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79. 黄金竜を手懐けよう 1

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 異世界、日本の物品を召喚するという、俺固有の召喚魔法ネット通販は、神獣である黄金竜を大いに魅了した。

 それまでは倒した魔獣を生肉のまま貪り食っていた彼が、調理された肉の美味さを知ったのだ。
 日本から取り寄せた多種多様な調味料やソース類はドラゴンさえも虜にした。

「焼けたぞ、オーク肉ステーキ。にんにく醤油ソース味だ」
「おお、良い匂いだな」

 分厚く切ったオーク肉をじっくりと焼き上げた。ステーキソースの種類はたくさんあったので、好みの物を選ばせてみたのだが、にんにく醤油が好きらしい。
 醤油や味噌の香りが受け付けられないと落ち込む海外からの観光客と会ったことがあるが、レイは平気だったようだ。

「旨い! これがオーク肉なのか? 焼いたら肉なぞは硬くなると思っていたが、こんなにも柔らかいとは。それに、このソースの味! 食欲をそそる香りと味が素晴らしい」
「口に合ったんなら良かった。和風のソースいいよなぁ。おろしソースも結構イケるぞ?」

 バター醤油味や玉葱とニンニクの風味のソースなど、色々と味見しつつ、結局分厚いステーキを五枚ほどぺろりと完食した。
 

◆◇◆


 あれから黄金竜のレイは誘われるまま、コンテナハウスに足を踏み入れた。
 あらためて、玄関から招き入れてお茶に誘ったのだ。
 地球製の家具類を不思議そうに眺め、ビーズクッションの触り心地に驚いていた。
 
「人が作った物をこんなに近くで眺めるのは初めてだ。興味深い」
「レイは人の姿に化けられるんだろう? なら、人里に紛れることは簡単そうだけど」

 キッチンテーブルにレイを案内し、紅茶を入れて手渡してやる。
 甘党な彼のためにシュガーポットをさりげなく手前に置いてやった。
 レイは律儀に礼を言うと、さっそく紅茶に角砂糖を投入していく。コーヒーは五つ入れたが、紅茶は三つ。
 香りを堪能しながら、カップを傾ける。

「美味いな。……ああ、人里に降りたことがない理由、か? 以前に一度だけ街に遊びに行ったことがあったのだが、なぜか警戒されてしまったのでな。小さき者たちを怯えさせるのは本意ではなかったので、それ以降は遠くから眺めるだけにしている」
「あー……。なるほど理解した。レイのそのオーラ? 溢れ出る魔力の残滓みたいなの、かなり強いからな。そりゃ怯えられるか」

 俺は幸いハイエルフだったから耐性はあったが、一般人にはとんでもないプレッシャーだったに違いない。
 それに創造神をモデルに変化した人型も美形すぎて落ち着かないだろうし。

「どうやら魔族と勘違いされたようだった」

 不本意そうに黄金竜がぼやくが、たしかに間違えそうだなとは思う。
 魔族はハイエルフと同等の魔力を有し、また玲瓏とした美貌を誇る種族だと言う。
 人族の街はさぞやパニックに陥ったことだろう。

「仕方がないので、変化を解いてそのまま飛んで帰った。魔族ではないと証明したのに、やたらと騒がしくて難儀した」
「まぁ、魔族でなかったのは幸いだけどさぁ。でっかいドラゴンもそれ以上に怖いからな?」

 黄金竜には悪気はなさそうだが、何気ない行動ひとつで災害級の被害が出るのだ。
 怪獣に近い生き物には自重を教えないと。
 当の本人はお茶請けのクッキーを幸せそうに齧っている。気に入ってくれたようで何よりだ。
 ちなみに猫の妖精ケット・シーのコテツはようやく、この黄金竜が自分を害する存在ではないと理解したようで、そろそろと顔を出し、俺の膝の上でクッキーを食べている。

「レイは急ぎの要件があったりするのか?」
「いや、特にないが」
「ならさ、しばらくこの家に泊まっていかないか?」
「この家に?」

 きょとんとした様子で首を傾げる美貌のドラゴンに、俺はなるべく自然な笑顔を向けた。

「そう。転生させられてから、身の安全のために大森林暮らしを続けているけど、ここにはコテツしかいないし、暇だったんだよね。せっかく出会えたんだから、レイのこととか、この世界について色々教えて欲しいなと思って」
「……む。トーマは勇者陣営の者だし、あまり一方に関わるのは良くないことなのだが」

 綺麗な弓形の眉を顰めて、何事かを考え込んでいたレイだが、ふと顔を上げた。

「トーマは寂しかったと言っていたな、そう言えば」
「あーそれは忘れて……」

 そんな真顔で問われると、いたたまれない。だが、レイは端正な口許を綻ばせて頷いて見せた。

「良いだろう。遠くからの転生者よ。私もここではない、違う世界の話を聞いてみたい。しばらくは互いの情報を交換するために、ここに滞在しよう」
「! ありがとう、レイ!」

