召喚勇者の餌として転生させられました

猫野美羽

文字の大きさ
上 下
38 / 203

37.〈幕間〉夏希 2

しおりを挟む

 異世界に召喚されて、三週間が経った。
 王宮生活にもすっかり慣れて、そこそこ快適に暮らせている。
 部屋は広くて清潔だし、トーマ兄さんのおかげでベッドもふかふかになった。
 調味料とソース類を厨房に託し、料理の味は劇的に改善されている。

「食と住には満足できたけど、残念ながら、衣だけはね……」

 はぁ、と悩ましげにため息を吐く。
 キャンプ用にとトランクに詰め込んでいた衣服は着替えを含めて六日分。
 フード付きのマウンテンパーカー、デニムパンツ二枚、UVカットのカーディガン、薄手のダウンベスト、レギンス二枚、ハーフパンツ、ロングTシャツが五枚、半袖Tシャツが二枚、マキシワンピ一枚、パジャマ代わりのスウェットが上下セットで一組。
 あとは下着類と靴下、帽子くらいか。
 幸い、日本から異世界に持ち込めた荷物はすべて創造神サマとやらの加護付きで、劣化せず損なわれることのない状態らしいが。

「煌びやかな王宮内でずっとアウトドアスタイルでいるのはキツい……」

 シラン国、神殿では神官や女官たちは皆、白い衣を身に纏っていた。
 王宮内でも身分の高い王族や上位貴族らしき人物も白を基調とした服装だった。
 王族一家は白衣に金糸で豪奢な刺繍が施されたドレスやスーツ姿である。
 この国の民は小麦色の肌に淡い金髪、瞳の色が緑か青という外見で、純日本人の目にはエキゾチックな美男美女揃いに見えた。
 
「あーんな綺麗な人たちなら、白いドレスや礼服も似合うでしょうけど」

 多少見た目は良かろうが、一般的な日本の高校生である自分たちに白衣が似合うとは到底思えなかった。

 アキと調べたところ、この国の普段着は麻製の布で仕立てられた服のようだ。高貴な身分の連中がシルクの衣装を纏っている。
 彼らは召喚勇者である私たちにも、高価そうなシルク製のドレスやらを渡そうとしてきたが、三人ともきっぱりと断った。

 サラリとして肌触りは悪くないが、なんだかパジャマのような質感で落ち着かなかったのだ。
 結局、自分たちが持参した服がいちばん着心地が良いので、ずっと着たきり状態だった。
 生活魔法の浄化クリーンで、いつも清潔さを保っているので、見た目は悪くないはずだが。

部屋着インナーウェアは、トーマ兄さんの召喚魔法ネット通販でどうにか手に入ったから、前よりは過ごしやすいけれど」

 可愛らしいデザインで占められた300円ショップの高額商品が手に入るようになったのは、本当にありがたい。
 インナーウェアはもちろん、ブラカップ付きのキャミソール、短パン、もこもこスリッパ。ガードルやタイツ、ボクサータイプのパンツまで揃えることが出来た。
 五つ年上の従兄に頼むには恥ずかしい買い物だったが、そこは開き直って注文した。

 手触りも良く、着心地の良い下着類は王女や王妃をあっという間に陥落させた。
 化粧品や美容クリーム類を試させてあげた時と同じく、彼女たちはすぐに夢中になったので、心の中でニヤリと笑ったものだった。

『私物なので、数はそんなに無いんですけど……』

 いつものように申し訳なさそうに告げれば、彼女たちは銀貨や金貨を目の前に積み上げて、売って欲しいと切々と訴えてくる。
 アキにも注意されているので、それほどたくさんの数は出さない。色々な種類の雑貨類を少しずつ提供し、ひっそりと稼いでいる。

(それにしても、私たちの世界では自身の財産をすべて【アイテムボックス】で持ち歩いているって嘘、そんなにあっさり信じるもの?)

