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77. 黄金竜
しおりを挟む食後のコーヒーを美味そうに啜った後、黄金竜は大きく頷いた。
「……ふむ、なるほど。創造神さまがここしばらく片割れについてお悩みだったが、まさか異世界から小さき者を召喚されたとは。いかに創造神さまと言えど、世界の理を曲げると大いに力を削がれる。それで、このところ彼の方の気配が薄れておったのか」
大いに力を削がれている? 創造神が?
それは初耳だ。
「もしかして、あのケサランパサランみたいな姿になっていたのは……」
「そのケサランパサランというものが何かは知らぬが、この世界を救える存在を四人も異世界より召喚したのならば、あの神々しきお姿も今は損なわれているだろう」
「いや、勇者は三人な。俺は単なる巻き添えだから。……それにしても、あれが本体だと思ってたけど、たしかに神さまが毛玉なわけないよな。破壊神たる邪竜と対の存在なら、まさかドラゴン姿が本体とか?」
思わず、目の前の美貌の男をじっくりと眺めてしまう。当の黄金竜はコーヒーが苦かったようで追加の砂糖を投入している。
ミルクはたっぷり、砂糖も二つ入れて渡したはずだが、ドラゴンはどうやら甘党らしい。
合計五個の砂糖入りコーヒーの味はお気に召したようで、満足そうに頷いている。
「創造神さまのお姿か? その時々で、様々な姿をお取りになるぞ。私のこの姿は人型の創造神さまを模したものだ」
「マジか。毛玉じゃなくて、こんなイケメンだったのか創造神……」
豪奢な金髪と紫水晶の双眸。トーガ、だったか。古代ローマ風の白い布をぐるっと巻いた衣装を身に纏っており、確かにとても神々しい。
ファーストコンタクトの際にこの姿で創造神が顕現していたら、ケサランパサラン呼ばわりは絶対にしなかったし、対応も変わっていただろう。
(でも、今さら敬語で話すのもな。あっちも落ち着かないだろうし、うん、もうこのままで!)
創造神も特に不敬だと怒ったりはしなかったので、その懐の広さに甘えようと思う。
ちなみに神獣と自称する黄金竜とは、一緒にバーベキューを食べた段階で、何となく仲良くなったので、普通に喋っている。
本体があのドラゴンだと思うと恐ろしくはあるが、人型となった彼は落ち着いた声音で話す天然系なイケメンとしか思えなかったので。
(それに、この世界で出会った、第一異世界人! いや、竜? とにかく、会話が出来るのがめちゃくちゃ楽しい!)
猫の妖精のコテツを相手に話すのとは違い、きちんと会話を交わせることがこんなに嬉しいとは。
「あー…どんだけ寂しかったんだよ、俺」
我にかえると恥ずかしい。
日本にいた頃には、一人でのんびり静かに過ごしたいと熱望していたくせに。
「さみしいのか、勇者よ」
「いや、だから俺は勇者じゃないんだってば」
「ああ、そう言えば。勇者の餌、だったか」
「いやまぁ、そうだけど! せめて名前で呼んでください、悲しくなる」
「そうか。そう言えば、名を知らない」
「冬馬だよ。トーマって呼んでくれ。黄金竜の名前は?」
こっそり鑑定してみたが、黄金竜という種族名以外は読み取れなかった。
神獣だからか、そういうスキルがあるのかは分からない。ただ単にレベルの差があり過ぎて、鑑定が弾かれているのかも。
「トーマ、か。あい分かった。そう呼ぼう。私に名前はない。ただ、黄金竜と呼ばれている」
「名前がないのか? 不便だな」
「なら、適当に呼ぶが良い」
「適当にって……」
呆れて、黄金竜を見やるが、当人は気にもしていないようだ。
首を傾げて、こちらをじっと見詰めてくる。野生の獣と違い、ドラゴンはどうやら視線が合っても怒ったりはしないらしい。
どんな名で呼ぶのだ? とばかりに好奇心に満ちた眼差しを向けてくる。
ちょっとワクワクしていません?
