召喚勇者の餌として転生させられました

猫野美羽

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93. 〈幕間〉秋生 5

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 ダンジョン攻略と魔人の討伐は順調だ。
 特に振り切れた従妹の活躍は目覚ましく、聖女と呼ばれる後衛職のはずのナツが何故か前線で無双していたが、予定は順調である。
 最初はハルと二人でその勢いに引いていたが、張り切ったナツの暴走のおかげでレベル上げは大いに捗った。
 おかげで、上級ダンジョンは三つクリア出来て、レベルも180を越えている。
 ダンジョンの深層に隠れていた魔人は、ナツの質問──勇者グループとして、あれは尋問だと認めるわけにはいかない──に快く答えてくれた。
 無事に魔族方の情報も入手できたし、逃げようとした魔人はナツがさくっと倒したので、当初の目的は完遂だ。
 魔人たちに占拠されていた砦は取り戻すことが出来たし、人族側の士気は最高潮。

「……ナツの機嫌を除けば、だが」
「あー……我が妹ながら、拗らせてるよなぁ」

 ハルと二人でこっそりとぼやく。
 さすがに自分たちを敬い、慕ってくる人々には笑顔で対峙しているが、ナツは苛立ちをダンジョンモンスターや魔人たち相手に晴らしているのだ。
 その勢いは凄まじく、兄であるハルと共に引いてしまうほどで。

「早くトーマ兄と合流しないと、キレたナツが何をするやら……」

 頭を抱えて唸るハルを冷ややかに見下ろしてしまうのは仕方ないだろう。
 実の兄なんだから、ナツをどうにかしろ。
 まぁ、ハルが嗜めてどうにか出来る相手でないことは確かなので、俺も傍観するしかないが。

「トーマは普段は聡いくせに、こういうコトは鈍感だからな」

 ナツは気は強いが、曲がったことが嫌いな優等生だ。真面目で面倒見が良いから、周囲からも慕われている。
 大人びた外見通りの性格だと思われがちだが、内面は苛烈だ。むしろ、純粋だからこそ性質が悪い。

「ナツを鎮められるのは、トーマ兄だけだ。レベル上げと魔人討伐の旅ついでに、やっぱりトーマ兄を探さないか?」

 ハルの提案には心惹かれたが、ここは首を振るしかない。

「ダメだ。今の俺たちでは、まだトーマを守りきれない。一緒に行動して、魔族に目を付けられたらどうするつもりだ」
「……だよな。魔族もだけど、教会やシラン国の連中に知られたら、人質にされそうだしな」
「帝国の動きも気になる」

 召喚された勇者として、ただ敵を倒すだけで済むなら、こんなに苦労はしなかったのだが。
 創造神ケサランパサランも、もっとマシな国に召喚してくれれば良かったのに。

「とりあえず、トーマには個別に連絡しておこう。ナツをあまり刺激するなと」

 スマホを見下ろして、二人は同時に溜め息を吐いた。
 情報収集を兼ねて、この世界を旅すると決めたトーマからは定期的に連絡があった。
 創造神印の勇者メッセアプリには、旅の間に出逢った人々とのやり取りや画像が大量に送られてきている。

「第一異世界人の、黒豹の獣人兄妹可愛かったよなー」
「トーマにべったり引っ付いている幼女にナツが死んだ魚の目をしていたがな」
「兄妹のかーちゃんも美人だったし」
「ツーショットにナツがキレていたがな」
「あと、トラの獣人のおねーさん達も迫力があったよなー。スタイルめっちゃ良かったし!」
「年増に囲まれてデレデレしている、とナツが怒髪天を衝いていたな……」

 あれはとんでもなく恐ろしかった。
 ハルなどは面白がっていたが、俺は隣で肩を震わせるナツの様子が気になって、写真どころではなかった。

「どうして、トーマはよりによって女性の獣人とばかり写真を撮っているんだ……。しかも、なぜ俺たちに送ってくる!」
「や、ほら。猫科獣人の集落で、年寄りか女子供しかいないみたいだから仕方ないだろ。これは長老っぽいじーさんとのツーショットだし。ライオンの獣人だってさ、かっけーな」

