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53. 梅雨の過ごし方
しおりを挟む山の天気は変わりやすいとは聞いたが、大森林での雨も気まぐれだった。
スコールのように激しく地面を叩く雨が降ったかと思いきや、霧雨が緑を覆い尽くす。
束の間の晴れ間には、そろりと洞窟から抜け出して、採取や狩猟でポイントを稼いだ。
雨が止む時間は長くて二時間ほどで、またすぐに激しく降り始めるので、濡れる前に拠点に帰らなければならない。
幸いハイエルフの肉体は自然に馴染んでいるらしく、何となく空模様を読むことが出来たため、ずぶ濡れになったことはまだなかった。
一日ずっと雨の日は読書や料理をして時間を潰した。漫画本だとすぐに読み切ってしまうので、最近は小説を読むことが多い。
小説に飽きたら、百円ショップで購入したナンプレ本やクロスワード本で時間を潰した。
「まさか、百均に本があるなんてな。全然知らなかった」
百円ショップで扱われている本は子供向けの絵本が多い。世界地図や塗り絵、クイズの本などもあった。
「大人のための塗り絵本は意外と面白かったんだよな。ついつい色鉛筆を揃えてしまった」
大人用のため、絵柄はかなり細かく、塗り分けるのが難しい。そのため、完成した時の達成感もまた格別だった。
花や鳥の絵柄の塗り絵が特に好きで、色の系統を揃えて塗る遊びにハマってしまったのは、従弟たちには内緒だ。
その他にもペン字の練習帳や数学、漢字のドリルもあった。
般若心経の練習帳を見かけた時には驚いたが、意外と楽しかったし、一冊を終えた時には筆ペンの字がかなり上達していて、笑ってしまった。
謎解き本やナンプレ、クロスワードの本は暇潰しには最適だ。
そうやって、どうにか騙し騙し、洞窟生活を乗り切ろうとしたのだが。
「飽きた……」
梅雨入りして五日目で、既に拠点の洞窟暮らしに飽き飽きしてしまった。
この世界に転生してから、ずっと身体を動かしていたため、狭い洞窟内は窮屈すぎた。
せっかくレベル上げを頑張っていたのに、肉体が鈍りそうで、それが嫌で仕方ない。
そんなわけで、新しい暇潰しと運動を兼ねて始めたのが、洞窟の拡張工事だ。
「リビングダイニング兼寝室が狭すぎるし、掘るか。奥まで」
土砂降りの雨は止みそうにない。
拠点を広げれば、ストレッチ程度の運動もできるようになるだろう。
その程度の軽い気持ちで洞窟を奥へ奥へと掘り進めていったのだが、これが意外と楽しかった。
魔法の練習も兼ねて、土魔法で砂へと変化させて収納するやり方以外でも、水の刃で岩を切り出す方法も試してみた。
採掘した砂や岩は採取物と見做されるので、地味にポイント稼ぎにも貢献できている。
崩落が怖いので、【鑑定】スキルはこまめに使って確認しながらコツコツと洞窟を掘り進めていった。
三日ほど掘り進めたところで、いつもと違う手応えを感じた。岩壁がかなり硬い。鑑定によると、魔素濃度がかなり高かった。
俄然やる気が出て、たっぷりと魔力を込めた水の刃でゴリゴリ削っていくと、どうにか穴を開けることが出来た。
魔素濃度の高い岩はポイントが倍以上貰えたので、ここぞとばかりに集中して掘り進めていったところ、ガコッと気の抜けた音がして、貫通した。
「これは、別の洞窟に繋がったのか?」
幅が二メートル近い岩の通路の途中に横穴を開けてしまったようだ。
好奇心のまま、その通路に足を踏み入れてみる。ランタンは洞窟に忘れてきたのに、不思議と明るい。
どうやら、通路の岩壁を覆う苔がうっすらと光を放っているようだ。
「天然のライトがあるとはありがたいな。足元も歩きやすそうだし、これは人工物か……?」
