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76. 初めての訪問者

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『ドラゴンのブレスも弾く、とっておきの結界だよ!』

 創造神ケサランパサランがそう胸を張って宣言していたし、魔王ならぬ邪竜がラスボスだと聞いていたので、この世界にドラゴンが存在することは知っていたが。

(まさか、最強の魔獣たるドラゴンと対峙することになろうとは)

 そのドラゴンは美しい黄金色の鱗の持ち主だった。
 陽光の下、煌めく鱗の一枚一枚が美しい。
 祖父が飼っていた、自慢の金色の錦鯉を思い出す。
 とは言え、相手は5メートル級のドラゴンだ。今は折り畳まれている翼を広げると、10メートル以上はあるだろう。
 翼の形は蝙蝠のそれに似ている。羽毛で覆われてはおらず、皮膜で出来た立派な翼だ。
 蝙蝠と違うのは、翼が前脚ではなく、ドラゴンは四つ脚なことだろうか。
 鋭い鉤爪はもちろんのこと、太く逞しい尻尾にひと撫でされただけで容赦なく潰されそうだ。
 
「シャアアッ!」

 コテツが尻尾をパンパンに膨らませて巨大なドラゴンを威嚇する。
 背中の毛が逆立ち、瞳孔も開ききっていた。勇ましい姿だけど、俺の肩に乗って半ば隠れながらの威嚇なので微妙に迫力がない。
 実際、この目の前の金色のドラゴンは小さな猫には見向きもしていなかった。
 コンテナハウスの屋上で固まる俺のことを、そのドラゴンはじっと見詰めてくる。

(……攻撃を、する気がないのか?)

 奇妙な物を見つけた、とばかりにドラゴンはこちらを観察していた。
 その紫水晶のような澄んだ瞳には、たしかに理性の色が伺えた。
 結界の存在も理解しているようで、無理に近寄ろうともしてこない。
 攻撃されないようだ、とぼんやり気付いてから、こちらも同じようにドラゴンを見詰め返した。

(野生の獣なんかは目を合わせると怒るみたいだから、なるべく視線は合わないようにしよう……)

 日本には、多彩なデザインで描かれたドラゴンのイラストが溢れていた。
 西洋風のドラゴンに、中華風の龍。
 日本の竜は中国の影響が濃い、にょろっとした蛇に似た造形だったが。
 この世界のドラゴンはファンタジー映画でも良く見かける西洋風のドラゴン、そのものだ。
 顔立ちは凛々しくも愛嬌がある気がする。ワニのような強面系ではなく、アゴヒゲトカゲのように目がぱっちりとしている。
 顔の周りは鱗が逆立ったように立ち上がっており、タテガミやツノのよう。
 今は口は閉じているが、開くと鋭い牙が生え揃っているのだろう。

「なぁう?」

 大人しく座ったまま、こちらを観察するだけのドラゴンに、怯えて威嚇していたコテツが不思議そうに首を傾げた。

『あれ、なぁに?』

 そんな風に問い掛けられても、困ってしまう。
 とりあえずは相手にこちらを害する気はないようなので、コテツの威嚇が収まったのはありがたい。
 そっと乱れた毛並みを直してやりながら、大丈夫と繰り返し囁いてやった。
 とは言え、ずっとこの睨めっこが続くのは気分的にも落ち着かない。
 なので、大きく深呼吸をして、思い切ってドラゴンに声を掛けてみた。

「俺たちに、何か用か?」

 語尾が震えなかっただけでも褒めて欲しい。最強の結界に守られていたとしても、怖いものは怖いのだ。
 金色のドラゴンは俺の問い掛けに、ゆっくりと瞳を瞬かせた。
 ドラゴン、目蓋があるのか。
 なんて益体もないことを考えてしまう。多分、現実逃避。
 金色の鱗に覆われたドラゴンの首がふと傾げられて。

『特に用はないが、コレは何か気になったのだ』

 頭の中に響く、やたらと良い声。
 念話テレパシーなのだと、すぐに気付いた。創造神ケサランパサランも使っていたので覚えがある。
 たぶん、コテツから伝わる辿々しい言葉とも同じ、ドラゴンからの思念。

(言葉が通じる!)

 途端、ほっと安堵の息が零れ落ちた。
 異世界に転生して、何が恐ろしいかと言えば、言葉が通じないことだと思っている。
 言葉は互いを理解するには大切なツールだ。害意や悪意がないと証明するためにも必要な言葉が通じないのは、恐怖でしかない。
 たとえ、会話の末に交渉が決裂しようとも、相手のことを全く知ることも出来ず、自分のことを知って貰えないよりは断然マシだと思う。
 意思疎通を交わせる相手であるなら、言葉を交わせない魔物よりも歓迎できる。

「コレって、結界のことか? それとも、この建物のこと?」
『両方だ。そうか、コレは結界か。創造神さまの気配がしたので降りてきたのだが』
「ああ。創造神……さま、の加護? 祝福だっけな? 魔獣や魔物の攻撃から守ってくれる結界を付けてくれたんだ」
『……ふむ。お前はハイエルフだろう? なぜ、創造神さまの祝福を得たのだ?』

