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94. 行商の旅
しおりを挟む猫科獣人の集落を後にして、気ままに行商の旅を続けている。
人と関わりやすいのは、冒険者よりも断然行商人だと思う。警戒されにくいし、何なら住民に歓迎される。
特に、大森林内の浅い地域の集落では慢性的に物不足らしく、喜んで招いてくれた。
そんなわけで本日もテーブルいっぱいに品物を並べて、せっせとお仕事に励んでいる。
「この髭剃りナイフをおくれ。ハサミも欲しいね」
「刃物類は銀貨一枚ですよ。二つで銀貨二枚ね」
行商の仕事は順調で、着々と金が貯まっている。
一番人気はやはり刃物類で、髭剃りにハサミや爪研ぎの道具はよく売れた。
塩や砂糖などの調味料は必需品なため、こちらも売れ筋だ。
女性陣には針や糸、布の類が好評なのも相変わらず。
ここは狐の獣人の集落だったが、猫科獣人の集落の連中と欲しがる物はそう変わらなかった。
「綺麗な瓶だね。こんな形の整ったガラスは初めて見たよ。銅貨五枚って本気かい?」
「あー……はい。今日だけお安くしときますよ」
意外だったのが、日本語のラベルを外した百円ショップのジャムが中身よりもガラス瓶に注目されたことか。
もちろん、甘くて美味しいジャムも好評だったが、容れ物のガラス瓶を欲しがって購入する客が大勢いた。
(これは後で転売されるな。失敗したかな?)
百円ショップの商品だが、こちらの世界の物と比較しても出来栄えが良すぎたようだ。
あっという間にジャムは完売してしまった。もう在庫はないと説明すると、あからさまに残念そうなため息をもらされた。
狐族の獣人はなかなか目端が効きそうで、自分たちの分以外にも商品を幾つか購入していた。
(転売されないように、次の集落ではガラス瓶を高値で売ろう)
これも経験だ。
百ポイントで仕入れた商品を販売しているので、損はしていない。
ポイントはたくさん使ってしまったが、ダンジョンで稼いだ分と、黄金竜のレイのおかげで残高は六千万ポイントはある。
黄金竜の鱗一枚の三千万ポイントがかなり大きい。
とは言え、無駄遣いはしたくないので、旅の途中でも狩猟や採取は積極的にこなしている。
従魔であるコテツが倒した獲物や採取してくれた薬草などはポイントに交換が出来るので、地味に助かっていた。
コテツもお手伝いができたと嬉しそう。
もっとも狙いはお駄賃代わりの猫用おやつなので、そこらへんはちゃっかりしている。
「ん、よし。商品も完売したし、今日のお仕事は終わりだ」
「ごあーん」
「はいはい、飯だな。分かってるって。その前に集落の長に挨拶しておこう」
黄金竜のレイに頼まれた、この世界に新たな植物の種を根付かせる仕事もちゃんとこなしている。
集落の長に、野菜や果物の種を安価で譲るだけだが、これが意外と喜ばれた。
特に果樹の種は感謝のあまり拝まれるほどで。どうやらこの集落では、大森林の奥まで踏み入らなければ果物類はなかなか手に入らないらしい。
周辺で採取できるのは、ベリーくらいだと言う。
気の毒になったので、コンビニショップで手に入れたリンゴやオレンジをそのままプレゼントした。
美味しく食べて、中の種を活用してくれ。
「おお、ありがとうございます! 大事に育てますぞ。今宵はうちに泊まられては?」
「いえ。先を急ぐので、すみません」
銀狐族の長の後ろから、上目遣いの少女の姿が見えた。意味ありげな流し目から、そっと視線を逸らす。
うん、無理。あからさまなハニトラ!
