待たせしました! 部屋は取れたので、街を案内します!」
「ん、個室が取れたのか?」
「まさか! 相部屋ですよ。女性用の相部屋は四人部屋なんです」
「四人部屋……」
「二段ベッドが二つある部屋なんですよー」
本日の寝床を確保できて安心したのか、シェラは無邪気に笑っている。
ちらりと壁に貼ってあった依頼書を見たところ、採取依頼で稼げる額は鉄貨五枚ほど。
希少な薬草を大量に確保できれば、銀貨に化ける可能性はあるが、【鑑定】スキルがなければ難しいだろう。
(借金を返すどころか、装備を整えるのも難しいんじゃないか……?)
メイン武器の弓、野営用の装備に着替えなど諸々。女性は特に必要な雑貨も多い。
にこにこと上機嫌でコテツの後頭部に顔を埋める少女をこのまま放り出すことは出来そうになかった。
(ナツと変わらない年齢の子供なんだよな。仕方ない……)
ふぅ、と溜息を吐く。
のんびりと前を歩いているシェラに、仕事の依頼をすることにした。
◆◇◆
「本当に良いんですか! 行商のお手伝いをするだけで、銀貨一枚の賃金なんて!」
頬を上気させて喜ぶ少女に、なるべく真面目くさった表情で頷いて見せる。
「ああ。まずは商業ギルドに案内してくれるか? そこで許可を取って、市場で露天販売がしたい。シェラにはその手伝いを頼む。簡単な計算はできるよな?」
「できます! 街中依頼でお店を手伝ったこともありますから!」
「それは心強い。ギルドで登録が済んだら、市場の偵察だな。明日、市場を案内して貰っても良いか? もちろん給金は出す」
「喜んで!」
日給一万円はよほど魅力的だったようだ。
その収入をそのまま返済に充てると張り切っている。
俺としては露店販売の手伝いと街の案内で借金は帳消し、別途バイト代支給程度に考えていたのだが。
「もうちょっと、欲張りになれば生きやすいだろうに……」
「え?」
「いや、何でもない。……ああ、そうだ。うちは従業員には制服と三食プラスおやつを支給しているから、この後、服屋に行くぞ」
「ええっ? 服って、あの、この服じゃダメなんです……?」
おずおずと自分のシャツを引っ張る少女を一瞥して、きっぱりと首を振る。
「ダメだ。うちの店に立つなら、清潔第一! だから、まずはその洗濯してない服を着替えて、汚れを落とすこと! 綺麗になったら、食事を奢ってやるから」
「綺麗にします!」
良い返事が返ってきた。
磨き甲斐のありそうな少女をシンデレラにする楽しみに、自然と口許が緩んでいた。
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