 あらためて、握手をする。
 ドラゴンは握手を知らなかったので、口頭で説明し、膝の上のコテツと見本として握手をして見せたら、面白がって握り返してくれた。まるで小さな子供だ。

「難しく考えなくても、単に友達の家に遊びに来たとでも思えば良いんだよ」
「友か。……なるほど。なら、しばらく世話になる。よろしく頼む」

 交渉成立。
 ならば、次にすることは決まっている。

「じゃあ、まずは風呂に入ろう。言いたくはないが、レイは少し、その、獣臭いぞ?」
「なっ……⁉︎」

 唐突な指摘に、レイはショックを受けている。申し訳ないが、ここは譲れない。
 
「風呂の使い方は教えてやるから! 風呂はいいぞー? なー、コテツ?」
「にゃー!」

 風呂好きなコテツが嬉しそうについてくる。行くぞ、と呆然としているレイの腕を掴んで風呂へ向かった。

「バスルームは空間拡張してあるから、五人は余裕で入れる広さがあるんだ」

 今からお湯を沸かすのは面倒だったので、さくさくと水魔法でバスタブを満たした。

加熱ヒート。……うん、良いお湯だ」

 脱衣所でぱぱっと服を脱ぎ、腰にタオルを巻いたらさっそくバスルームへ。
 レイの服は魔法か何かで作った物らしく、俺の腰のタオルを真似た物へと変化した。
 
(本当は匂いや汚れは浄化魔法クリーンで綺麗に落とせるんだけどな。ここはぜひ、風呂の気持ち良さにハマって貰わないとな!)

 戸惑うドラゴンの化身をバスチェアに座らせると、頭の天辺から磨き上げていった。


◆◇◆


「…………なるほど、これがフロ……たしかに気持ちが良いな」

 長い金髪を丁寧に結い上げられたレイが、バスタブ内でうっとりと瞳を細めて弛緩している。
 従妹たちにねだられて覚えたヘアアレンジがこんなところで役立ってしまった。
 
「そうだろ。気持ち良いだろう、風呂は。風呂上がりに飲む冷えたコーヒー牛乳も最高に美味いんだぞぉ……」
「ふみゃーん……」

 バスルームだけでなく、バスタブも拡張しているため、ちょっとした温泉くらいの広さになっている。
 そこに二人と一匹は肩まで浸かり、のんびりと湯を堪能していた。
 シャンプーリンスにトリートメントまで施され、レイからはフローラルな良い香りが漂ってくる。
 泡立てネットでボディソープをあわあわにした物も気に入ったらしく、はしゃいでいた様子は子猫時代のコテツとそっくりだった。
 そうして今は、良い香りのするバスボムを放り込んだ湯を満喫している。

(湯治をするドラゴン、って面白いな。まぁ、今の姿は単なるイケメンだけど)

 逆上せる寸前に湯から上がり、冷えたコーヒー牛乳を二人と一匹で堪能した。
 コーヒー牛乳の甘さがかなり気に入ったらしいレイはご機嫌だ。
 風呂上がりに俺が着ているTシャツとハーフパンツをコピーした服を身に纏い、コテツと一緒に、人をダメにするクッションソファに寝転がっている。

「おお、これは面妖な感触だな。だが、悪くない。ずぐずぐ沈んでいくのが面白いな、ケット・シーよ」
「なぁん!」
「おお、すまぬ。コテツだったか」
「にゃん」
「ナチュラルに会話を交わすとか、さすが神獣だな」

 獣たちの神たる存在らしく、動物の言葉は分かるらしい。
 ちなみに魔獣は獣が魔素に侵されて変化した存在なので、ドラゴンは魔獣を食べるが、普通の獣には一切手を出さないようだ。
 コテツは獣ではなく妖精だが、親しく声を掛けられて、少しずつ仲良くなっているようで、距離が縮まっていた。
 特に俺が邪魔な長髪を百円ショップで購入したシュシュで結んでやったのが気になるらしく、金の髪が揺れるごとに小さな前脚でじゃれついていて可愛い。
 黄金竜も生まれたてに近い妖精にじゃれつかれても微笑ましそうに見つめるだけだった。
 大きくて強い動物ほど、普段は穏やかなのかもしれない。

 ビーズクッションに凭れながら、レイは目についた雑誌を手に取り、興味深そうに捲っている。

「読めるのか? 日本語だけど」
「問題ない。【全言語理解】スキル持ちだ」

 ドラゴンにもスキルはあるのか。
 日本語が読めて好奇心旺盛な性格のレイならば、日本文化にどっぷり浸らせるのも悪くないかもしれない。
 俺はにんまりと笑いながら、我が家のように寛ぐドラゴンを手招きした。
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