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43. ケークサレ
しおりを挟むメスティンを使って焼いたパウンドケーキは、ダンジョンブートキャンプ中の三人に好評だったようだ。
特に甘い焼き菓子に飢えていたナツには絶賛され、また焼いて欲しいと頼み込まれてしまった。
生地さえ作れば、後は焼くだけなのでそれほど手間でもない。
快く依頼を受けることにした。
『ダンジョンで武器をドロップしたら、トーマ兄さんに送るから、パウンドケーキよろしく!』
決して、そんなメッセージに釣られたわけではないが、ナツのために美味しいパウンドケーキをたくさん作ってやろうと思う。
大森林は陽が落ちるのが早い。
深い森の中では陽光も届きにくいので、日中も薄暗いのだ。
夜になると伐採した地から見上げた場所でしか、月や星が拝めなかった。
夜が早く訪れるため、必然的に寝袋に入る時間も早くなる。
日本では夜型生活を満喫していたので、夜の十時には眠りにつく今の生活は健康的ではあった。
夕食は五時頃から作り始め、食べ終わるのは六時半くらい。
浄化の魔法のおかげで洗い物は一瞬で終わり、片付けも【アイテムボックス】に放り込めばすぐに終わる。
眠りにつく三時間と少しが自由時間だ。
その、地味に持て余し気味な時間は作り置きの料理のために使っていたが、今日はナツ達のためにパウンドケーキを焼くことにした。
「大森林産のドライフルーツ入りのパウンドケーキだから、味は良いはずだよな」
生活魔法の乾燥を駆使して作ったドライフルーツはブルーベリーやラズベリーの他にもリンゴとぶどう、レモンとオレンジがある。
梨と桃は生で食べた方が美味しかったので、ドライフルーツには加工しなかった。
「ベリー類とぶどうはハズレがないよな。めちゃくちゃ美味い。リンゴは文句なしの味だし、柑橘系はサッパリしていて、意外とクセになる」
生地に混ぜて使うのは、ベリーやぶどうが向いているが、リンゴや柑橘類のドライフルーツも生地の上に載せて焼くと見栄えが良い。
その他にも100円ショップで購入したナッツやチョコレート入りのパウンドケーキも焼くことにした。
「どうせなら、まとめて作ろう」
土魔法で大きめのかまどを三つ追加で作り、網をセットする。
100円ショップではメスティンを売っているので、十個ほど買い足した。
生地はいつものホットケーキミックス。スケールも召喚魔法で購入してあるので、分量はきっちりと測ることが出来た。
生地は同じで具材だけ違うレシピなので、後は根気よく作業するだけだ。
「よし、じゃあ火に掛けるか」
丁寧にクッキングシートで覆ったメスティンに生地を流し込み、かまどの網に乗せていく。メスティン一個ずつにタイマーを設置して、焼き上がるのを待った。
焼き上がりは大体十五分ほどなので、その間に惣菜ケーキを作ることにした。
「ベーコンと玉ねぎ入りのヤツはテッパンだよな。ツナとコーン、チーズもたっぷりのケークサレも定番だし。ほうれん草と鶏肉入りのも美味そうだ。カレー味のは雉肉を使うか。玉ねぎとじゃがいも、にんじんをみじん切りにすれば食べやすい」
1ヶ月近く、ほぼ三食野営料理を頑張っていたので、調理の手際は格段に良くなっている。段取りをつけての、ながら作業が得意になったのもあるかもしれないが。
思い付いたレシピで適当に作っていくことにした。
野菜や肉などの具材は先にオリーブオイルを落としたフライパンで焼いておく。
生地はホットケーキミックスと卵と牛乳、塩胡椒と粉チーズを混ぜて作る。
しんなりした具材と生地を混ぜ合わせて、型の代わりにしたメスティンに流し込み、後はかまどで焼くだけだ。
片面ずつ、メスティンをひっくり返して焼いていく。セットしておいたタイマーのおかげで、どれも焦がすことなく綺麗に焼き上げることが出来た。
「パウンドケーキとケークサレ、ひとつずつ味見をしてみよう」
食後なので、一切れだけ食べることにする。パウンドケーキはドライフルーツのレモン入りの物を食べてみた。
「ん、美味いな。生地はもったりと甘いけど、ちょうどレモンの酸味が良い塩梅になっている」
ドライフルーツのレモンは砂糖を使っていないのに、レモンピールのような風味に落ち着いており、パウンドケーキにはとても良く合っている。
「これは当たりだな。また作ろう」
ケークサレは、シンプルにベーコンと玉ねぎ入りの物を食べてみた。玉ねぎの自然な甘みとベーコンの塩っ気が効いていて、こちらもかなり美味しい。
パウンドケーキと同じ生地を使って作った物なのに、お菓子というよりは、キッシュに近く感じた。
「腹に溜まるし、これだけ美味いなら作り置きメニューに追加したいな」
これなら朝食や昼食はもちろんのこと、移動中のオヤツにちょうど良さそうだった。
甘くないので、飽きもこないだろう。
どちらかと言えば、惣菜パンのカテゴリだが、100円ショップで扱うパンは種類が少ないので、ケークサレで色々な具材を試してみようと思った。
「うん、ハルやアキの口にも合いそうだ」
キッシュ好きなナツも食べてくれるだろう。まぁ、彼女はパウンドケーキの方に大喜びで食いつきそうだが。
「それにしても、ダンジョンから武器がドロップするのは知らなかったな……」
てっきり倒した魔獣や魔物の素材だけを落としていくものだと思い込んでいたが、まさかそんなゲーム風な要素がダンジョンにあるとは。
「いや、そう言えば創造神がこの世界は、地球の──特に日本の文化を参考にして創ったとか言っていたような」
直接聞いたのか、魔法書で知ったのかは忘れたが、本当にゲームの影響を受けてダンジョンを作ったのだろう。
あの毛玉、ほんっとうに好き勝手しているな、と少し呆れはしたが、同時に心が浮き立ってもいた。
「……武器や宝箱がドロップするダンジョンとか、挑戦したいに決まっている……!」
命大事に、はモットーなので無理をするつもりはないが、武器は是非とも手に入れたい。
魔法には慣れたが、身を守る武器もどきが手斧や草刈り鎌、サバイバルナイフに包丁くらいしかないのは、何とも心細いのだ。
(ナツがダンジョンでドロップすれば譲ってくれると言っていたが、どうせなら自力で手に入れてみたい)
後で魔法書を開き、大森林内にもダンジョンがあるか、聞いてみよう。
ドロップアイテムをポイント化すると、どのくらいあるのかも気になる。
「……ま、今はとりあえず、アイツらへのケーキを包むか」
熱を取ったパウンドケーキをラップで包み、100円ショップで買ったラッピング用品で綺麗に飾り付けていく。
本当はアルミホイルでぐるっと巻いてそのまま【アイテムボックス】に送る予定だったので、かなりの進歩と言えよう。
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