 その嘘を信じてくれたおかげで、新品の雑貨や下着類、美容用品がたくさん売れているので、ありがたくはあったが。

「でも、せっかく稼いでも、こっちの服のデザインはイマイチだしな……」

 畏まった席ともなれば、彼女たちのドレスはさらに華美になる。
 エリザベスカラーと言うのか、襞襟と呼ばれているアレ付きのゴツいドレスを自分で着たいとは思わなかった。
 コルセットや木製のパニエで腰は細く、他はゴージャスに膨らませるデザインのドレスは、地球の、中世ヨーロッパ風流行とも重なっている気がする。
 どちらにしろ、現代日本の女子高生が着こなせるドレスのデザインではない。

「せめてもっとシンプルなロングドレスだったらなぁ……」

 ため息まじりにぼやくと、壁際に控えていた侍女が優雅に小首を傾げた。

「まぁ、ナツキ様。それでしたら、お好きなデザインのドレスをお作りになったら良いのでは?」
「あー、でも私、お裁縫は苦手で……」

 家庭科の宿題のエプロン作りさえ、従兄に手伝ってもらったほどの腕前なのだ。
 侍女がころころと軽やかに笑う。

「まぁ、もちろん縫うのはお針子ですよ。ナツキ様はデザイン画だけ用意して下されば」
「…………その手があったのね…」

 そうだ、何も自分でどうにかしなくても、王宮では専属のお針子さんがいる。
 ハンドクリームや化粧水を進呈し、親しくなった侍女たちは、異世界からの転移者である自分にとても優しい。

(まぁ、オリーブオイルくらいしか肌のお手入れに使っている物がない世界だもの。100均商品とは言え、化粧水や美容クリームは夢のような品よね)

 彼女たちは異世界から来た勇者たちの持ち物に興味津々だった。
 
「ドレスはともかく、この国で浮かない程度のワンピースは欲しいわね。縫製、お願いしても良いのかしら?」
「まぁ、もちろんですわ! 異世界のドレスがどんなに素敵な物なのか、今から楽しみです」
「ありがとう。お礼と言うにはささやかだけど、ご一緒にお茶はどう?」
「喜んで!」

 ぱっと笑顔になる侍女の姿に、小さく笑う。親しくなった彼女たちはすっかり日本製のお茶とお菓子の虜だ。
 【アイテムボックス】からアップルティーのティーパックとお砂糖、クッキーを取り出した。
 心得たように侍女がテーブルに菓子皿とポットを並べていく。
 生活魔法でお湯を沸かし、アップルティーを淹れていると、控えめにドアをノックする音が響いた。

「どうぞ」
「ご機嫌よう、ナツキ様」
「いらっしゃい、王女さま」

 くすりと笑みがこぼれる。
 ふわふわの砂糖菓子のような愛らしい王女はいつもティータイムを狙って部屋に遊びに来るのだ。
 年齢は自分より2つ年下だったか。
 明るい金髪は柔らかに波打ち、瞳は夢見るような空色をした、愛らしい美少女だ。小麦色の肌に黄金の装飾が良く似合っている。

「お茶の時間だったのかしら? お邪魔してごめんなさい」
「いいえ。よろしければ、ご一緒にお菓子を食べましょう」
「喜んで!」

 先程の侍女と同じ返答に、くすくすと笑ってしまう。心底残念だろうに、有能な侍女は涼しい表情で壁際に控えている。
 彼女には後でクッキーを包んであげようと考えながら、追加のお菓子をテーブルに並べていった。



「今日も稼いじゃったわ」

 王女さまは初めて食べたラムネ菓子とチョコチップクッキーの虜になった。
 定価の二十倍以上の金額を払って、笑顔でお菓子を抱え込む姿はとても可愛らしい。
 ついでにお付きの筆頭女官さんも巻き込んで、タオルやスカーフ、ハンカチも売り捌いた。特にタオルは気に入ったようで、枕カバーにするのだと張り切っていた。
 ふわふわの肌触りだものね。気持ちは分かる。ハンカチは綿100%のシンプルなものだったけれど、シルク製のハンカチより使いやすいと喜ばれた。

(やっぱり布類は100円ショップの物の方が質が良さそうね)

 作ろうと思っていたワンピースドレスの布地は、トーマ兄さんに頼んだ方がマシかもしれない。
 確か100円ショップには手芸道具がたくさん展開されていた。毛糸は特に色々な種類があり、手芸部の友人が喜んで買い漁っていたのに付き合ったことがある。

(手芸店みたいにちゃんとした布地じゃなくて、端切れとして販売していたけど、繋ぎ合わせたら平気よね?)

 リボンやレースもたくさんあったはず。
 シフォンジョーゼット生地を使えば、それなりにゴージャスなドレスに見えるだろう。

「……そういえば、綿も売っていそうね? 量は必要だろうけれど、綿をたくさん使えばお布団も作れるんじゃない?」

 たぶん、ハルもアキも100円ショップに手芸道具があるのを知らない。
 ふかふかのお布団に固執しているアキには、特に朗報だろう。

「レベル上げの戦闘訓練の合間にドレス作りもしなきゃだし、忙しくなりそう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *無断転載、無断翻訳を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

処理中です...