62 / 203
61. ケット・シーの子ども
しおりを挟む妖精と聞いて真っ先に思い出すのは、子供の頃に目にした絵本やアニメのキャラクター。てのひらサイズで悪戯好き、透明な羽根が生えた可愛らしい存在だ。
イメージ的にはお花畑に棲んでいたり、夢の世界の住人か。
長じてからは、もう少し恐ろしい存在もその名に当てはまることを知った。
ケルトの神話や伝承では、ドワーフやゴブリンなども妖精の一種とされていたらしい。
『幻想生き物事典』は愛読書だった。
幼心にも、その幻想的な生き物には興味をそそられた。
おどろおどろしい姿の妖精と違い、その妖精は見慣れた姿をしていたからだ。
何を隠そう、その「会ったら、ぜひともモフモフしてみたい妖精」が、つい先程、保護をしたばかりの存在だった。
「猫の妖精……! めちゃくちゃ小さくて可愛いな……⁉︎」
片手のひらに乗るサイズの、そのケット・シーは本物の子猫だと生後三週間ほどか。
耳の先はまだ丸っこく、尻尾も細く短くて、ぴるぴると震えている。
「怪我は治したが、目を覚まさないな。血が足りないのか? いや、寒いのか」
小刻みに震えている身体はひんやりしている。慌ててテントまで戻り、ブランケットで丁寧に包んでやった。
召喚魔法で百円ショップを開き、湯たんぽを購入する。
「湯を沸かす時間ももったいない。加熱!」
生活魔法で沸騰させた湯を湯たんぽに注ぎ込み、火傷をしないようにカバーをかぶせる。【アイテムボックス】から取り出した段ボール箱を臨時の猫ハウスにすることにして、大急ぎで寝床をこしらえた。
最近の百円ショップはペットコーナーが充実している。まずは箱の底にペットシーツとタオルを敷き詰めた。
そこに湯たんぽを置き、ブランケットに包んでいたケット・シーの赤ちゃんをそうっと載せてやる。
「うん、暖かいな。たしか、子猫も寒さに弱いから湯たんぽ必須って聞いたことがある。あとは、ミルクか? ん? 妖精って飲食するんだったか?」
焦りのあまり混乱してしまう。
昔、読んだ絵本には妖精にクッキーやミルクを与えていた気がする。
ええい、ままよ! と再び召喚魔法で、今度はコンビニ商品を検索する。百円ショップには売っていなかったが、コンビニはあるはずだった。
「あった! 子猫用ミルク!」
粉ミルクではなく、紙パックに入った子猫用のミルクだ。さすがに哺乳瓶はなかったので、スポイトで与えてみることにした。
深皿に中身を移し、生活魔法で人肌に温める。低血糖気味の子猫にはミルクに砂糖を追加して与えると良いと聞いたことがあった。
「砂糖、砂糖。お、蜂蜜か。たしか、蜂蜜も体に良いよな? 猫には大丈夫だったか。いや、猫じゃねぇ妖精だ」
妖精なら蜂蜜は好物のはず!
温めたミルクにひとさじ蜂蜜を垂らして、ゆっくりと混ぜたものを、渾身の力で鑑定してみる。
「この蜂蜜ミルクを、コイツに与えても良いかどうか、鑑定!」
ピンポイントすぎる鑑定依頼だったが、見事期待に応えてくれた。
【鑑定結果:ケット・シーは蜂蜜ミルクが大好物だから、与えて良し。君の魔力を込めるように飲ませてあげれば、数日で元気になると思うよ。その子をよろしくね! 創造神より】
「お前かよ! でも助かった、ありがとう!」
魔力の込め方が良く分からないが、そっと抱き上げてスポイトごしにミルクを含ませてやった。
しばらくは口の端から力なくミルクが溢れ落ちていたが、根気よく続けていると、やがて喉を鳴らして飲み始めた。
んくんく、と懸命にミルクを嚥下している。弱々しいが、そこには生きたいという、確かな意志を感じた。
やがて、小さなお腹がぱんぱんに膨らんだあたりで汚れた口許を濡れタオルで拭い、箱の中に戻してやった。
薄い色合いだった鼻先や耳の中に血の気が戻ってきたらしく、桜色に色付いてくる。
「良かった。とりあえず、温めてミルクもやったし、大丈夫そうか……?」
子猫を拾った友人を手伝ったことがある。何をしていたっけ、と思い出そうとして、はっとした。
そうだ、食べたら出す!