この流れで、名付けはできないと断りにくいじゃないですか。
(名前、名前か……。呼びやすいのが良いよな? そう言えば、金色の毛並みとか行儀良く座ってこっちを見てくる感じが、アイツに似ている……)
祖父が飼っていた、ゴールデンレトリバーを思い出す。
人懐こい大型犬だった。毛並みが良くて、食いしん坊なところが、どことなく似ていると思う。
彼は自分の力が強いことを知っていて、子供がリードを握り散歩に連れ出すと、ゆっくり慎重に足並みを揃えてくれた。
賢くて、優しい子だった。
非力な俺たちを潰さないよう、細心の注意を払って近寄ってきたドラゴンとも、少しだけ似ている。
「……レイ、って名前はどう? 俺が貴方を呼ぶ時だけのニックネームとして」
「ふむ、レイか。良い響きだな。どんな意味がある?」
「え、意味?」
まさか祖父が飼っていた犬の名前とも言えない。慌ててスマホを取り出して、辞書アプリで検索した。
たしか、漢字は『零』だったはず。
「零、……ゼロは正と負の境界の数、かな? 漢字、俺たちがいた国の文字にすると、静かに降る雨とか、色んな意味がある言葉だ」
『令』はお辞儀をして神様にお願いをする意味がある。『雨』と合わせると、神様に祈りが通じて雨が降る、を表す。
良さそうな説明を拾い上げて教えると、黄金竜は満足そうに口角を上げた。
「良い名だ。気に入った。その名で呼ぶことを許そう」
嬉しそうに瞳を細めている姿が、やはりゴールデンレトリバーの『レイ』と重なる。
うん、可愛いとこ、あるんじゃないか?
「正と負の境界のゼロ、か。言い得て妙よな。その言葉通りに、私はお前たちに力を貸してやることは出来ぬのだ」
「俺たちって、勇者のことか?」
「そうだ。この世界の小さき者たちの味方になり、創造神さまの敵を討ち倒すことは出来ない」
「どうしてだ? レイは神獣なんだろう? なら、邪竜は倒すべき存在じゃないのか」
創造神を慕う、黄金竜。
鑑定出来ぬほどのステータスを持つ彼が勇者たちの味方になってくれれば、これほどに心強いことはない。
なのに、彼はあっさりと首を振った。
「創造と破壊、どちらもこの世界に必要な二柱の神。神獣だからこそ、一方に肩入れは出来ぬのだ」
「破壊の神がこの世界を丸ごと壊し尽くそうとしていても?」
「二柱の争いなのだ。彼らの代理として、勇者と魔族が戦う。私は見定めることしか出来ないのだ、残念ながら」
残念だと、ため息混じりに呟く。
神々の掟に縛られてはいても、彼自身はこの世界が壊されることを惜しんでくれているのか。
(……なら、希望はある)
「代理戦争ってことなら、勇者が魔族を倒せば勝ちなのか? 邪竜ではなく」
「神は倒せぬ。封じるか、鎮めることになろう」
「……そうか」
倒さなくて済むと知って、ほっと息を吐いた。封じるか、鎮めるためのスキルや武器を創造神はアイツらに授けているのだろう。
(とは言え、バックアップはあった方がいいよな。非力な俺では無理そうだが……)
甘いコーヒーを美味そうに啜る黄金竜──レイを横目で盗み見る。
うん、強そう。
頼りになること、間違いなし。
「レイが邪竜に攻撃できないことは分かった。ところで、レイは魔獣肉が主食なんだな?」
「む? そうだな。肉を好む。穀類や果実、何でも食うが、やはり肉がいちばん食い出が良いからな」
「魔物肉も美味いよな。オークの上位種とか」
「うむ、あれは美味よな。見た目は悪いが、味は絶品だ」
「食用以外の魔物や魔族が襲ってきたら、レイは迎え撃つのか?」
「もちろん。私は創造神さまに命を賜った神獣。売られた喧嘩は高く買うぞ」
ふすん、と鼻息も荒く言い放つ黄金竜に、俺はにっこりと笑い掛けた。
「そっか! それを聞けて安心したよ。そうそう、俺の固定スキルについて知りたがっていたよな?」
食卓を囲み、会話を交わしたこの数時間で、黄金竜の性格は何となく分かった。
好奇心が旺盛で、食いしん坊で、優しいドラゴン。神獣であることを誇りに思い、魔獣や魔物には容赦がない苛烈さもある。
「レイが気に入る物がたくさん見つかると思うぞ?」
「おお、そうか? 楽しみだ」
大型犬が尻尾を振る幻覚が見える。
とっておきの召喚魔法は、きっと彼の好奇心を大いにくすぐることだろう。
(さぁ、ドラゴンの餌付けだ)
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