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81. 〈幕間〉黄金竜の暇つぶし

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 この世界には資源という物が極端に少ない。生まれたての黄金竜に、創造主たる神は憂えた表情でそうぼやいていた。
 その資源とやらは数万年の時を育まねば、使えるようにはならないらしい。
 そのため、創造神さまは魔力の源となる魔素を星に与えた。
 魔素は渇いた土を潤し、草木を生やさせた。海や山が発現し、蒸発した海水が雨を呼んだ。雨は土地を富ませ、やがて川や湖が生まれて多彩な植物や生物が産まれた。
 ぽこぽこと小さな生き物が生じ、増えていく様を眺めるのは楽しかった。

 創造神と対になる破壊の神はたまに地上に手を入れた。放置したままだと進化の速度は極端に遅くなるらしく、時折手を掛ける必要があるのだと言う。
 小さな生き物たちの集落を破壊の神は指先で「き混ぜ」る。そうすると、大半は壊れてしまうが、生き残った個体は強く賢く育つのだ。
 そうやって二柱が目を掛け、手を入れて大切に育んできたのが、この世界だ。
 豊かに育った星は黄金竜にとっても愛しく、大切な存在だった。

「ああ。また魔物や魔獣が生まれてしまった」

 創造神がふとため息を吐かれた。
 小さき命を慈しむの神には悩みがあった。
 虫や動物、人という生き物が濃い魔素に充てられると変質してしまうことを嘆いていたのだ。
 魔獣程度ならばまだ良いが、力のある魔物が増えると小さき命たちはすぐに滅びてしまう。

「ならば、弱く小さいモノの数を増やそうか」

 爪や牙をもたない弱い人種には知恵を授け、武器や能力を与えてみた。
 数を増やすためにダンジョンを作り、そこで人が欲する資源──食料や鉱石類を手に入れることが出来るようにした。
 試練を得て強くなった人種が増えれば、魔物に害されても、全滅することはなくなるだろう。
 
 だが、ダンジョンなどの濃い魔素を多く溜めた場所では魔獣や魔物が溢れ、変異して強大になる存在が現れ出した。
 人の手に余る現象は、憂えた神に命じられた神獣たる黄金竜がしずめに向かった。
 
『この世界を見守り、人の手に負えぬ魔素の暴走のみ駆逐せよ』

 それが、黄金竜に与えられた、創造神からの唯一の命令だった。

 だから黄金竜は魔素の濃い魔の山の天辺に巣を作り、これまで世界を見守ってきた。
 破壊への渇望が収まらぬ神と創造神が対立し、世界が揺れようとも、黄金竜はそこに手出しが出来ない。
 ただ、魔素の暴走で起こる氾濫スタンピードや、魔王種と呼ばれる変異体が生じた際には存分に力を振うことができた。

 とは言え、そう多くあることではない。
 生物の頂点に在る黄金竜は、魔の山の天辺でいつも退屈していた。
 たまに人の住む場へ降りてみようとしても、いたずらに怯えさせるだけだったので興味はあったが、諦めた。

 空を飛ぶことだけが唯一の楽しみと成り果てていた黄金竜は、その日、己の棲まう魔の山の麓に見慣れぬ物を見つけた。
 
(あれは、ダンジョンの入り口のあたりか……? 森の木が倒されて、何やら珍妙な建造物がある)

 足元を確認することが疎かになっていたことを反省しつつ、ぐるりと空を旋回する。
 緑の木々と良く似た色の建物なので、すっかり森に馴染んでいたのだろう。
 たまに人の住む村や街の辺りを見下ろした際に目にした建物とは色や形が全く似ていないが、あれは『家』なのか。
 何やら作物を育てているようなので、誰かが住んでいることは分かるのだが。

(魔素の濃い、こんな場所に住む物好きがいようとは。よほど力に自信があるのだろうが)

 何よりも黄金竜が気になるのは、その建物周辺に張られた聖なる結界の存在だ。
 神々しい、神聖なこの気配は間違いない。

(なぜ、創造神さまの結界がこんな場所にあるのだ?)

 の方は、片割れの神を封じるために大きな力を使い、その身を損なわれているはず。
 まさか、召喚勇者がここにいるのか。
 空を飛びながら見下ろした建物の上に、小さき者の姿を見つけた。
 呆然とこちらを見上げている。その蒼い瞳と視線が合った瞬間、黄金竜は好奇心のまま、と語り合いたいと思った。
 そうして、黄金竜はその家の前に舞い降りて、そのハイエルフとえにしを結んだのだった。


◆◇◆


 最初は警戒していたが、言葉を交わしていくと、ハイエルフの少年は少しずつ心を開いてくれた。
 そうして、その珍妙な家へと招いてくれたのだ。ドラゴンの姿のままだと建物が壊れてしまう、と焦った彼に懇願され、人の姿に変化してみた。
 人の姿には詳しくないので、創造神さまの御姿を参考に。
 とうとき神の虹色の瞳だけは真似ることが出来なかったが、神々しい姿へ変化できたので概ね満足している。

 彼は「ばーべきゅー」という料理でもてなしてくれた。魔獣肉など食べ飽きていた黄金竜が、その美味さに思わず叫んでしまうほどのご馳走だった。
 串に挿して焼かれた肉には甘辛い味が付けられていた。この「そーす」が肉の旨味を引き上げているのだと彼は言う。 