 なぜ、自分たちに画像を送ってきたのかは、本人がさらっと教えてくれた。
 曰く、アキが喜ぶかと思って! だと。

「確かに俺は猫が好きだ。猫は愛しい。だが、猫科獣人は別物だろう⁉︎ 」
「俺はケッコー好きだけどな、猫耳かわいいし。尻尾とかセクシーじゃん」

 にやりと笑うハルの後頭部をとりあえず叩いておく。
 バカか、お前は!
 ゆらりと、殺気が渦巻いたのに気付いて、俺は慌ててその場から離れた。

「……いま、猫耳かわいいとか言った?」
「げっ、ナツ! いや、ちがう! 違うぞ? 俺はトーマの従魔のネコがかわいいなーって」
「尻尾がセクシーって?」
「あ……」

 ゴゴゴ……と不穏な効果音が聞こえてきそうなほどに迫力のある従妹から、そっと視線を逸らした。
 見事に自分から地雷に突っ込み、踏み抜いた従兄に慈悲はない。

「自業自得だ。ナツに叱られろ、ハル」
「ひでぇぞ、アキ! 冷たい!」
「俺は猫が好きなだけであって、猫獣人は何とも思わん。お前と違ってな」
「やっぱり! 男ってサイテー! なぁにがケモミミよ! 変態!」

 兄妹喧嘩に割って入るなんて不粋だろう。
 巻き込まれないように、そっと距離を取る。

「まぁ、少しは発散出来るだろうし、放っておこう」

 前衛で戦えるほど強くなったとは言え、ナツの得意は弓と薙刀。
 殴り合いは兄のハルの方が圧倒的に強い。
 軽口の報いとして、多少攻撃を受けてやり、後は巧く交わすだろう。
 いつものように。

「ダンジョン内で良かった。アイツらが本気で暴れたら、街ひとつ消えるからな」

 現在、四つめの上級ダンジョンを攻略中だ。ここをクリアすれば、レベル200も夢ではない。
 トーマからは創造神が眠りについたので、しばらく邪竜も動かないだろうと教えて貰ったが、魔族の暗躍は無視できない。

「魔族の力を削ぐために、しばらくは征服された地の奪還を頑張るか……」

 人族の城や砦はもちろん、小さな街も魔人たちに占領されていると聞く。
 指揮官クラスの魔人を倒していけば、邪竜の力もある程度は削げるだろう。
 奪還すると、国から報奨金も貰えるので、一石二鳥。
 ダンジョン攻略でかなり稼いではいるが、お金はいくらあっても困ることはないのだ。

「ん? トーマからのメールか?」

 スマホから着信音が響く。
 ハルとナツの手が止まった。慌てて自分たちのスマホを【アイテムボックス】から取り出している。
 そういうところは、兄妹そっくりだ。

『頑張っている勇者たちへ差し入れだ』

 待ち侘びたメッセージに大喜びで【アイテムボックス】をタップして、収納リストを確認する。
 
「コンビニスイーツの新作! ショコラプリンと濃厚カスタードシュークリームだわ!」
「おおっ! スイーツの他にも弁当があるぞ? 有名店の牛タン弁当大盛りスペシャル! やった!」

 たった今まで、凄まじい手合わせをしていた兄妹が別人のようにキャッキャと喜んでいる。

「む。ホットスナックも新商品があるみたいだぞ? チーズ肉まんとチキンのカレー味か」

 そういう俺も、コンビニの新商品には弱い。育ち盛りだから仕方ない。
 最近はダンジョン内では自炊を頑張るようにしているが、やはり日本のコンビニ商品の味には敵わなかった。
 
「濃厚カスタードクリーム、とろける……」
「牛タン最高! こっちの世界じゃ、牛タン食えねーもんなー」
「チーズ肉まんも旨いぞ。これは当たりだな」

 美味しい物を食べている時は、喧嘩も休戦! トーマは良くそう宣言していた。
 子供が大勢集まると、そこかしこで小競り合いがあったが、オヤツを掲げて仲裁していたことを思い出す。
 
(オヤツを食べていたら、喧嘩なんて忘れていたしな。子供なんて単純だ)

 実際、目の前の二人は既に笑顔でお互いの差し入れをシェアしている。
 もちろん、俺のところにも回ってきた。

「ん、確かにどっちも美味いな」
「チーズ肉まんも良いね!」

 ナツが久しぶりに笑顔を見せた。
 美味しいスイーツを食べられたのが嬉しいのはもちろん、トーマからの差し入れが効いたのだろう。
 トーマにはこっそりとメールを送り、人よりも景色や建物の画像が欲しいと伝えておいたので、ナツの怒りも収まるはず。

(トーマ好みのエルフとのツーショットとか、絶対に送ってくれるなよ……⁉︎)

 邪竜の前に、ナツの怒りで世界が滅んでしまわないように、と。
 念入りに、お願いしておいた。
 
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