自然と親しくなれるなら嬉しいが、下心たっぷりに媚びられても嫌悪感が勝ってしまう。
大容量の収納スキル持ちで、高価で珍しい商品をたっぷりと抱えた行商人。
そりゃあ、愛娘を使ってでも集落に縛り付けておきたいだろう。
そういった、あからさまなお誘いに嫌気がさして、集落での宿泊ははっきりと断るようにしている。
(メイやオーガストたちは良い子だったよなぁ……)
純粋に慕ってくれた子供たちを思い出して、懐かしく感じる。
あれから、まだ五日しか経っていないのに大人たちのあからさまな欲望にすっかり食傷気味だった。
追い縋ろうとする、銀の毛並みの少女の手から逃れて、急いで狐族の集落を後にする。
キツネは素早いかもしれないが、高レベルのハイエルフに追いつける者はいない。
あっと言う間に振り切ると、一人と一匹でやれやれとため息を吐いた。
◆◇◆
行商をしながら大森林の浅い場所にある集落を回り始めて、五日。
色々な種族のいる集落を見ることができた。
森に住むのは獣人が多く、種族で固まって暮らしている。数が少ない種族は猫科の集落のように寄り添って暮らす者もいた。
今のところ、エルフ族とは出会っていない。
物知りそうな長老にこっそり聞いたところ、エルフはもっと森の深い場所を拠点にしているらしい。
好奇心の強い者や向学心のある若いエルフは冒険者や研究者となるため、人里に暮らしているようだが。
「やっぱり人の多い街に向かって、冒険者ギルドに登録するか。行商人として商業ギルドに登録しても良いけど……」
今のところ、小さな集落しか寄っていないので、身分証の類は求められていないが、大きな街では必要になるらしい。
ギルドの会員になると、身分証が手に入り、街への出入りに税を取られることもないと聞いた。
「ごあーん!」
「ああ、悪い。待たせたな。ここまで離れたら追って来られないだろうし、飯にするか」
空腹を訴えるコテツのために、大急ぎで夕食を準備する。
ちょうど開けた場所があったので、そこを臨時の拠点にして、調理器具を用意した。
「俺も腹減ったし、ぱぱっと食えるやつにするか」
「にゃん!」
ハイオークの肉の塊を取り出し、薄く切り出していく。
今から米を炊くのは面倒だったので、百円ショップで買ったパックご飯を温めることにした。これはコテツに精霊魔法をレンジ代わりに使ってもらう。
その間にハイオーク肉とくし切りにした玉ねぎをフライパンで炒めて、すき焼きのタレで煮詰めた。
コテツが温めてくれたご飯を丼によそい、フライパンの中身を載せると、豚丼の完成だ。
「っと、温玉を忘れてた。コテツもいる?」
「なう」
「ん、じゃあ、豚肉温玉のせ。味噌汁はインスタントでごめんなー?」
「うなんな」
オールレトルト食品でないだけ、えらい。
誰も褒めてくれないので定期的に自画自賛。野菜不足は少し気になるので、明日の朝食は野菜をたっぷり摂ろう。
ハイオーク肉の丼は安定の美味しさだった。オーク肉よりこってりした脂身が空腹に染み渡る。
コテツも満足したようで、上機嫌で顔を洗っていて可愛い。
後片付けを済ませると、周辺を確認する。
邪魔な木はコテツに頼んで移動してもらって、それなりの広さを確保して。
「ここしばらくはテント泊だったけど、さすがに人の目が気になるようになったから、新しい家を買おうと思う」
「んなっ?」
「贅沢だって? でもなー、あのテントだとちょっとばかり、この世界じゃ目立つんだよ」
アースカラーのシンプルなデザインのテントだから、森には溶け込んでいるが。
何せ、日本製のテントだ。異世界の連中からしたら、謎素材のテントなので目を付けられる可能性もある。
結界機能と多少の目眩し効果はあるが、高レベルの冒険者や察知能力に長けた連中には看破される可能性があるのだ。
「ポイント残高もそれなりにあるし、今のうちに買っておきたいんだ。そんなわけで、異世界不動産! 買うのはこれ!」
商品リストにある、目当ての家をタップする。お値段、なんと150万ポイント! 創造神の結界機能のオプションを付けて、250万ポイントで決済する。
開けた場所にそのまま設置した。
木造の、見た目はシンプルな小屋そのものの建物は──
「三メートル四方のタイニーハウス ! 思ったより小さいな⁉︎」
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