通路の中はひんやりとしており、過ごしやすい。便利な苔もあることだし、拠点をこちらに移すのも良いかもな、とぼんやり考えながら、何の気なしに【鑑定】する。
そして、その結果に大いに驚くこととなった。
「は? ダンジョン……?」
呆然としていると、背後から何かの気配が迫ってくるのが分かった。振り向くと、棍棒を手にしたゴブリンが三匹ほど。
こちらに気付くと、咆哮を上げながら襲いかかってくる。
「マジか! 本当にダンジョンかよ!」
ゴブリン三匹はとっさに放った火魔法で倒すことが出来た。黒焦げの死骸が残るかと思われたが、炎が収まった後には魔石が三つと棍棒が一本だけ落ちている。
これが、ダンジョンのドロップシステムかと感心しながら魔石を拾った。
汚らしい棍棒に触れるのは嫌だったが、これもドロップアイテムに当たるようなので、しっかり浄化して収納した。
「棍棒、10ポイントか。微妙だな」
とは言え、せっかくのドロップアイテム。ゴブリンの魔石もポイントは高くないが、チリも積もれば精神だ。
「それにしても、まさか拠点がダンジョンに繋がっていたなんてな。魔の山にもあるのは知っていたけど」
もともと、ダンジョンには挑戦するつもりだった。
レベル上げにポイント稼ぎ、レアドロップ品狙いで、いずれ梅雨明けにでもダンジョンを探す予定でいた。
「どうせ梅雨の間は暇だし、ちょうど良いよな。攻略するか、ダンジョン」
とりあえず拠点はそのままにして、ダンジョンに潜ることにした。
念のため、テントは拠点に張ったままにしておく。
創造神に祝福されたテントの結界があれば、この場所に侵入されることはない。
「あとは、折り畳みのテーブルをダンジョンへ続く穴が塞がらないように、ここに置いておくか」
魔法書によれば、ダンジョンには修復機能があるらしく、どれだけ戦闘時に破壊されても、時間が経てば元に戻ると言う。
ダンジョン内ではセーフティエリアを除いて、無機物が放置されると、これも吸収されて消えてしまうようだ。
「普通のテーブルなら、ダンジョン修復の際に巻き込まれて壊れたり吸収されるんだろうけれど、この折り畳みテーブルは創造神に祝福された、破壊不可の品物」
先程開けた穴に突っ込んでおけば、テーブルの幅ほどの大きさの入り口は残るだろう。
さすがにダンジョン内がどうなっているか分からない段階で、拠点ごと引っ越すのは戸惑われたのだ。
「良さそうなセーフティエリアがあれば、そこに移動すれば良いしな」
洞窟内の拠点は安全な上、快適だったのでキープはしておきたい。ここは採取や狩猟に向かうにも便利な場所なのだ。
「セーフティエリアでの休憩時に折り畳みチェアがあれば便利だよな」
拠点に設置していた、いくつかのキャンプ用品を【アイテムボックス】に収納し、ダンジョン探索の準備をする。
とは言え、食べ物も水も元々大量に収納してあるし、いざとなればいつでも召喚魔法で物資は手に入る。
「フットワークの軽さには自信がある」
弓を背負い、ホブゴブリンから手に入れたマチェットに似た刃物を右手に携えて、特に気負うことなく、気軽にダンジョンに挑むことにした。
「命大事にをモットーに。とりあえず、この階層を確認してみよう。拠点を移すかは、しばらく調査してからだな」
迷わないように、地図だけは書いておいた方が良いか。ポケットにメモ帳とペンを突っ込んで、テーブルを乗り越える。
うっすらと明るい不自然な洞窟の中は、拠点と比べても桁違いの魔素の濃度だ。
「これがダンジョンか。……アイツらも頑張ってるんだよな。俺も負けずに稼がないと」
【気配察知】スキルで把握した魔物の数に、小さく口笛を吹く。
ポイントとレベル上げの経験値はかなり稼げそうだった。
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