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91. 刃物類は貴重です

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「んぁ……?」

 寝返りが打てずに目が覚めた。
 身動くと身体の下からギシリと音がして、そう言えばコットで寝ていたのだと思い出す。
 腹が重く、温かい。
 顔だけ起こして確認すると、なぜか黒豹族の幼女とキジトラの子猫が俺の上で眠っていた。

「そりゃ、重いな……」

 可愛い顔で気持ち良さそうに眠る子供を起こすのは忍びない。
 そっと身を起こし、メイとコテツをまとめてタオルケットに包んでコットに寝かせておいた。
 昨夜泊まらせてもらったツリーハウスには、俺たち以外の姿はない。
 獣人族の朝はかなり早いようだ。

「猫科の動物は夜行性のイメージが強いけど、関係なさそうだな」

 集落に風呂はないので、浄化魔法で全身の汚れを落として、ツリーハウスの外に出る。
 身軽く枝を伝い、地面に降りると、集落の獣人たちに声を掛けられた。

「おはよう。よく眠れた?」
「ああ、おかげさまで」
「ふふっ。人族は木の上の家を怖がるけど、さすがにエルフの血を引く者は平気そうね」
「そうですね。緑の濃い香りがして、むしろ快適でした」

 皆が向かうのは、共同の炊事場だ。
 火を起こし、賑やかに朝食を作っている。
 炊事場にはジューンとオーガストの姿もあった。こちらに気付いて、笑顔で手招きしてくれる。

「おはよう、トーマ」
「二人とも早起きだな。起こしてくれても良いのに」

 オーガストの頭をわしわし撫でてやりながらぼやくと、ジューンが楽しそうに笑う。

「ははっ。メイと猫ちゃんと気持ち良さそうに寝ていたからね。そっとしといたんだ。長旅で疲れていたんだろう?」
「そう、それですよ! 起きたら、メイが腹の上で寝ていて驚きました」
「メイは気に入った相手にべったりひっつくからなー。夜中に寝ぼけてそっちに行ったのかも」

 メイは黒髪と金目が特徴的な、小さな女の子だ。猫科らしく、ほっそりとした肢体はしなやかそう。年齢は五、六歳に見えた。
 そのくらいの年頃の少女なら、夜中に怖くなって家族の布団に潜り込むことは良くあることかもしれない。

(従妹たちが小さい頃、特にナツは怖がりで、よく俺のベッドに入りたがったもんなー。そんなものかな?)

 昨日会ったばかりの余所者なのに、そこまで気を許してくれたことが嬉しい。

「昨夜の食事のお礼に朝食を作ったんだ。良かったら食べとくれ」
「ありがとう。俺も手伝うよ」

 親子で早朝から採取と狩りに励んでいたようで、オーガストの手には獲物がぶら下がっていた。
 カモに似た鳥で、結構大きい。
 既に血抜きまで済ませているようで、綺麗に丸裸にされている。

「串焼きにするんだ。この鳥の肉、すげー美味いんだぜ」
「なら、この調味料を使うといい」

 手渡したのは、百円ショップで購入したマジックソルト。俺がとてもお世話になっている便利アイテムだ。

「これは塩なのかい?」
「岩塩にハーブやスパイスを混ぜたものですよ。ブレンドしているから、肉に振るだけで美味しく調理ができて便利なんです」
「へぇ……! さすが、エルフは物知りなんだね」

 感心したように頷くジューンからそっと視線を逸らせる。
 珍しいと思われそうだったら、エルフを隠れ蓑にするのはありかもしれない。
 本物のエルフに知られると叱られそうだが。

「スープは俺が作りますよ。それは?」
「ああ。鳥を狩るついでに巣を見つけてね。卵も手に入ったんだ。幸運だったよ」

 卵は焼かずに茹でて食べるらしい。
 そっちの方が腹持ちが良いのだと教えてくれた。なるほど、それは大事。
 二人が森で採取してきてくれた野草やキノコを使い、スープを作る。コンソメキューブをこっそり放り込み、味を整えれば完成だ。
 焼き鳥とゆで玉子とスープだけでは寂しいので、【アイテムボックス】からフランスパンを取り出した。
 柔らかいパンや甘い菓子パンだと驚かれそうだったので、コンビニでいちばん堅そうなパンを選んだのだ。
 食べやすいように一口サイズに切り分けて、木皿に盛り付けた。
 焼いた肉を載せて食べても良いし、スープに浸して食べるのもありだが、りんごジャムを喜んでいたメイのためにジャムの瓶も並べておいた。

「家まで俺が運ぼうか?」
「いや、後片付けも面倒だし、ここで食べちまおう」

 共同の炊事場の近くには切り株のイスが無造作に置かれている。
 フードコートのように好きな場所に座って食事を楽しむのだろう。

「俺、メイを呼んでくる」
「ああ。大丈夫。コテツに頼むから」

 念話で呼び掛けると、コテツはすぐに起きたらしい。
 メイを起こして、下に降りてくるように伝えると、ニャーンと快活な返事があった。
 しばらく待つと、一人と一匹がツリーハウスから降りてきた。
 メイは縄梯子を使い、コテツは猫らしく身軽に枝を使い、器用に地面に降り立つ。

