召喚勇者の餌として転生させられました

猫野美羽

文字の大きさ
上 下
73 / 203

72.〈幕間〉秋生 4

しおりを挟む

 トーマに頼まれた空樽は二つ手に入れた。
 一つは自分たち用に使うつもりだ。
 雑貨屋では扱っていなかったので、わざわざ工房まで出向いて新品を購入した。
 未成年なのもあるが、ワインの香りが染み付いた酒樽の匂いがキツかったので。

「匂いだけで酔っ払いそうだもんな」
「日本酒の入浴剤は体に良いって聞いたことがあるけど、たしかにコレはちょっと頭がくらくらする。無理」

 ハルもナツも賛成してくれたので、木の匂いのする新品の空樽を手に入れた。
 どうするのか、と不思議そうな表情をされたので、水を持ち歩くためだと適当に誤魔化しておく。
 水魔法の使い手がいない冒険者は飲み水に苦労するらしく、工房主に同情されてしまった。

 念のために、魔道具のトイレルームを設置して、バスタブ代わりに樽を使ってみたが、水漏れも無く、快適だった。
 浄化クリーンで汚れは落とせるが、肉体に溜まった疲れは取れない。
 凝り固まった筋肉がほどよく解れていく感覚は何物にも替え難く、その気持ち良さは格別だった。

「お風呂がこんなに気持ちの良いものだったなんて……」
「トーマ兄に感謝だな!」
「そうだな。バストイレに日本製の上質な寝具が揃った今、気力も体力も最高に充実している」

 家具店で召喚購入してもらったルームウェアも快適だ。
 この最高のコンディションのまま、三人でダンジョンアタックに再挑戦することにした。


 美味しい食事に、温かいお風呂、柔らかな上質の寝具のおかげで、ダンジョンキャンプは捗った。
 スキルも魔法も自在に操れるようになり、レベルは85を越えた。
 冒険者ギルドのマスターが、金級ゴールドランクが八人は揃った冒険者グループでないと攻略は難しいと言っていた中級ダンジョンを、三人で容易く制圧して行き、最下層のダンジョンマスターまで到達した。

「これって、キマイラってヤツか」
「三つ首それぞれに違う動物の頭が付いているのね。気持ち悪い」
「油断するなよ、ハルナツ兄妹。こんなでも、ダンジョンボスだ。強いぞ」
「わーってるっての!」
「全力でぶちのめすわよ」
「心強いな」

 キマイラは獅子の肉体に蛇と大蛇の尻尾、獅子と山羊の双頭がある4トントラックサイズの魔獣だ。
 攻撃力の高い獅子の頭と太い蛇の素早い攻撃は危険だが、いちばん厄介なのは山羊頭かもしれない。
 なにせ、山羊のくせに魔法を使う。
 
「山羊というより、悪魔の一種なのかもしれないな。無詠唱でないだけマシか」

 ハルが固有ギフト【滅魔の拳】を使い、山羊頭の顎を砕く。獅子頭がハルに噛みつこうとするのをナツの【聖なる盾】が防御した。
 ずっと一緒に過ごしてきた三人なので、連携は容易い。

「聖剣、召喚。塵となれ」

 詠唱は恥ずかしいが、威力は桁外れだ。
 賢者の固有ギフト【聖剣召喚】により、滅魔の光を纏った聖剣がこの手に顕現される。
 
──アキ、思いっきり脳天にぶちかましてやれ!

 初めて竹刀を握った俺に、ニヤリと笑ったトーマが唆したことを思い出していた。
 その声に背を押されて、力一杯振り下ろした竹刀が、気持ちの良い音を立てたのを覚えている。

 何度も肉体に刻み込んだ動きを、自然とトレースするように、煌めく剣が獅子を模した魔獣の頭上に真っ直ぐ振り下ろされた。
 悲鳴を上げることもなく、キマイラは絶命する。

「よし、やったな、アキ!」
「ダンジョンクリアね! レベルも一気に上がったみたい」
「……意外と、呆気なかったな?」
「それだけ真面目に私たちが頑張ったからでしょ? ほら、宝箱の中身を確認するよ!」

 ナツに腕を引かれて、ダンジョンボスのキマイラがドロップした宝箱に向かった。


「黄金の延べ棒が十本、ブルーダイヤ付きのティアラ。金貨がごっそり詰まった皮袋まであるな」
「あとはこの漆黒の短刀? 見るからに禍々しい造形だけど……」
「おお、すげぇなコレ。鑑定したけど、これで切り付けられると魔力を吸われるみたいだぞ?」
「それは呪いの短刀なんじゃ……」