トイレの手伝いが、子猫には必要だった。
「ティッシュを濡らせば良いんだったか? 濡れたタオルの方がいいかな……」
考え込んでいる間に、なぜかスマホがピロンと鳴った。勇者メッセアプリの通知音だ。
今頃、誰だ? とスマホを手に確認すると、何と創造神からだった。
『鑑定だと、まどろっこしいから、メッセで伝えるね! ケット・シーは嗜好品を食べても排泄はしないから、トイレのお手伝いは不要だよ』
なんだ、それ。アイドルかよ。妖精か。
思わず突っ込みそうになったが、創造神のおかげで助かったので、ここは素直に感謝の言葉を送っておく。
「なになに? 今はまだ生まれ落ちたばかりだから、蜂蜜ミルクで充分だけど、育ってきたら、美味しいご飯をあげてね? ……人と同じ食事で問題ないのか」
本物の猫なら、とんでもない話だが、この子は異世界産妖精の子どもなのだ。
やわらかなブランケットに包まれて、すやすや眠る子猫の妖精はずっと眺めていても飽きそうにない。
「可愛いな……」
日本でも良く見かけた、キジトラ柄だ。
こんな小さな愛らしい生き物を殺そうとするなんて、とんでもない魔獣だった。
地面に残っていた血痕の持ち主はおそらく、この子の母猫なのだろう。
血の量からして、もしかして兄弟猫も毒牙に掛かったのかもしれない。
「もっと早く助けられていたら、お前の家族も無事だったのにな。ごめんな」
人差し指でそっと子猫の額を撫でてやる。
甘えるように、口元をむにゃむにゃ動かす様がとんでもなく愛らしい。
「……良し。創造神にも頼まれたし、俺が責任を持って、親代わりにお前を育ててやる。だから、元気になれよ?」
ぴゅ、と子猫が鼻を鳴らした。
まるでこちらの言葉を聞き取ったようなタイミングに、苦笑する。
「うん、とりあえず後は……」
すっとスマホを構え、子猫の妖精の愛らしい寝顔を写真と動画で様々な角度から撮影していく。起こさないよう、細心の注意を払って。
もちろん、可愛い可愛い子猫ちゃんを従弟たちに自慢するためである。
「拠点としても悪くない場所だし、しばらくはダンジョンアタックは休んで、ここで暮らすか。子猫の妖精が心配だし」
幸い、大森林とダンジョンで手に入れた魔獣肉はたっぷりと在庫がある。
肉以外の素材は基本的に全てポイント化しているので、ポイント残数も余裕があった。
1か月ほどこの場所でダラダラ過ごしても食うには困らない。
「どうせ雨季の間は大森林にも出られないし。うん、子猫看病休暇だ!」
ウキウキと宣言する。
ダンジョンアタックも楽しくなってきたところだが、ずっと一人で過ごしてきた身には、この可愛い子猫の存在が尊くて愛しくて堪らないのだ。
(同族の美女ハイエルフ、美少女エルフじゃなかったのは残念だけど。子猫の妖精との出会いの方が、むしろ奇跡なのでは?)
猫は猫という存在だけで、成猫も老猫もひとしく愛らしいが、子猫はまた別物だ。別次元の可愛らしさなのだ。
しかも、まだミルクが必要な赤ちゃん猫。
成長すれば二本足で立ち、猫の王さま然とするのかもしれないが。
でも、今はまだ震えながらスポイトで懸命にミルクを舐めるしか出来ない、いとけない存在なのだ。
勇者メッセで子猫の写真を見せつけられた従弟たちが、またすぐ拾ってきてる! と呆れていることも知らず、この小さくて可愛いらしい命を全力で守り育てようと誓った。
350
お気に入りに追加
2,577
あなたにおすすめの小説

いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~
イノナかノかワズ
ファンタジー
助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。
*話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。
*他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。
*頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。
*無断転載、無断翻訳を禁止します。
小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。
カクヨムにても公開しています。
更新は不定期です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

野草から始まる異世界スローライフ
深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。
私ーーエルバはスクスク育ち。
ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。
(このスキル使える)
エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。
エブリスタ様にて掲載中です。
表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。
プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。
物語は変わっておりません。
一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる