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37.〈幕間〉夏希 2
しおりを挟む異世界に召喚されて、三週間が経った。
王宮生活にもすっかり慣れて、そこそこ快適に暮らせている。
部屋は広くて清潔だし、トーマ兄さんのおかげでベッドもふかふかになった。
調味料とソース類を厨房に託し、料理の味は劇的に改善されている。
「食と住には満足できたけど、残念ながら、衣だけはね……」
はぁ、と悩ましげにため息を吐く。
キャンプ用にとトランクに詰め込んでいた衣服は着替えを含めて六日分。
フード付きのマウンテンパーカー、デニムパンツ二枚、UVカットのカーディガン、薄手のダウンベスト、レギンス二枚、ハーフパンツ、ロングTシャツが五枚、半袖Tシャツが二枚、マキシワンピ一枚、パジャマ代わりのスウェットが上下セットで一組。
あとは下着類と靴下、帽子くらいか。
幸い、日本から異世界に持ち込めた荷物はすべて創造神サマとやらの加護付きで、劣化せず損なわれることのない状態らしいが。
「煌びやかな王宮内でずっとアウトドアスタイルでいるのはキツい……」
シラン国、神殿では神官や女官たちは皆、白い衣を身に纏っていた。
王宮内でも身分の高い王族や上位貴族らしき人物も白を基調とした服装だった。
王族一家は白衣に金糸で豪奢な刺繍が施されたドレスやスーツ姿である。
この国の民は小麦色の肌に淡い金髪、瞳の色が緑か青という外見で、純日本人の目にはエキゾチックな美男美女揃いに見えた。
「あーんな綺麗な人たちなら、白いドレスや礼服も似合うでしょうけど」
多少見た目は良かろうが、一般的な日本の高校生である自分たちに白衣が似合うとは到底思えなかった。
アキと調べたところ、この国の普段着は麻製の布で仕立てられた服のようだ。高貴な身分の連中がシルクの衣装を纏っている。
彼らは召喚勇者である私たちにも、高価そうなシルク製のドレスやらを渡そうとしてきたが、三人ともきっぱりと断った。
サラリとして肌触りは悪くないが、なんだかパジャマのような質感で落ち着かなかったのだ。
結局、自分たちが持参した服がいちばん着心地が良いので、ずっと着たきり状態だった。
生活魔法の浄化で、いつも清潔さを保っているので、見た目は悪くないはずだが。
「部屋着は、トーマ兄さんの召喚魔法でどうにか手に入ったから、前よりは過ごしやすいけれど」
可愛らしいデザインで占められた300円ショップの高額商品が手に入るようになったのは、本当にありがたい。
インナーウェアはもちろん、ブラカップ付きのキャミソール、短パン、もこもこスリッパ。ガードルやタイツ、ボクサータイプのパンツまで揃えることが出来た。
五つ年上の従兄に頼むには恥ずかしい買い物だったが、そこは開き直って注文した。
手触りも良く、着心地の良い下着類は王女や王妃をあっという間に陥落させた。
化粧品や美容クリーム類を試させてあげた時と同じく、彼女たちはすぐに夢中になったので、心の中でニヤリと笑ったものだった。
『私物なので、数はそんなに無いんですけど……』
いつものように申し訳なさそうに告げれば、彼女たちは銀貨や金貨を目の前に積み上げて、売って欲しいと切々と訴えてくる。
アキにも注意されているので、それほどたくさんの数は出さない。色々な種類の雑貨類を少しずつ提供し、ひっそりと稼いでいる。
(それにしても、私たちの世界では自身の財産をすべて【アイテムボックス】で持ち歩いているって嘘、そんなにあっさり信じるもの?)
その嘘を信じてくれたおかげで、新品の雑貨や下着類、美容用品がたくさん売れているので、ありがたくはあったが。
「でも、せっかく稼いでも、こっちの服のデザインはイマイチだしな……」
畏まった席ともなれば、彼女たちのドレスはさらに華美になる。
エリザベスカラーと言うのか、襞襟と呼ばれているアレ付きのゴツいドレスを自分で着たいとは思わなかった。
コルセットや木製のパニエで腰は細く、他はゴージャスに膨らませるデザインのドレスは、地球の、中世ヨーロッパ風流行とも重なっている気がする。
どちらにしろ、現代日本の女子高生が着こなせるドレスのデザインではない。
「せめてもっとシンプルなロングドレスだったらなぁ……」
ため息まじりにぼやくと、壁際に控えていた侍女が優雅に小首を傾げた。
「まぁ、ナツキ様。それでしたら、お好きなデザインのドレスをお作りになったら良いのでは?」
「あー、でも私、お裁縫は苦手で……」
家庭科の宿題のエプロン作りさえ、従兄に手伝ってもらったほどの腕前なのだ。
侍女がころころと軽やかに笑う。
「まぁ、もちろん縫うのはお針子ですよ。ナツキ様はデザイン画だけ用意して下されば」
「…………その手があったのね…」
そうだ、何も自分でどうにかしなくても、王宮では専属のお針子さんがいる。
ハンドクリームや化粧水を進呈し、親しくなった侍女たちは、異世界からの転移者である自分にとても優しい。
(まぁ、オリーブオイルくらいしか肌のお手入れに使っている物がない世界だもの。100均商品とは言え、化粧水や美容クリームは夢のような品よね)
彼女たちは異世界から来た勇者たちの持ち物に興味津々だった。
「ドレスはともかく、この国で浮かない程度のワンピースは欲しいわね。縫製、お願いしても良いのかしら?」
「まぁ、もちろんですわ! 異世界のドレスがどんなに素敵な物なのか、今から楽しみです」
「ありがとう。お礼と言うにはささやかだけど、ご一緒にお茶はどう?」
「喜んで!」
ぱっと笑顔になる侍女の姿に、小さく笑う。親しくなった彼女たちはすっかり日本製のお茶とお菓子の虜だ。
【アイテムボックス】からアップルティーのティーパックとお砂糖、クッキーを取り出した。
心得たように侍女がテーブルに菓子皿とポットを並べていく。
生活魔法でお湯を沸かし、アップルティーを淹れていると、控えめにドアをノックする音が響いた。
「どうぞ」
「ご機嫌よう、ナツキ様」
「いらっしゃい、王女さま」
くすりと笑みがこぼれる。
ふわふわの砂糖菓子のような愛らしい王女はいつもティータイムを狙って部屋に遊びに来るのだ。
年齢は自分より2つ年下だったか。
明るい金髪は柔らかに波打ち、瞳は夢見るような空色をした、愛らしい美少女だ。小麦色の肌に黄金の装飾が良く似合っている。
「お茶の時間だったのかしら? お邪魔してごめんなさい」
「いいえ。よろしければ、ご一緒にお菓子を食べましょう」
「喜んで!」
先程の侍女と同じ返答に、くすくすと笑ってしまう。心底残念だろうに、有能な侍女は涼しい表情で壁際に控えている。
彼女には後でクッキーを包んであげようと考えながら、追加のお菓子をテーブルに並べていった。
「今日も稼いじゃったわ」
王女さまは初めて食べたラムネ菓子とチョコチップクッキーの虜になった。
定価の二十倍以上の金額を払って、笑顔でお菓子を抱え込む姿はとても可愛らしい。
ついでにお付きの筆頭女官さんも巻き込んで、タオルやスカーフ、ハンカチも売り捌いた。特にタオルは気に入ったようで、枕カバーにするのだと張り切っていた。
ふわふわの肌触りだものね。気持ちは分かる。ハンカチは綿100%のシンプルなものだったけれど、シルク製のハンカチより使いやすいと喜ばれた。
(やっぱり布類は100円ショップの物の方が質が良さそうね)
作ろうと思っていたワンピースドレスの布地は、トーマ兄さんに頼んだ方がマシかもしれない。
確か100円ショップには手芸道具がたくさん展開されていた。毛糸は特に色々な種類があり、手芸部の友人が喜んで買い漁っていたのに付き合ったことがある。
(手芸店みたいにちゃんとした布地じゃなくて、端切れとして販売していたけど、繋ぎ合わせたら平気よね?)
リボンやレースもたくさんあったはず。
シフォンジョーゼット生地を使えば、それなりにゴージャスなドレスに見えるだろう。
「……そういえば、綿も売っていそうね? 量は必要だろうけれど、綿をたくさん使えばお布団も作れるんじゃない?」
たぶん、ハルもアキも100円ショップに手芸道具があるのを知らない。
ふかふかのお布団に固執しているアキには、特に朗報だろう。
「レベル上げの戦闘訓練の合間にドレス作りもしなきゃだし、忙しくなりそう」
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