 肉だけではない。
 見たこともない「やきおにぎり」や「やきそば」という食べ物も分けてくれた。これらは穀物を使った料理らしい。
 基本的には生肉を齧り、たまに森で見つけた果実を口にするだけの黄金竜には初めての食感と味のする食べ物だったが、どれも格別に旨かった。

 さらに、彼は「でざーと」までくれた。
 白くてふわふわした雲の欠片のような物を串に挿して、火で炙った食べ物だ。
 とろりと柔らかく溶けかけたそれを口に放り込むと、その甘さに殴られたような衝撃を受けた。

「なんだ、これは!」
「マシュマロだよ。甘いのは平気?」
「うむ。初めての味だが、とても美味いと思うぞ」
「そっか。なら、こっちも口に合うと思う」

 ふ、と口許を綻ばせると、彼は火で炙った「ましゅまろ」を茶色っぽい板のような物で挟んで手渡してきた。
 黄金竜は躊躇なく、それを口にする。
 さくり、とマシュマロとは違う食感に驚いたが、噛み締めた中からとろとろに蕩けたマシュマロの味が広がり、うっとりとした。

「……これも美味いな。サクサク、とトロトロと両方を味わえるのが素晴らしい」
「気に入ったんなら嬉しいよ。バーベキューする時には、やりたくなるんだよね。スモア作り。さすがに口の中が甘すぎるから、口直しのコーヒーを淹れるよ」
「こーひー」
「飲み物のこと。苦味と酸味があるけど、慣れると癖になるよ。苦いのがダメなら、ミルクと砂糖を追加すれば良い」

 手渡された入れ物に入っていた液体は、見た目は泥水のようだったが、香ばしい独特の香りがする。
 すん、と鼻を鳴らして嗅いだ匂いは悪くなかったが、味は最悪だ。
 苦い、と黄金竜が眉を寄せると砂糖とミルクを渡された。
 少年の真似をして匙ですくって砂糖とミルクを追加すると、飲めるようになった。
 甘くすれば、悪くない飲み物だと思う。

 コーヒーを飲みながら、彼の話を聞いた。召喚勇者ではなかったようだ。
 鑑定スキルで確認してみたが、やはり転移者ではなく、転生者だったので申告の通りなのだろう。
 召喚勇者の餌だと自嘲的に笑っているが、見た限りではそこそこ楽しく異世界生活を満喫しているように思えた。

 名を教えてもらい、黄金竜はふと自分も名で呼ばれたくなった。
 なので、この召喚に巻き込まれた少年に自身の名を付けて貰った。
 レイという名を、黄金竜は気に入った。ハイエルフの少年──トーマに名を呼ばれると、胸のあたりがふわふわと温まる気がした。


◆◇◆


 トーマはとても良い笑顔で黄金竜──レイを家の中へと招待してくれた。
 中は見たことがない物で溢れていた。
 先程教わったばかりの固有スキルの【召喚魔法】で手に入れた、異世界の品物なのだろう。
 魔物や魔獣ではなく、物を召喚するなど聞いたことがない。が、確かに快適に生き抜くには良いスキルだと思った。

 見たことがなかった建造物も異世界産とのことで、なるほどと納得したものだが、見るもの全てが興味深い。
 猫の妖精ケット・シーが『これ、すごくイイの』と教えてくれた「くっしょんそふぁ」とやらの感触も素晴らしかった。
 オーク肉のステーキも「くっきー」と「こうちゃ」も美味かったが、初めて入った「ふろ」も気持ち良かった。水浴びとは別物だ。
 風呂上がりの「こーひーぎゅうにゅう」には震えるほどに感動したものである。

 何よりも黄金竜レイの心を掴んだのは、異世界の書物だった。
 本物そっくりの絵が描かれた、上質の紙で綴られた本にも驚かされたが、異世界の物語が描かれた小説とやらには感動した。
 この世界に生じて千年近くを、ただ漫然と過ごしてきた身には、とても刺激的な書物だった。

(面白い)

 言語を翻訳できるスキルがあって良かったと、心底感謝した。
 分からない単語はこれで調べろと貸してくれた分厚い辞典も興味深い。
 じっくりと眺めていると、そういうのが好きなのか、と図鑑と呼ばれる書物も召喚魔法で取り寄せてくれた。
 彩とりどりの美しい絵で記された動物や植物。建物や景色の本。異世界の乗り物、魔法ではなく科学という事象。
 それら全てに魅了された。
 夢中で読み漁っていると呆れた眼差しが向けられているのが分かったが、止められそうにない。
 数百年ぶりに退屈を忘れて、新たな知識を貪るレイに、トーマはこの星と同じ、美しい蒼の瞳を細めて、こう提案してくれた。

「そんなに本が気に入ったのなら、しばらくうちに泊まって行くか? もちろん、宿代がわりにちょっとだけ手伝ってもらいたいんだけど」

 レイの返答は決まっている。

「是非とも、泊まらせてもらおう」

 黄金竜レイと召喚勇者の餌、トーマはがっちりと握手を交わした。
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