「驚いた。あの子はアンタの従魔なのかい?」
「んー。従魔というか、家族ですけど。すごく賢い子なんです」

 コテツが猫の妖精ケット・シーなのは内緒にしている。
 黄金竜のレイが言うには、妖精族は希少な種族なため、秘密にしておいた方が良さそうだったので。

(うちの子が誘拐されたら大変だしな)

 山猫の魔獣をテイムしたのだと言い張るつもりだ。
 弱い魔獣にはあまり興味を持たれないだろうし、危険そうなら影に潜んで貰えば良い。

「ママ、おなかすいたー」
「はいはい。朝食にするよ。こっちにおいで」

 四人が座れそうな切り株スペースを確保する。折り畳み式のテーブルは俺が提供した。
 テーブルの真ん中にパンを置き、後はそれぞれの皿にスープと焼き鳥を並べていく。
 メイはさっそくジャムを見つけて、ぱっと顔を輝かせている。
 エルフが食前の祈りをするのかは謎だったので、心の中でいただきますと唱えて、さっそくスープを口にした。
 うん、コンソメは安定の美味しさ。新鮮な野草とキノコの食感も良い。

「この塩、すげぇよ、トーマ! 肉がめちゃくちゃ美味い。いつものように焼いただけなのに」
「お、気に入ったか? メイは辛くない?」
「だいじょうぶ! すっごく美味しい!」

 子供たちにも好評なようで嬉しい。
 俺も食べてみたが、良い焼き加減で旨かった。少し硬めの肉だったけれど、滋味豊かな味わいだ。皮の部分がパリっとしており、とても美味しい。
 ジューンはパンが気に入ったようで、肉を載せて旨そうに頬張っている。

「んー……このパン、香ばしくて最高の味だね。こんなに美味しいパンは初めてだ」
「うん! メイもこれ好き! すっごく柔らかいパンだもん。ジャムも甘くておいしい」

 フランスパンをすっごく柔らかいと褒められて、動揺する。いや、これ硬めだよな? 食い千切るのには結構力がいるよな?
 このパンがすっごく柔らかいのならば、異世界のパンの硬さや如何に。
 ふわふわ食感が至高な日本人的には試してみる度胸もない。
 ゆで玉子をそのまま食べようとした三人を止めて、ガラスの容器に移し替えておいたマヨネーズを付けてやった。
 三人とも気に入ったらしく、売ってくれと頼まれたが、冷蔵庫のない場所ではさすがに食中毒が怖い。
 秘伝の調味料で少量しかないと断った。
 周囲の住民たちも残念そうにしていたので、聞き耳を立てられていたのかもしれない。

(今日の行商は食べ物系は止めておこう)

 コンソメを欲しがる奥さま連中には簡単なレシピだけ伝えておけば良いかな。


◆◇◆


 食後はのんびりと昨日の肉料理やスープのレシピを教えて過ごし、昼前に広場で商品を広げた。
 本日販売するのは、百円ショップで手に入れたハサミがメインだ。
 この集落では長く伸びた髪はナイフで削いだり、火で燃やして散髪するのだと聞いて、慌てて用意した。
 和鋏わばさみに近い形の物は元いた世界でも、紀元前から羊毛を刈るために使われていたらしいし、さすがにハサミ程度では文化にもそう影響はないだろう。
 散髪には使いにくいので、ここでは洋バサミを売ることにした。
 デモンストレーションとして、オーガストに協力してもらい、伸びきっていた後ろ髪を切ってやったところ、これが大人気に。
 用意した二十本のハサミは全て売り切れた。ほぼ全世帯に行き渡っている。

「すごく便利よ! これなら、毛先も傷まないわ」
「薬草の採取にも使えそうよね」
「あ、採取用のハサミもありますよ」

 百円ショップで買った園芸用の剪定バサミも人気で、こちらも完売。
 猫科の皆さんにはどうかな、と爪先を削るヤスリを出してみたが、女性陣には好評だった。自分で好きな形に整えられるのが良かったらしい。
 さすがに爪切りはハサミもない世界では不自然かと思い、出さなかった。
 男性たちからはヒゲ剃り用の道具について相談され、こちらも百円ショップで手に入れたカミソリを売ることに。
 収納に便利な折り畳み式のやつだ。
 刃物をたくさん買ってもらったので、村長にお手入れ用の砥石を進呈した。

「結構良い価格だったけど、皆いっぱい買ってくれたな……。ぼったくり過ぎたか?」

 心配になるほどの売り上げを前に頭を抱えていると、オーガストがけらけらと笑う。

「貴重な刃物だもん。むしろ、かなり安くしてもらったって、皆喜んでたぜ?」
「……そうなのか?」
「うん。あのハサミだって、たぶん街で似たような物を手に入れようとしたら、ドワーフ工房に頼むことになるだろうし。そしたら金貨が何枚も飛んでくよ」
「そうなのか……」

 俺は刃物類を銀貨一枚で売った。
 仕入れは百円ショップなので、日本円にすると一万円での転売だ。
 今日だけで五十万円以上の儲けがあるが、それでも集落の人たちにはとても感謝された。

「なら良いんだけど」
「また、ここに来てよ。皆歓迎するからさ」

 周辺国の貨幣を手に入れるための行商だったが、こんなに喜ばれると悪くない気分だ。

「ああ、また寄らせてもらうよ」
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