 宝箱はかなり大きく、ぎっしりとドロップアイテムが詰まっていた。
 さすが、ダンジョンボス。豪奢な宝物を落としてくれたものだ。
 黄金のインゴットに宝飾品、古金貨に魔道具の武器など、物珍しいものある。
 
「敵の魔力を削げるなら、結構良い武器だと思うぞ? それは売らずに持っておこう」
「じゃあ、他のアイテムは売っちゃう?」
「他の魔道具は何だった?」
「えーと、魔道コンロと魔道冷蔵庫かな?」
「ダンジョンキャンプに使えそうだから、それも確保しておこう」
「そうだね。自炊にも慣れてきたし、魔獣肉料理を作る時に使おうか」

 コンロや冷蔵庫の魔道具は地味にありがたい。燃料として魔石は必要になるが、自炊時にはとても役に立つ。

(これも、創造神からの贈り物なのかもしれないな)

 トイレルームは素晴らしいドロップアイテムだったが、魔道コンロや冷蔵庫は今後もよく使うことになるだろう。
 自炊の度に、土魔法でカマドを作るのは面倒だったし、現代っ子的には直火よりコンロが使いやすい。

「お、帰還用の魔法陣が現れたな。帰るか」
「最後は扉じゃないのが不思議よね」
「魔法陣の方がそれっぽくてカッコいいじゃん」

 軽口を叩きながら、魔法陣に足を踏み入れる。行くぞ、と声を掛けて、アキは陣に魔力を流した。


「レベルは88か。金級ゴールドランク冒険者がレベル60からと聞いたし、結構良い方だよな?」

 ハルは能天気に笑っているが、あまり楽観視はできない。
 勇者のレベルがカンストするのは、幾つだ? 99や100が限界なのか、それとも上限はないのかさえも分からない。
 
「中級ダンジョンを攻略したくらいじゃ、まだまだ自信を持てないね」
「なら、次は上級ダンジョンだな」
「上級ダンジョンと特級ダンジョンをクリアしたら、邪竜に挑戦してみるか」

 創造神曰く、彼と対をなす破壊の神、邪竜は特級ダンジョンのひとつを占拠し、力を蓄えているところらしい。

「ドラゴンか……。やっぱり強いんだろうな」
「ナツ、怖いのか?」
「当たり前でしょ。怖いに決まっている。でも、ソイツを倒さないとこの世界からトーマ兄さんを連れて一緒に帰れないもの。頑張るしかないわ」
「そうだな。トーマ兄のためにも頑張ろうぜ! それにドラゴン肉はめちゃくちゃ美味いらしいし、楽しみだよな!」
「切り替えが早すぎないか、ハル。それに、本当に美味いのか、ドラゴンが?」
「これまで読んだラノベや漫画では、めちゃくちゃ美味いっぽいぞ?」

 魔獣肉が美味しいことは確かだが、本当にドラゴン肉は絶品なのだろうか。
 爬虫類が進化した生き物にしか見えないので、どうしても懐疑的になる。
 蛇やカエルの肉にも食用はあるが、哺乳類の肉の方が断然美味しいと思う。

「俺はドラゴンよりも牛の魔物が美味そうに思えるが」
「アキもそう思う? 私は馬刺しが好きだから、馬の魔物がいい」
「えー? 絶対ドラゴンだろ、そこは」
「不味くはないだろうが、鶏のササミっぽいイメージがある」
「私も。ちょっと筋肉質でパサパサな感じ? やっぱり牛か馬のお肉でしょ。オークも悪くはないけどね」
「オーク肉はたしかに旨い。……上級ダンジョンにオークキングはいるかな?」

 中級ダンジョンにはハイオークとその特殊個体しかいなかったので、未だオークキングの肉は食べていない。
 王家の者でさえ滅多に味わえない、最高品質の肉だと聞いている。

「……次の目標は決まったな」
「オークキング肉でトンカツ!」

 ダンジョンで得た財宝を冒険者ギルドで換金して、今夜は少しばかり散財しよう。
 コンビニショップで一番高い弁当とスイーツ。ちょっと贅沢なアイスクリームに舌鼓を打とうと思う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *無断転載、無断翻訳を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

処理中です...