 艶やかな低音で紡がれる念話。
 ドラゴンはよほど好奇心が旺盛なのか、ぐいぐい聞いてくる。
 今のところ、こちらに敵意はないようなので、それには安心したが。

「えーと、どこまで話せばいいのか……」

 困惑しながら、頭を掻いた。
 特に創造神に口止めはされていなかったよな? 勇者召喚やら転生やら諸々、話すと地味に長くなる。
 それに、召喚勇者である従弟たちが倒すべきラスボスは邪竜だ。この金ピカのドラゴンも同族なので、敵側の可能性もある。
 躊躇していると、ドラゴンは『ふむ』と何やら勝手に納得した。

『案ずるな、異世界からの客人よ。私は創造神さまにより命を授けられた神獣、黄金竜。お前を害することはない。見よ』

 穏やかな声音でそう告げると、ドラゴンは前脚を伸ばした。
 鋭い鉤爪が創造神の結界をすり抜ける。

『私が理性のない獣であるなら、結界に弾かれていただろう。安心するが良い』
「マジか……」

 結界の役立たずぶりに頭を抱えたくなったが、彼の言う通りに神獣であるならば、創造神の眷属か。

(結界は魔物や魔獣への目眩しの効果もあるのに、このドラゴンは最初からココが見えていた。なら、信用しても良いのか?)

「……分かった。アンタを信用する。説明するから、ちょっと待ってくれ。ここじゃ距離があるから下に降りる」

 二階建てコンテナハウスの屋上で、楽しくバーベキューをしていたので、結界の外に座るドラゴンとはかなりの距離がある。
 ドラゴンに怯えるコテツも部屋に戻してやりたかったので、屋上から降りようとしたのだが。

『いや、私からそちらへ行こう。その見たこともない建物も気になっていたのだ』
「は? え、いや。アンタのその巨体じゃ、うちが壊れる……!」

 巨大な翼を広げるドラゴンを慌てて制止する。せっかく頑張ってポイントを貯めて購入した家がドラゴンにプレスされる悪夢に青褪めてしまった。

『む、そうだな。ならば、人の形をとろう』

 俺の悲痛な叫びをちゃんと聞いてくれたドラゴンがこくりと頷いた。
 ひとのかたち? と問い返そうとした俺の目前で、ドラゴンは淡い光に包まれた。
 黄金色の煌めきに目が眩み、そっと目を開いた時には畑の前に座っていたドラゴンが消え、代わりに長身の青年の姿があった。


◆◇◆


「む、これは美味いな。生肉が新鮮でいちばんのご馳走だと思っていたが、焼いた肉がこれほどに美味だとは」
「あー。まぁ、きちんと調理した生肉料理も美味いけど。たぶん、日本製のバーベキューソースが口に合ったんだな」

 コンテナハウス屋上でのバーベキューは急遽、参加人数が一人増えての続行中。
 上機嫌で健啖家ぶりを見せつけているのは、黄金竜と名乗ったドラゴンだ。
 人の姿に変化した彼は、男の自分でさえ見惚れるほどの美丈夫だ。
 黄金色の鱗が変化したのか、腰まである長髪は見事な金髪。
 ドラゴンの時と同じく、紫水晶アメジストの瞳は吸い込まれそうに澄んでいる。
 顔立ちも凄まじく美しい。彫りが深く、鼻梁も高い。髪と同じ色の睫毛はマッチが何本載るか試してみたくなるほどに長かった。
 形の良い唇は、今は夢中で串焼き肉を咀嚼している。がぶり、と肉に噛み付く唇の端から覗くのは鋭い牙か。
 神々しいほどの美貌の主の口許にはべったりとバーベキュー用のソースがこびりついているのは、ご愛嬌。

「あー…。口許、汚れてるぞ?」

 濡れたおしぼりでそっと口許を拭ってやると、すまぬな、と瞳を細めている。

(ドラゴンのくせにイケメンとかずるいよなー……)

 ひととおり、この世界に転生した事情を説明すると、ドラゴンは納得したらしい。
 そうして次はコンテナハウスについて問い正し、最後にバーベキューセットを指差して「あれは何だ?」と聞いてきたのだ。
 その頃には好奇心旺盛なドラゴンに説明するのに疲れ果てており、「いいから食え」と串焼き肉を手渡したのだった。

(まさか、人の食事をこんなに気に入るなんてなー……)

 魔獣肉は食べ慣れていたようだが、我が家のバーベキューの味付けは、日本産の調味料を使っている。
 従弟たちの様子からも、この世界の食事事情はあまり期待出来なかったが、ドラゴン的にも『地球飯』はすこぶる美味かったらしい。
 そうして彼は串焼き肉だけでなく、焼きそばや焼きおにぎり、口直しのデザートまで綺麗に平らげたのだった。
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